0889:褒章式前。
筆頭聖女選定の儀が執り行われるようになり覚悟を決めたものの、教会の皆さまがあーでもないこーでもないと協議しながら適任者を選出するだけなので候補者は日常を送るだけである。選定を受けたのはロザリンデさまとアリアさまと若手の聖女さまがあと二人に、そして私という計五名の聖女さま。みなさま王都の教会所属で、他領からの選出はされなかったようだ。
アリアさまとロザリンデさまはどうしてご自身が選ばれたのか不思議でならないようだが、王太子妃殿下の妹殿下の怪我を治しているし、リーム王国で聖樹に魔力を注ぎ込んでいるし、フライハイト男爵領の魔石鉱脈を発見しているからだろう。
十分に選ばれる理由になるのだが、お二人は私の功績に対して小さすぎるものだと苦笑していた。私が聖女として起こした功績と政治の部分で起こした功績は切り分けて欲しいけれど、一緒に評価されたようだ。筆頭聖女決定の発表は一年後となるので、審査期間が結構設けられていた。どうなるのか分からないけれど、真面目に聖女として働いていれば、周りの皆さまが評価を下してくれるから結果を待つだけだ。
学院を卒業して一ケ月が過ぎていた。
最近の私は王都の子爵邸で領地の書類仕事を片付けつつ、ロゼさんの転移で子爵領に赴き新たな開拓地を考えたり、溜池の運用方法とか、領内で見つけた魔力量持ちの方の将来の道筋を考えたりと私の脳味噌が割と忙しい。お城の魔力陣へ赴き、一週間に一度の魔力補填はこなしているし、共和国の研修生が受けている授業にも顔を出している。
物理的なお仕事は午前中で片付くので、肉体的な疲れはない。家宰さまいわく、午前中の仕事さえ確り済ませれば貴族として十分にやっていけるそうだ。
だから私が考えていることは趣味とか自己満足の領域で、普通のお貴族さまには珍しいタイプなのだとか。領地は先代から受け継いだものを維持管理するだけが大半の方で、領地の発展を願うタイプの方は珍しいとのこと。自分が所領しているのだから、領地を豊かにして収入が増えるようにと考えそうなものだけれど……まあ、運営が安定してお金が溜まり新規事業に手を出して失敗し大借金を背負う方もいるそうだから、その手には嵌らないように気を付けよう。
今日はC国の使者が訪れて、ジークとリンに邪竜討伐の褒章授与式が執り行われ、同時に二人の叙爵式も執り行われる。アルバトロス城の謁見室前の控室でいつもよりビシッと決めているジークとリンの装いににやりと笑い彼らを見上げた。
「緊張するな……」
「ね」
ジークとリンはそう言うけれど、あまり顔に出ていない。二人が肩の上に乗せている幼竜さんと仔竜さんが、顔を寄せてぐりぐりと機嫌良く二人の顔に擦り付けている。一緒に控室で授与式の開始を待っているソフィーアさまはジークとリンを見て苦笑いを浮かべているし、セレスティアさまは羨ましそうな視線を向けて無言であった。
「叙爵式は他の方も参加するって聞いているから、誰だろうね」
予定を聞くと他の方も叙爵すると聞いている。領地持ちのお貴族さまではなく、法衣貴族さまとなるらしい。ということはジークとリンのようになにか功績を築き上げた方となるのだが、そんな話を耳にしたことはない。爵位を受けるのは私ではないし、叙爵する方が誰なのか気楽に見届けるだけである。私の言葉にソフィーアさまが顔を向けて言葉を紡ぐ。
「さあ、な。ジークフリードとジークリンデの名前は王都の民の間で随分と噂が流れているそうだ。竜使いの聖女さまの命により、闇に落ちた邪竜を難なく倒した英雄だと、子供たちの間で人気になっているし大人たちも酒の肴にしているそうだ」
「……」
「…………」
ソフィーアさまの話を聞いたジークとリンが微妙な顔になる。娯楽の少ない世界では噂の流れは早く、一気に広まったことだろう。他国からの褒章授与と叙任の話で更に盛り上がるだろうし、二人の名前が売れるなら良いことである。今回は私が功績を賜ることはないので、妙な顔を浮かべているジークとリンに頑張れーと気楽に声を掛けるだけ。
「A国の王族もこちらにきているから、浄化の依頼が入るかもしれないな」
「過去の血族の失敗をナイに拭わせるのですか。それは如何なものかと思いますが……ナイ、失敗するのも一つの道ですわよ?」
ソフィーアさまとセレスティアさまの言葉を聞いて考える。A国の方がアルバトロス王国入りしているというなら、確かに浄化依頼をする可能性は高い。受けるか受けないかの判断は教会とアルバトロス上層部が決めることだから、浄化依頼の経緯を聞いて断る可能性もある。まだ少し先のことになりそうだとお二人と視線を合わせた。
「聖女の匙加減でできてしまいますから、一つの選択肢ではあります。でも失敗すると無駄に終わってしまうので、できることなら成功させて寄付を沢山頂いて、領地の開拓費に充てたいですね」
