0090:詫び状。
2022.04.09投稿 1/2回目
伯爵邸から帰る馬車の中。ジークが物凄く不機嫌だった。リンは不思議そうに首を傾げているけれど、あまり気にはしていない。
君のお兄さんなんだからもう少し興味を持って何があったのとか聞こうよ……とか考えるけれど、この二人の関係は結構淡白だったりする。いやジークはリンを大事にしているし、リンもジークを兄として慕っているけれど。まあ思春期真っただ中だし、性別の差もあるから仕方ないのかも。
「ジーク、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「……怒ってはいない」
「?」
つい、と私から視線を外すジーク。リンは伯爵邸での部屋の中の出来事をあまり理解していないようだ。夫人が乱入の際に、彼女がいろいろと色事に関して口走っていたから、ある程度は気付いているだろうと考えていたのだが。
うーん、性教育がそろそろ必要だろうか。
生理については教会の年上の女性たちと私が教えたから、初潮の際にはパニックにはならず『ナイ……きた』と神妙な顔をして告げてくれたけれど。十八歳になれば婚姻可能になるし、夜の知識もないと夫婦生活が上手くいかないだろう。娯楽が少ない世界なので、楽しんでいる人たちもいるだろうし。
とはいってもどうレクチャーすべきだろうか。知識が乏しい子に赤裸々に語るのは気が引けるから『初めての時は目いっぱいに足を開いておけ』くらいしか思いつかない。
どうしたものかなと頭を掻きつつ、口を開く。
「これからもこういう事があるだろうし、慣れておかないとね」
「……おい」
「ん?」
「お前は、平気なのか?」
「平気というよりも、無心でやればなにも感じない、かな」
平気という訳ではないけれど……。そもそも魔物討伐の際、治癒の為に脱がすなんてことはよくあること。怪我の状況を確認する為に全裸になってる男の人を時折診ることがある。
最初は吃驚したけれどもう慣れてしまっているし、相手から下心を感じ取れないなら不快感はない。そもそも怪我をして痛みで苦しんでいるから、性欲なんて湧かないだろう。ナスやキュウリくらいに思っておくのが一番である。
私の言葉にジークがありありと溜息を吐くと、その後は教会の宿舎まで無言だった。だらだらと三人で喋っていることもあれば、私が寝落ちして宿舎について起こされることも偶にある。無言でもなにも感じないのが常なのだけれど、今日は違和感があるような。
まあ、こういう日もあるかと無言のまま教会宿舎へと辿り着き、食事を済ませいつも通りに学院から出た宿題や予習復習に時間を割いて、お風呂に入って就寝する。
翌日、学院へ行くとマルクスさまが微妙な顔で私をみつつ、なにか喋りたそうにしてたけれど内容が内容だから結局諦めて席で静かに座っていた。
彼を見たセレスティアさまが『明日は槍が降りますわね』と割と酷いことを言い放つのも、お決まりとなってきた今日この頃。また日を跨いで学院から教会宿舎へと戻った今日、職員の人から手紙を渡されたのだった。
聖女さまと奇麗な文字で綴られた手紙の裏面を見るとクルーガー伯爵家の封蝋が押されており、微かに良い匂いを纏わせていた。
これは伯爵さま本人ではないだろうなと苦笑いをしながら、いつものように自室で三人、私がペーパーナイフを使い丁寧に開封する。中身を取り出すと微かに香っていた匂いが強くなると、リンが鼻を鳴らして『いい匂い』と呟いた。
「夫人は何と?」
中身が気になるのかジークが問うてきた。
「はい、読んでも問題ない内容だから」
大したことは書いていない。先日の施術のお礼と伯爵閣下が迷惑を掛けて申し訳ないという内容だ。もちろん話はボカシてあるので、当事者だったジークならば読めば夫人の言いたいことが分かる内容だった。ジークが読み終わるとリンにも手渡すと、手紙へと視線を落とす彼女が微妙な顔をしている。
「――夫人の苦労は察するが……」
「ジークとリンからすれば複雑だよねえ。悪癖は治らないみたいだし……。リンはどう思う?」
「えっと。難しいことは分からないけれど……あの人に迷惑は掛けたくはない、かな」
「あの人って?」
伯爵さまではないのだろうと感じつつ、抽象的な言葉なので確認を取る。
「んと、夫人。最初に会った時に、伯爵さまの不始末で迷惑を掛けてごめんなさいって言ってくれたんだ」
おや、そんなことが。奥方さまはどうやら伯爵さまの不始末に奔走するばかりか、その子供にまで頭を下げているようだ。お貴族さまだというのに人格者だと目を細めつつ、まだ何かを伝えようとするリンの言葉を待った。
「上手くは言えないけど、あの家に行ったら駄目なんじゃないかなって」
クルーガー伯爵家の状況を何となくではあるが感じているようだ。二人がクルーガー伯爵家に入ることは良いことだ。騎士科の学院生たちからのやっかみは減るだろうし、お貴族さまの女性陣から見目を目的に引き抜き要請を受けることも少なくなるはずだ。
とはいえ本人たちの意思が一番大事である。伯爵さまからの命令となれば嫌でも籍へ入ることになるだろうが、そうなれば公爵さまに言えばなんとかしてくれるはず。
「嫡子を挿げ替えたい人が居ればその可能性が出てくるからねえ。それで担ぎ上げられるのはジークだけれど……どうするの?」
リンからジークへと視線を変えると微妙な顔をしている彼。まあ、答えは決まっているようなものだろう。以前から気乗りしない感じだし。
「行く気は更々ないし、そろそろ食事会もいい加減に止めたいが……」
「こっちからは言い出せないよね」
「ああ」
どうしたものかねと三人で知恵を絞っても、何の力を持たない私たちはどうすることも出来ないのだった。