0882:研修開始。
共和国の研修生たちの授業が始まった。初回ということで、私も教会の一室に顔を出して見学させて頂いている。副団長さまも顔を出しているし、アルバトロス王国の外務部の方と共和国のお偉いさん方もいらっしゃっていた。アリアさまとロザリンデさまも講師を務めるので、一緒に教会へと赴いている。
アルバトロス王国の王都には魔術学校が存在しており、入学したての一年生が最初に学ぶ内容と同じことを教会で習うとか。
私の場合はシスター・リズとシスター・ジルから魔術の基礎を教わり、中級、上級の魔術は先任聖女さまから手解きを受けた。研修生たちは緊張した面持ちではあるものの、未知のものを学ぶ意欲は十分に備わっている様子で講師役の方の登壇を待っている。誰が初回の先生を担うのだろうと私も興味を持ちながら、部屋の一番後ろで見守っている。
なんだか授業参観みたい、と子供もいないのに保護者になったような気分になってくる。そうして神父さまが一番最初に部屋に入ってきて、そのあとにシスター数名と聖女さま方も部屋に入ってきた。
「では、始めましょうか」
大所帯となった部屋で初めての授業が始まった。先ずは魔力が外に放出できるようになるための訓練から始めると聞いている。これができなければ魔術が扱えず、不合格の烙印を押された方は薬学や怪我の手当を別授業で習う予定だ。
全員が乗りきって欲しい所だが、こればかりは適性とセンスが重要になってくるのでどうなるか。私の場合は魔力量が多すぎて、講師を担ってくれた皆さまが口を揃えて『馬鹿魔力』と零していた。あとシスター・リズとシスター・ジルには『操作が雑』『魔力を無駄に消費している』と苦情がなんども届いた。随分と懐かしい記憶が蘇ったと前を見ていると、神父さまが右腕を伸ばした。
「魔力は全ての生きている物に備わっております。人間、動物、植物。果ては鉱石などにも備わっておりますよ」
魔力と魔術に馴染みのない共和国の研修生には基礎的なことからだった。私も貧民街出身で魔力と魔術についてなにも知らずにいたので、一番最初に神父さまとシスターたちから聞いた記憶が残っている。
自身の体内にある魔力を掴むには、先ず集中しなければならない。慣れれば体内にある魔力を意識せずとも、術式展開によって術を発動させる、なんてことも可能になる。
「これは個人によって違いますが、お腹の辺りを意識を向けて魔力を感じる方もいれば、胸の鼓動を意識して魔力を感じる方もいらっしゃいます。珍しい方だと額に意識を向けて魔力を操作している方もいますので、ご自身の魔力を感じる際はいろいろと試してみてください」
額を意識して魔力を感じている人がいるとは驚きである。私は鳩尾辺りに魔力を感じ取り、身体全体に巡らせるイメージや右腕を通して魔力を放出する癖がついている。器用な方は足先から魔術を放ったり、胸の辺りから高威力の魔術を放つ方もいた。個人の差が出るのは面白いし、時折突拍子もない魔術を開発する方もいらっしゃる。
その集団が魔術師団の方々なわけだが、基礎の基礎を説明している授業を彼らが聞いて得る物があるのだろうか。にこにこ顔で神父さまの説明を聞いている副団長さまを横目でちらりと覗いていると、研修生たちが自身の魔力を感じてみることになる。
「ああ、ちなみに。いきなり魔力を覚醒させると御せなくなる可能性もありますし、強い感情に囚われると魔力が暴走する場合もあります。平常心は大事ですよ」
と、神父さまが仰って私の方へと視線を向けた。いや、うん。脱走を図って上手くいかず、魔力暴走をさせたことがある身としてはご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでしたと平謝りするしかない。
事情を知っているシスターたちも苦笑いを浮かべているし、ジークとリンも教会の方から話を聞いたことがあるので微妙な顔になっている。クロは私の肩の上で首を傾げているのだが、是非知らないままでいて欲しい。
「さあ、試してみましょうか。やり方はなんでも構いません。席に腰を下ろしたままでも、立った方が意識を集中できるなら立ってください」
神父さまが意識を集中して、体の中にある温かいものを感じてくださいと仰った。凄く抽象的な言い方であるが、魔力生成器官は第六器官となるため目を閉じて意識をすれば、不思議と感じることができる。
暫く様子を伺ていれば、研修生の一人の方から魔力が放出されて髪が揺れていた。次にプリエールさんの長い髪が揺れて、魔力が生成されている感じを掴み取ったようだ。
魔力量は個人差があるので、あまり髪の毛が揺れない方もいらっしゃるが、研修生全員が身体の中にある魔力を覚醒させ、外へと出すことができている。何人か自身の魔力を掴めずに終わるかもしれないと危惧していたけれど、全員習得ができたなら先が明るい。