本当に失敗する可能性も十分にあるから、なんとも言えないが……依頼相手が気に食わないとか報酬金額に納得できないなら、術をワザと失敗させることもできる。もちろん聖女側には失敗したというレッテルが貼られるために、損得を計算をしてから行う方が無難だけれど。
「ナイもようやく当主の自覚が芽生えておりますね。以前ならやりたくないと仰っていましたが……がめついと言ってしまうと元も子もないですが、強かな部分もなければ貴族としてやっていけませんもの。良い心構えかと」
セレスティアさまが言いきると、待機部屋にノックの音が響いた。護衛の近衛騎士さまが取次ぎをしてくれ、やってきたのは宰相閣下だと教えてくれる。入室を断る理由はなく部屋に入って構わないと許可を出すと、開いた扉から宰相さまが現れた。
「失礼致します。ミナーヴァ子爵、少し話があります」
「はい、どう致しましたか?」
宰相さまが神妙な顔で私の前に立つので、身構えてしまった。なにか面倒なことでも起きているのだろうかと不安になってくる。
「急な話で大変申し訳ないのですが、叙爵式の際にミナーヴァ子爵にも賜って頂きたく、陛下の命を受けお知らせに参りました」
私の叙爵はまだ先だと考えていたのに、このタイミングで賜るのかと宰相さまの顔を見る。アガレス帝国のウーノさまの戴冠式が七月の頭に執り行われると通達され、それまでに私の爵位を上げておきたいとのこと。私の功績を考えると子爵位のままはあり得ないし、現在の位のままでいるとアルバトロス王国がケチだと評されてしまう。そんなことまで考えなければならないのかと目の前の彼を見つめて口を開く。
「承知致しました。叙爵式にわたくしも参加させて頂きます」
爵位が上がることは陛下から教えて頂いているので、どのタイミングで叙爵式を執り行うのかは不明だった。先延ばしにされるよりも良いかもしれないと、小さく礼を執りながら考えた。
「本当に急な話で申し訳ない。アガレス帝国から先ほど連絡が入りましてな。おそらくミナーヴァ子爵にも個人的な知らせが届いているかと」
「ウーノ殿下とは戴冠式に出席のお誘いを以前に受けておりましたので問題はありません。爵位が上がることも陛下から事前に知らせを受けております」
遅いか早いかの違いだけで、やることは同じであると宰相さまに告げると、彼はにこりと笑みを浮かべて部屋から去って行った。私が決められることではないし、アルバトロス上層部にも事情があるのだろうとみんなの顔を見る。
「おめでとう、で良いのか……?」
「ナイの功績を考えれば当然」
ジークは私がこれ以上の爵位を望んでいないことを知っているためか、微妙な雰囲気だった。リンは私が今までやってきたことを評価している上に、現在の子爵位では足りないと判断しているらしい。
もし仮に私が今までやってきたことを誰かが成し遂げていたならば、確かに子爵位では足りないのだろう。西大陸どころか、東と北と南大陸の国と繋がりを持つことができた。亜人連合国とも平和的外交を築いているし、奇跡的なできごとであると手放しに褒め称えているはず。竜を肩に乗せている人間なんてみたことがないし、フェンリルと天馬と喋るスライムと仲が良く、最近グリフォンさんも居着いて卵を托卵されている。
お屋敷には妖精さんも住んでいるし、猫又さんもいらっしゃる。領地では育てた農作物の収穫量が上がっているのだから、どう考えても子爵位では足りない……拒否してしまうと、アルバトロス上層部の皆さまが困るなあと客観視できてしまった。
「急いている気もするがな……まだ法衣か領地貴族を賜るのか分からないが、ナイであれば良き領主となれるはずだ。責任が重くなっても、それに押しつぶされる口ではないのは知っている。私たちは全力でナイを助けるから安心して叙爵すれば良いさ」
「ええ。新たに賜る爵位に恥じぬように、ナイを全力で手助け致します。魔獣と幻獣の皆さまにも出会えますし、最高の職場ですわ!」
ソフィーアさまは三年間の付き合いで私のことをいろいろと理解したのだろうか。新たに叙爵したことにより責任や背負ったものに対して潰れることはそうそうないだろう。私を支えてくれる方たちが優秀なので失敗する未来が描けないのが原因だけれど。
支えてくれるというのであれば、私も領主として踏ん張らなければとソフィーアさまに視線を合わせて小さく頷いた。セレスティアさまは少々欲望が駄々洩れしているけれど、侍女としてのサポート役は完璧に済ませてくれるので優秀な方である。どんな時にも前向きな言葉で鼓舞してくれるので有難いし、クロたちのお世話も積極的だ。そんな方に最高の職場と言われるなら悪い気はしないので、これからも頑張ろうと思える。だから彼女とも視線を合わせて小さく頷いた。
再度ジークとリンとクロたちに視線を向けて、これからもお願いしますと告げれば近衛騎士さまが私たちを呼びにくる。
「そろそろお時間です」
さて、ジークとリンの褒章授与式が始まると、謁見場へみんなと一緒に歩いて行くのだった。