0890:褒章式。
謁見場には多くの方が集まっていた。公爵さまと辺境伯さまとラウ男爵さまにアルバトロス上層部のお偉いさん方が、大きな部屋の両端にズラっと並んでいる。私は一旦、ジークとリンと別れて公爵さまと辺境伯さまの横に並んだ。公爵さまが私に気付いて視線を下げる。
「おや、ナイ。フェンリルの仔たちはどうした?」
不思議そうな顔で問いかけてきた彼を見て、登城する前の自室で起きた光景が頭の中で再生される。
「影の中に入っています。グリフォンさんたちと屋敷に残るか、私の影の中でヴァナルたちと一緒に過ごすかどちらか選べとなったのですが……――」
毛玉ちゃんたちはいつものように部屋で自由に行動していたけれど、私たちがお城に赴くと雰囲気で察したらしい。五頭でじゃれ合っていたのを止めて、お行儀よく並んで『行こう』という言葉を待っている。
そしてベランダに出て、庭で過ごしているエルとジョセ一家と番の竜さんたちとグリフォンさんに留守にするので、留守番をお願いしますと託した時だった。前はグリフォンさんも一緒に登城していたから、毛玉ちゃんたちは彼女も当然一緒だと考えていたらしい。
こないと理解して鼻をひゅんひゅん鳴らして『どうしてグリフォンは一緒じゃないの?』と訴えている。事情が伝わるか分からないけれど、影の中に入れないグリフォンさんは屋敷でお留守番を務めるよと私が言えば、ベランダから毛玉ちゃんたちがぽんと飛び降りてグリフォンさんをお迎えに行った。困り顔のグリフォンさんと、余裕な顔のヴァナルと雪さんたちの間と私の間を毛玉ちゃんたちはそれぞれ行ったり来たりして、どうすれば良いのか分からず行動で訴えていた。
で、グリフォンさんたちと一緒に屋敷でお留守番をするか、私の影の中でヴァナルたちと一緒に過ごすか……どっちにすると毛玉ちゃんたちに問い掛けると、迷った末に五頭が私の影の中に入った次第である。
一応、毛玉ちゃんたちがお城で自由に過ごせる許可を頂いているのだが、流石にずっとという訳にはならないので、ヴァナルたちと相談をした上で影の中で過ごすことにしたのだ。ヴァナルと雪さんたちの説得により外に出ることを我慢している最中だ。お城から戻ったら沢山遊ぼうねと約束しているので、私の体力が持つのか心配だけれど。
「仔育ては大変だな! ヴァレンシュタインが喜んでおるし、仔守りの人手が足りぬなら手配するぞ?」
公爵さまが豪快に笑って副団長さまの名を呼んだ。副団長さまも魔獣と幻獣の研究と称して子爵邸に足繫く通い、天馬さまの生息分布図の作成を済ませ、今度はグリフォンさんの生息分布図を作りたいらしい。
卵さんの観察も続けているし副団長さまに休息という名の概念は存在するのか、前から疑問を抱えている。一応、副団長さまがこれない時は代わりの魔術師さんが子爵邸にやってくるので、きちんとお休みは取っていると信じたい。
「今は大丈夫です。預かっている竜さんたちも大人しいですし、毛玉ちゃんたちも元気いっぱいですが言葉を理解してくれています。グリフォンの卵さんが孵った時にどうなるかで判断させてください」
私は最後にありがとうございます、と言葉を付け足す。人間の言葉を理解しているし、手が掛かる時はみんなが助けてくれるので大丈夫である。
「分かった。友好的な幻獣と魔獣が増えるのは問題はない。グリフォンの卵が二つに増えたと報告で聞いたが、もっと増やしても良いんだぞ?」
くくく、と笑った公爵さまが恐ろしいことを仰った。これ以上増えると子爵邸内が大変なことになりそうなので勘弁してください。人口比率が幻獣の方が多いお屋敷って一体どんなお屋敷なのだろうと問い質したくなるのだから。私の背後でソフィーアさまが『無茶を言わないでください』という雰囲気を醸し出し、セレスティアさまが『国の公認を頂けましたわ、ナイ!』と歓喜していそうである。
「周辺国はなにも仰らないのですか?」
少し前のヤーバン王国のように、グリフォンを返せなんて難癖を付ける国が出てきてもおかしくはなさそうだ。まあ、ほとんどのみんなが言葉を扱えるので、話し合いの場が用意されれば問題なく解決するはず。
「アルバトロスに文句を付けたならば、それはただの嫉妬だな。増やしたいなら自国で魔力の多い者を探し、魔力を放出させて魔素を高めれば良いとヴァレンシュタインが言っていたぞ。成功するかは未知数だと嬉しそうな顔で最後に言葉を付け足したがな」
公爵さまは強気だけれど、問題が起きた時は凄く頼もしい。ご自身は国軍を預かる身だから余計に好戦的なのかもしれないが。他国との争いになると、いろいろな所に被害が出るので勘弁願いたいが、もし争いとなれば私も領主として戦力を供出しなければいけない立場だなとふと思い至った。
もしかして、公爵さまはその辺りも加味しているのだろうか。子爵家の戦力ってジークとリンと私が筆頭で、お願いすればロゼさんとクロとヴァナルは確実に参戦してくれる。雪さんたちは他国の方だから話が拗れそうなので、お留守番が無難だけれど、エルとジョセ一家も話に納得できるなら『加勢致します』なんて言い出しそうだから、争いは良くない。
「無駄話はここまでか。そろそろ始まる。ジークフリードとジークリンデの晴れ舞台だ。二人の主として確りと見届けてやれ」
「はい。もちろんです」
公爵さまに私が返事をすると、クロが『良かったねえ』と顔をすりすりとくっつけてきた。ジークとリンは私にずっと騎士として付き従ってくれていたのに、私が功績を全部搔っ攫う形だったので、今回のC国からの褒章の申し出は有難いものだった。
二人は少し困っていたけれど貰えるものは貰っておこうというスタンスだし、法衣の爵位を賜ることができたので教会騎士のお給金の他に別口で収入が増える。騎士のお給金だけでも十分にやっていけるけれど、危険に身を投じる身だから職を辞す時もあるだろう。今回の叙爵は一生分保証されているので安心だ。
――陛下、お成り!