「皆さま、素晴らしいです。これほど早くご自身の魔力を掴むことができるとは。では次の段階に進んでみましょうか」
にこりと笑う神父さまに、安堵の表情を見せる研修生たち。共和国の今後を担う逸材になるかもしれないのだから、彼女たちが背負うプレッシャーも半端ないものなのだろう。
真面目に取り組んでいるようだし、手を抜いている方もいないようなので安心だ。授業は順調に進み、魔力操作方法や術式の説明に移っていく。復習しているようで懐かしいうえに、必死になっていた当時の記憶も蘇る。
そうして一番簡単で、威力の少ない魔術を発動させてみようという段階になった。
魔力を外に出して指先に止めて周囲を照らす魔術である『灯火』だ。この魔術ならば誰も怪我を負わないし、暗闇で勉強をする際に便利なものである。
繊細な魔力操作も必要となり、私が発動させると『眩し過ぎる!』と苦情が出たことがあった。周囲一メートルほどを照らせば良いのに、十倍以上の範囲を明るくさせたものだから、苦情が出てしまったのだ。本当に私の魔力操作は下手糞だった。
「こんな感じでしょうか?」
プリエールさんが一番最初にコツを掴んだようで、指先に魔力の塊を具現化させて光を放っている。
「お上手ですよ。では次に、指先の魔力の塊を机の上へ移動することはできますか? そうですねえ、指先に集中している意識をゆっくり机の上へと変えてみてください」
感心している神父さまがプリエールさんの側に近づき、彼女が座す机の上を指差した。プリエールさんは言われるまま、指先の魔力を机の上へと移動させている。
神父さまの言葉だけで理解をし、実行に移せるセンスは貴重だろう。私の場合はもう少し時間が掛かって、なんどか失敗した記憶がある。
「……」
神父さまに褒められたプリエールさんへ異様な視線を向けている女性が数名いた。確か歓迎会でプリエールさんたちとは別行動を取っていた女性たちだ。彼女たちも魔力の放出を上手くこなしていたのに、プリエールさんが先に褒められたことが気に入らないのだろうか。
なににせよ、そんなことで嫉妬しても始まらないし、プリエールさんにもできないことやこなせないことがあるだろうに。富める方たちと聞いているので、自分たちより下に位置するプリエールさんが気に入らないのかもしれないが……見返したいならば実力を示せば良いだけだ。遅れて彼女たちも神父さまの手解きを受け成功させているのだが、プリエールさんたちのグループに抱いている対抗心は消えないようだった。
魔術師団の方と副団長さまも説明役として教壇に立つと、富める方たちのグループはあからさまに猫なで声で彼らと接していた。美人に類する方たちなので普通の男性であれば鼻の下を伸ばしていたことだろう。だが魔術師の方々は総じて変態である。美人な女性より魔術に興味を向ける方たちなので、靡くことはなかった。
「いやあ、困りましたねえ。僕を恋愛対象として見る方がいらっしゃるとは。他の方にも色目を向けていましたし……どうしたものでしょうか」
とまあ、副団長さまが授業終わりに困った顔を浮かべ――本心は全く困っていない――ていたので、アルバトロス上層部へ苦情が入っているかもなあと溜息を吐くのだった。
「真面目に手解きを受ける気がないのであれば、実地訓練になった際に実力の差が如実にでるかと」
あとは魔術だけに頼らず、医学書を読んで体の仕組みを覚えたり内臓器官の位置の把握と役目を覚えれば術の効果が上がる。天才型の人には意味のないものだが、天才なんて一握りだから真面目に学んだ人が得をする。魔術という不可思議なものだけれど、怪我を負ったり病気になるには原因があるわけで。その辺りを把握しておけば、むやみやたらに治癒魔術を試さなくて済むし魔力の節約となる。
「おや、聖女さま。手厳しいご意見ですねえ」
ふふふ、と笑みを浮かべて私を見下ろす副団長さまと視線を合わせる。爵位で呼ばず、聖女として呼ばれたのは副団長さまなりの心遣いだろう。
「そうでしょうか。術の扱いに慣れて、治癒院で患者さんたちに術を施すことになれば違う問題も露見しそうです」
治癒魔術は万能ではない。救える命と救えない命に分かれて、誰かの死に直面することになる。心が弱ければ耐えられない方も出てくるだろうと、副団長さまへ告げる。
「確かに治癒院での実地訓練が一番の正念場でしょうか。僕たち魔術師も、討伐遠征の参加で分かれ道になる場合がありますからねえ」
混乱した現場で錯乱する方も時折出ることがある。恐怖を堪えて魔物と対峙し、実践を重ねて慣れていくものだ。共和国の研修生の皆さまが無事に乗り越えられるかは、本人の意志次第だろう。なににせよ、無事に一年間が終えるようにと祈るばかりだった。
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