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0899:少し嫌な気配。

 ――人が二人集まれば争いが起こる、というけれど。


 まさか、既に兆候が出るとは意外なことである。共和国の研修生がプリエールさんのグループともう一人の女性のグループに分れる、二グループが形成されていた。

 貧しい方とお金持ちの方に分かれていると、はっきりと分かってしまうのが悲しい所だが、事実として共和国には差別があるのだから分れるのは仕方ないと目を瞑っていた。水と油が交わるのは難しく、お互いに関わらず一定の距離を置くだろうと私は考えていて、喧嘩になって分かり合える可能性もある……なんて甘く見ていたことが裏目に出たのだろうか。


 建国祭まであと一ケ月を切った頃、子爵邸の執務室でソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまが微妙な顔を浮かべながら報告を下さった。


 どうやら富める方々のリーダー格の女性が問題発言をして、事態を重く見たプリエールさんが教会と共和国に相談を持ち掛け私の下まで報告が上がった。報告に上がった彼女が私に接触を試みようとするかもしれないから、気を付けて欲しいというものだ。今はまだ研修生グループの中で留まっているため様子見するとのこと。

 とりあえず、研修生全員にお貴族さまと平民の差について確りと教育を施し、共和国の代表としてアルバトロス王国にきていることを忘れるなと伝えたそうだ。共和国の監督者は平謝りをしていたそうで、少々気の毒だったとのこと。


 「……私に目を掛けて欲しいって言われても……無理なのでは?」


 そもそも問題発言をした女性に対して抱いている私の価値は、研修生十名の中の一人という認識しかない。プリエールさんであれば鸚鵡さんの件があるので、いろいろと聞きたいことや話したいことがある。

 治癒魔術についても問われれば答えるし教えるけれど、こればかりは先生役と生徒役の間で合う合わないがある。いろいろと試して自分で良い術式を見つけたり、やり易い方法を見つけるのが一番だと考えるが、問題発言をした女性はどう考えているのだろうか。仮に私が彼女に目を掛けたとしても、得することはないはずなのに本当に不思議である。


 「無理かもしれないが、ナイが声を掛けて相手をすることがあるだろう。黒髪黒目信仰があるならば声を掛けられただけでも嬉しいのだろう」


 「そして他者に自慢する、と言うわけですわね」


 「女性らしいですねえ」


 ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまがなんとも言えない顔で声を上げた。


 共和国に黒髪黒目信仰があると知っているが、研修生たちは私をキラキラと輝くような目で見ていなかったし、奇跡を起こしてくださいなんてことも言われなかった。おそらくアルバトロス王国にくる前に、共和国のお偉いさん方から私の扱いについて研修でも受けたのだろうと考えていた。

 少しテンション高めに声を掛けられた程度だったので、妙なことにはならないだろうと踏んでいたのに変な事態になりそうだった。そういえば女性は副団長さまに黄色い視線を送っていたなあと小さく息を吐く。


 「魔術本を寄付しようと考えていたのですが、あまり行動に移さない方が良いのでしょうか……」


 シスターと神父さまに相談して教会経由で研修生の皆さまに渡れば良いと考えていたのだが、行動を起こすといろいろと勘違いをされそうだ。注意を受けているようだから、下手な行動に出ることはないはずだが念には念を入れておこう。

 

 「その方が無難だが……せっかくナイが考えて行動に移そうとしたんだ。アストライアー侯爵の名は使わず、誰か、別の者の名を借りて寄付をすれば良いのではないか?」


 ソフィーアさまが、誰かの無責任な行動で善い行いを潰されて学べる機会を失うのは損失だと言葉を付け足す。


 「あとは、少し時間を置けば良いでしょう。お師匠さまあたりなら魔術の講師を務めておりま……駄目ですわね。お師匠さまの顔目的でしたもの、彼女」


 セレスティアさまも、準備し始めていたのですから今更中止することはないと仰った。


 「私の名前を使いますかと言いたいですが、どこまで情報を手に入れているか分かりませんからね……ご当主さまと懇意ではない方が望ましいですが」


 そうなると話が難しくなってきますねと言った家宰さま。確かに仲の良い方に頼めば、勘の良い人は私が手配したものと気付きそうである。仲が良い方でも、共和国の研修生たちに情報が渡っていない範囲の方で、研修生がきていることを知っていてもおかしくない人物となると大分限られそうである。

 他国の方となると不自然過ぎるし、流石に陛下にお願いはできないし、公爵さまと辺境伯さまも身近過ぎる人物だろう。副団長さまにお願いすると、セレスティアさまの懸念通りミーハーな方々は別の意味で喜ぶ。

 

 「とりあえず魔術本の手配は進めてください。最悪、行動に移した方だけに贈らないという手段を取ることもできます」


 そうなると、私が相手の女性に対して明確な拒否をしていると周りにアピールできる。怒られたのに行動を改められないなら、最後の手段としてアリだろう。寄贈したいと教会に願い出ているし、魔術本と医術本の手配は進めて誰かの名前を借りるのが一番穏便だろうと、お昼まで当主のお仕事を務めるのだった。


 ――昼下がり。


 ユーリの部屋を目指し、子爵邸の廊下を歩く。午前中はお仕事だからと毛玉ちゃんたちを構ってあげられないためか、私と一緒に毛玉ちゃんたちが歩いている。時々、桜ちゃんが先に進んで前で止まり、こちらに戻って後ろをくるりと一周して横に付いたりしながら歩いている。


