0879:研修生歓迎会。
共和国の研修生がやってきた夜。王都の教会で、彼ら彼女らの歓迎会が始まった。
教会の主催ということで派手さと豪華さはないけれど、精一杯のおもてなしで共和国の方々を迎えようという意志は凄くはっきりと見える。王城の料理人さんが派遣され、夜会で提供される軽食がズラっと並んでいるし、アルバトロス王国では見たことがない料理も並んでいるので共和国の品であろう。
レシピを取り寄せることができれば作れるだろうし、共和国の皆さまがアルバトロス料理に慣れない場合を考慮されていた。大人組にはワインも用意されており、神父さま曰く教会地下で保存していた秘蔵のものだとか。私が成人したことを知っているので、飲めるなら楽しんでと伝えられたがアルコールに良い思い出がないので我慢の予定である。
参加者は共和国の研修生全員と監督者、アルバトロス王国の教会関係者と講師を担うシスターと聖女さまたちだ。アリアさまとロザリンデさまも参加していて、少し特殊な状況に硬くなっている気がする。
魔術師団の方も数名参加なさっているし、副団長さまの姿もある。何故、と首を傾げつつも彼らは魔術の基礎を師団の方に手解きするから、研修生に教える予定なのかもしれない。
教会の裏手にある会議室を急遽会場に仕立て上げ、飾り付けを施した部屋に少し窮屈ではあるが大勢の人が集まっていた。アルバトロス側、共和国側の主要メンバーの自己紹介を終えて、無茶ぶりくん、もといカルヴァインさまが乾杯の音頭を取るために前に立つ。
「――一年間、共に過ごすことでお互いに精進できれば嬉しいです。慣れぬ地で不便を感じる時は、遠慮なく我々に声を掛けてくださいね。では、乾杯!」
少し緊張した面持ちでカルヴァインさまがワイングラスを掲げる。参加者も手元のグラスを掲げて、くどくどと長くない乾杯の音頭で歓迎会が始まった。教会の皆さまは知り合い同士で軽くお話を始め、お偉いさん方は共和国の監督者と話を始めている。共和国の研修生で顔に『緊張』という文字を張り付けている方が数名いらっしゃる。
一応、貴族位を持っているので私が誰に声を掛けても失礼にはあたらないし、共和国には身分制度はないので話したいことがあれば声を掛けるのだが、私が話したい人はプリエールさんくらいだ。鸚鵡さんの様子と彼女の近況は聞き出しておきたい。どのタイミングで彼女と話をしようかと、机の上に並べられているお料理に視線を向ける。
「ナイ、食べることに注力するのか?」
「うん、基本的には。喋りかけられたら対応する、くらいかな。あとはプリエールさんとお話したいのと、研修生でかなり緊張している人がいるから声を掛けられたら掛けてみる」
ジークが私の視線がお料理に向けられたことを悟り、声を掛けてくれる。とりあえずの方針はお料理を堪能しつつ、プリエールさんとお喋りする機会を設けること。緊張してカチカチになっている研修生に軽く声を掛けられると良いのだが、私は共和国で信仰の対象となっている黒髪黒目である。真面目な方であれば緊張を更に高めてしまいそうだ。
「凄く分かり易い……」
「ね」
リンが研修生の方を見て目を細めた。リンの肩で過ごしている仔竜さんは大人しい。白金色の鱗にくりくりとした真ん丸の目を持ち可愛い顔をしているのだが、やはり竜なので脚はがっちりしている。リンに懐いて側を離れないことをうっとおしく思わないのか聞いてみたが、彼女はまんざらでもないらしい。
人間の言葉を既に理解してお風呂やお手洗いの際には外で待っていてくれるし、子爵邸の侍女さんや下働きの方にも懐いている。暇そうな方の肩の上に飛び乗ってみたり、ユーリの顔を覗き込んでくりんと首を回してる。
ただ一番懐いているのはリンとクロで、お顔すりすり攻撃は彼女とクロにしかしない特権だった。そんな仔竜さんに刺激を受けたのか、ジークに懐いている幼竜さんの気配が少し変化している。
彼の下をなかなか離れようとしなかったのに、他の人に興味を示すようになっていた。おっかなびっくりではあるけれど、気になる方の足元にすり寄って抱き上げて欲しいと上目遣いでおねだりする姿に子爵邸で働く数名の方が腰砕けしていた。
『本当だ。カチカチだねえ』
肩の上のクロが研修生を見た感想を口にした。ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは影の中で過ごして頂いている。毛玉ちゃんたちが出たいと訴えているけれど、ヴァナルと雪さんたちの説得により諦めていた。子爵邸に戻ったらたくさん遊ぼうねと心の中で唱えるけれど、届いているのかいないのか。
人間の中で生活するなら、影の中で過ごすことも覚えて貰わなければ困るので、外に出させてあげたい気持ちをぐっと我慢している。服の中のお腹の辺りにはグリフォンさんの卵さんも確りと鎮座してる。いつ孵るのか未知数だけれど、ほのかに温かいので生きている証拠だった。
「ナイが喋りかけたら余計に緊張するんじゃないか?」
「プリエールさんに間を挟んで貰えば少しはマシになるのでは……と言いたいですが、この会場で身分が一番高いのはナイでございましょう。いろいろとナイが率先して動かねばなりませんよ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが私を見ながら苦笑を浮かべていた。身分制度のない国で過ごしてきた方に、貴族という身分を持っている私が声を掛けたら緊張するのだろうか。