謁見場に大音声が響くと陛下と妃殿下に王太子殿下と王太子妃殿下、第三……第二王子殿下と第一王女殿下が一緒に現れた。
王族の皆さまが総出だなあと壇上を見上げていれば陛下が今回の謁見が開かれた目的を説明して、次はC国国王陛下の名代が謁見場に登場して、彼の後ろには箱を抱えた数名が後ろを歩いている。そういえばA国の方々はどこにいるのだろうか。関係がないから待機しているのかなと、視線だけをきょろきょろと動かしてみるがA国の人は見当たらなかった。
「ジークフリード・ラウ、ジークリンデ・ラウ、入場!」
ジークとリンが正面の大扉から姿を現した。いつもと変わらない感情を読み取り辛い顔で長い手足を動かしながら、赤い絨毯の上を進んで行く。彼らの肩の上には幼竜さんと仔竜さんが乗っており、竜さんたちは『キリ!』と顔を引き締めて胸を張っていた。
可愛いなあとクロの顔を見ると『可愛いよねえ』と視線で訴えてくれる。そうしてジークとリンはC国の使者さんの横に並んで、彼の国からの褒章を受け取ることになった。
褒章の内容は金一封と勲章の授与である。竜を倒したということで金額はかなり大きいもので、竜を退治すれば冒険者ギルドでも同等の額を受け取れるのだろう。暴れる竜さんが少ないので受け取る機会は稀であるし、人間が対処できなければディアンさまとベリルさまが出張ってくれるので更に報酬を受け取る機会が少ないけれど。
そうして褒章授与式を終えて、ジークとリンと再度合流を果たす。
「緊張した?」
ふう、と息を吐いているそっくり兄妹の顔を見上げる。
「慣れていないから少しな」
「少しだけ。お金、どうしよう?」
顔には全然表れていなかったけれど緊張はするみたいで、授与式が無事に終わって安堵しているようだ。受け取った報酬はかなりの額になるし、法衣の年金も受け取るから個人でお金の管理は難しいかもしれない。
銀行と同じようなシステムがあるものの、くすねられることもあるし現金の管理は自分が行うものというのが前提である。リンが妙な顔を浮かべて、受け取った報酬をどう管理すれば良いのか考えあぐねているようだ。
「手元の管理が難しいなら子爵家に預けるか? ジークリンデとジークフリードが信頼してくれているなら、という前提だが」
「貴族位を賜るので全て自分のもの、というわけには参りませんしねえ。ジークフリードさんとジークリンデさんの考え方次第ではありますが、寄付活動を行った方が周りからとやかく言われませんわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが助言をくださった。ジークとリンもお貴族さまの仲間入りとなるから、社会貢献をしなくてはならない。もちろん強制ではないが、やっているのとやっていないのではお貴族さまからの目の向けられ方が違う。
教会や慈善団体に寄付するのは慣例となっているので、やらないと白い目でみられるわけだ。もちろん、お金に困窮しているお貴族さまは渋るし、ケチなお貴族さまも出し渋る。
「二人の財産が私にバレバレになっちゃうけれど……お金の管理は個人だと大変だからね。判断はジークとリンに任せるから、候補の一つとして考えておいてね」
二人のお金を預かるようになるなら、報告書でいくら預かっていくら引き出されたと目を通すようになる。なので二人の預金額が私にバレるし、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさま辺りには確実に知れ渡る。
「自分の手元で金を管理するのは不安がある。ナイに任せても良いか?」
「ナイが私が持っているお金の額を知っても問題ないよ。お願いします」
ジークとリンはあまり気にしていないのか、あっさりと子爵家にお金を預け入れることになるのだった。怒涛の一日ではあるが、次は叙爵式だなあとみんなと顔を合わせる。
ジークとリンが賜る爵位を私は知らない。楽しみにしている部分があるので、可能であれば叙爵式まで知らせないで欲しいとみんなに相談していた。
流石に伯爵位はないだろうから、騎士爵から子爵位までとなるのだが……さて、二人のことを冗談で『卿』と呼ぶ機会はあるかなと笑い、そういえば私が賜る爵位ってどうなるのだろうと首を傾げるのだった。