 「疲れないのかな?」


 歩くのが大変そうだけれど、桜ちゃんはご機嫌な様子で私の顔を見上げたり、また先に歩いて止まったりを繰り返している。


 『面白いみたいだよ。あとは私を見て~ってアピールじゃないかな』


 クロが私の肩の上でご機嫌に答えてくれた。毛玉ちゃんたちは生まれたばかりということで、クロから見ると可愛いようだ。最近は怒涛のペロペロ攻撃が敢行されなくなったためか、クロは床に降りて彼らの相手を務めている。流石に五頭に寄られると毛玉の中に埋まってしまうが以前より自由が利くようで、長い尻尾で毛玉ちゃんたちを上手くあしらっている。


 「桜ちゃんが楽しいなら良いか」


 私が彼女の名前を呼んだことで、桜ちゃんが立ち止まりこてんと顔を傾げた。歩きながら器用に顔を傾げているが、置いていかれていると気付いてぴゅーと走り始める。そんな桜ちゃんを楓ちゃんと椿ちゃんが『なにをやっているのやら』みたいな様子で受け入れて、松風と早風は素知らぬ顔で私の隣を歩いていた。


 「忙しいな」

 

 「ね」


 私の後ろを一緒に歩いているジークとリンが桜ちゃんたちを見て笑う。そっくり兄妹の方の肩の上には小さな竜がちょこんと乗って、ジークの気を引こうと脚をふみふみしているし、リンの肩の上で顔をすりすりと擦り付けていた。


 「そういえば、竜さんたちの名前は決まったの?」


 誰かに名前を贈る行為は結構難しいからせかしたくはない。ただ少し日が経っているし、進行状況を聞いてみるのもアリだろうと、私は歩きながら二人の顔を見上げた。


 「いくつか候補は絞ったが……」


 「……最後の最後で迷ってる」


 ジークとリンは幼竜さんと仔竜さんの名前の最終候補まで絞っているようだ。ならそんなに心配は必要ないだろうと『そっか』と軽く返事をしておいた。もう直ぐ素敵な名前が聞けるだろうと、クロと視線を合わせると嬉しそうに目を細めている。


 『良い名前が貰えると良いね~』


 クロが幼竜さんと仔竜さんへ声を掛けると、そっくり兄妹の肩の上で二頭の竜が可愛く一鳴きする。


 「そう、追い込まないでくれ」


 「ナイが悩む気持ち、少し理解できた」


 それぞれの竜さんたちに顔を合わせたジークとリンが苦笑いになっていた。名前を贈るって本当に大変だよねえ。竜さんたちは長く生きるし、彼らが認めた者にだけ名乗るのだから妙な名前は付けられない。私もクロに名前を付けた時は必死に頭を回転させて絞り出した。結果的に良い名前だったから問題なく済んだけれど……由来や意味を知らずに付けて、後でスラング言葉だったと知ったなんて目も当てられない。


 「あ、着いた」


 ユーリの部屋の前に辿り着いた。扉を二度ノックすると乳母さんの声が耳に届く。お昼ご飯を終えたあとはユーリの部屋に顔を出すようにしているので、直ぐに扉が開いて乳母さんが出迎えてくれる。


 「ご当主さま、ごきげんよう」


 乳母さんが笑みを浮かべて、私たちを部屋の中に招き入れてくれる。


 「ごきげんよう。ユーリの様子はいかが……って毎日同じことを聞いても困りますよね。なにか不便なことや足りない物があれば直ぐに用意します」


 ユーリが子爵邸で過ごすようになって三ヶ月強。泣かなかったユーリがようやく泣いて、それから彼女の感情面の成長が早くなった気がする。


 「いつも手厚くして頂いているので、なにも問題はありません。ユーリも笑ったり泣いたり、怒ったりと忙しいので元気いっぱいですよ」


 乳母さんは小さく肩を竦めながら笑う。ユーリはご飯を終えてすやすやと寝息を立てていた。起こさないように小声で乳母さんと話しながら、ベビーベッドの中で眠るユーリを見る。

 一緒に暮らし始めた頃より髪の毛の量が多くなっているし、彼女が起きていれば動く物に反応したり、床の上をずりずりと這って場所を移動しようと試みている。身体を進ませるにはまだ力が足りないようで、自分の思い通りにいかないことに腹を立てて大泣きすることもあった。


 「そろそろ動き回る時期になるのでまだまだ大変ですが、引き続きユーリのお世話をよろしくお願いします」


 「もちろんです。アンファンも時間を見つけてはユーリと顔を合わせているので、乳母である私たちは少し楽をさせて頂いておりますわ」


 乳母さんなりの気遣いだろう。十歳の子供に赤子の面倒を全面的には任せられないだろうし、逆に邪魔になることもある。アンファンの教育もお願いしているので手間を掛けているに違いない。

 サフィールの報告では、アンファンは知識の吸収が早く読み書きの勉強以外にも、簡単な計算もこなせるようになっているそうだ。私に対してはまだ警戒心を張っているが、周りの皆さまのお陰で態度に出すことはなくなった。私がユーリと触れ合っていると、むっとした顔を浮かべているので嫉妬に苛まれているみたいだ。どこかで機会を設けて、すべてをぶっちゃける場でも設けた方が良いのかなあと、ユーリの部屋から出て行くのだった。

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