前世の感覚であれば『貴族位持ち、凄そう』くらいで済ませられたが、この世界で生きるようになってお貴族さまの怖さは知っているつもりだ。共和国の方々も身分制度はないけれど、明確な区別を受けている。お二人が仰るように私が話しかけると余計に緊張してしまうかも、と考えを改める。
「やはり私が真っ先に動かねばなりませんか……」
歓迎会といえど政治の場である。いろいろと愛想を振りまいておいた方が良いようだ。お城の料理人さんが心を込めて作ってくれたお料理を頂きたいけれど後回しだなあと、会場に集まっている方々へ視線を向ける。
カルヴァインさまも共和国のお偉いさんと言葉を交わしている。私も挨拶をした方がアルバトロス王国と共和国のためになるのかなあ、とソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向けた。
「立場が高いのは枢機卿だが、身分という括りではナイだからな。ナイと同じ子爵位の者もいるが知名度や家格を考慮すればナイが一番上だ」
「そういうことでございますので、挨拶回りを済ませましょう。円滑な貴族生活を送りたいならば大事なものです。その間に珍しい食べ物や食料の話を聞けたなら、縁を繋いでいるのですから取引を持ち掛けても問題はないですわ」
「上手く言葉を交わせる自信はありませんが、頑張ります」
ソフィーアさまとセレスティアさまは私のことを熟知している。生粋のお貴族さまだから、こういう場の身の振り方に詳しい上に私の扱いも詳しかった。飴と鞭を使った実践教育だよなあと苦笑いを浮かべながら、輪の中に加わるため歩みを進める。
「プリエール嬢と話したいなら最後にしておけ。妙なやっかみを防ぐことができる」
ソフィーアさまが顔を近づけ私の耳元で囁いた。確かに私がプリエールさんに真っ先に声を掛ければ、お偉いさん方の面子が丸潰れだ。研修生の間でも見えない序列があるかもしれない。ソフィーアさまの機転に感謝しながら、教会の枢機卿さまの方へと足を向けて声を掛ける。軽く挨拶をして教会の様子を聞き出して、お二人の枢機卿さまとは離れた。
次はカルヴァインさまだときょろきょろと周囲を見渡すと彼がいる。丁度共和国のお偉いさんとの会話を終えて離れるタイミングだった。彼と視線が合い小さく目線を下げると、ぱっと顔を輝かせてこちらへきてくれる。なんだか主人を見つけた犬みたいと思ってしまったのは失礼だろうか。
「カルヴァイン枢機卿、お久しぶりでございます」
午前中に案内役として彼と言葉を交わしたが、必要最低限のものだった。
「お久しぶりです、ミナーヴァ子爵」
先ほど声を掛けた枢機卿さま二名より、カルヴァインさまに声を掛ける方が気楽だった。年齢が近いし、話した回数も彼の方が多い。根が真面目なのか、腹黒さというか……彼が裏の面を持っている気配を感じ辛いので、視線の動きや声の雰囲気にアンテナを張らなくても大丈夫な人とでも言えば良いか。
なににせよ、真っ直ぐな方なので逆にこちらが大丈夫かと心配しなければならないから、割と気軽に話せる貴重な相手である。とはいえ、お仕事関係の話しか交わさないけれど。
「教会信徒になり礼拝に参加するとお約束したのに、足を向ける機会が減ってしまい申し訳ございません」
「いえ。子爵がお忙しい身であることは我々も承知しております。予定をやり繰りして教会へ足を向けてくれていたことも分かっておりますので、どうかお気になさらず」
カルヴァインさまとはそのまま教会信徒さんの増減の話や、治癒院のこと、教会の今後に研修生をどう導いていくのかと言葉を重ねる。
手探りな部分もあるけれど、お互いに意見を出し合うのは楽しい。時折、お貴族さま的な面で情報や知識が必要になると、ソフィーアさまとセレスティアさまに助言頂き話を続ける。最後に『ご無理をなさらぬように』と心配してくれた彼と別れて、次は共和国のお偉いさん方と監督者にご挨拶に向かう。
「あ……選定の儀について聞きそびれた」
割と大事なことを聞き忘れていた。いつ選定の儀が始まるのか聞いておくべきだったのに、研修生と教会の運営の話で盛り上がってしまったのだ。ジークとリンは『いつものこと』と私の後ろで空気を発しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまも『ナイだから抜けていたな』という雰囲気である。
「ミナーヴァ子爵殿。この度は共和国から研修生を受け入れて頂き感謝いたします」
カルヴァインさまの下へ戻ろうかと踵を返そうとした時だった。共和国のお偉いさんが笑みを浮かべて私に声を掛けてきた。確か彼は政治屋さんだったはず。共和国の与党で割と強い影響を与える方だったはず。そして今回の派遣に尽力した方の一人でもあった。下手な態度は取れないな、と彼と視線を合わせて礼を執る。
「いえ。今回の受け入れでアルバトロス王国と共和国がより強固な繋がりとなることを心から願っております」
「始まりは唐突なもので驚きましたが、ミナーヴァ子爵のお陰で国交を開くことができました。お互いに良い関係でいたいものですなあ!」
アハハ、ウフフと表面上だけの会話を交わして、彼の下から去っていく。やはり政治的な会話は苦手だと笑い、次は研修生を監督する方と話をするためにきょろきょろと顔を向ける。
監督役の方は凄く堅くなっている研修生たちの下にいて、丁度プリエールさんも一緒にいた。少し不躾かなと思いつつも、話すタイミングを逃すと歓迎会の間に言葉を交わせないかもしれないと、彼らの方へと足を向けるのだった。