0878:教会のお出迎え。
共和国の研修生が陛下との謁見を終えて、安堵の息を吐いていた。アルバトロス王からは『研鑽に勤しむように』とお言葉を賜っており、共和国の皆さまは静かに頭を下げて耳を傾けていた。
共和国には身分制度が存在せず、表向きは人に格差はなく平等を謳っている。でも差別は存在して富める者と貧する者がはっきりと別れ、上と下に綺麗に分かれていた。
肌の色、貧富、容姿、頭の良さ、身分、まあなんでも良いから、人間という生き物は差を生み出して、己が優位な立場にあるという事実が必要なようだ。私も今であれば貴族という地位を得ているので、優位な立場に立っている。己の立場に驕らないようにしなければと、アルバトロス王を見て呑まれている使節団ご一行を見て強く考えさせられた。
謁見場から馬車回りを目指して廊下を歩いているのだが、共和国の方々には城内の雰囲気や近衛騎士の方が珍しいようで、きょろきょろと周りを見渡しながら歩いている。先頭に立つ案内役の近衛騎士さまの後ろに私がいて、共和国使節団の代表さんが続き、次にプリエールさんが歩いていた。
魔力測定の結果によると、プリエールさんが魔力が一番多く備わっており、共和国の皆さまから治癒師として成功することを期待されているらしい。プリエールさんはプレッシャーを感じているものの、周りの方々の期待に応えられるように頑張りますと意気込んでいる。真面目な人なので根を詰め過ぎて倒れなければ良いのだが……その辺りは教会のシスターと教師役を担う聖女さま方に気を配って頂く他ない。
「次は教会への挨拶ですね。アルバトロスに着いたばかりなのに、忙しなくて申し訳ありません」
「今現在、アルバトロスは忙しいと聞き及んでおります。我らは貴国にご厄介になる身、文句などありませんよ」
代表さんの言葉にお気遣い感謝致しますと返して、馬車回りに辿り着き王都の商業地区にある教会を目指す。そうして辿り着いた教会の大扉の前では、教会関係者が勢揃いしていた。枢機卿さま二人に、カルヴァインさまと神父さまにシスター・リズとシスター・ジル、他のシスターさんに事務方の人たちや信徒さんまでが、共和国の使節団を出迎えにきている。
てっきり使節団の代表さんに挨拶をするのは、以前から枢機卿を務めていたお二人のどちらかだと踏んでいたのに、カルヴァインさまが代表さんと硬い握手を交わしていた。
本来、魔術を教わるのであれば魔術師団の方に教わるのが一番であるが、あの変態の巣窟に足を踏み入れるのは如何なものかとアルバトロス上層部は考えたらしい。
で、白羽の矢が立ったのが聖女候補に魔術を教えている教会であった。治癒魔術や補助系の魔術に特化している面があるので、丁度良いとも考えたのだろう。副団長さま方に魔術を教わると、アーパーな方が誕生してもおかしくはない。教会が選ばれたのは無難と言えよう。
「では、研修生たちをよろしくお願い致します」
「はい。治癒魔術の適性がある方には確りと学んで頂き、芽が出ずとも魔術に頼らない治癒の方法や薬草の知識を学んで頂きたいと考えております」
カルヴァインさまが教会の方針を伝えた。治癒魔術は初級以上になると適性のある方しか扱えないので、適性がなければ薬草学と基本的な怪我の手当を学んで頂こうと決めている。
共和国にはお医者さまが存在しているけれど、富める方が勉強をして医療知識を身に着け医者として振舞っているそうだ。そんなことから貧しい方たちは医療を受けることがなかなかできず、痛みに耐えきれなくなり医者に掛かると手遅れな場合が多いとか。治癒魔術が広がることで、お医者さまが廃業に追い込まれるのではと危惧されているそうだが、そもそもお医者さまの数が少ない上に競合しないと結論付けられた。
ちなみに私は治癒魔術について教えるには適していないと、シスターから告げられている。前世の記憶があるせいか、この世界では特殊な魔術式らしく、解析が難しいとシスターがぼやいていたのである。
どうにも『傷を治す』という概念に違いがあり、私の場合『怪我を治す』という意識が強く、他の聖女さまは『怪我をなかったことにする』という意識が強いらしい。もちろん『怪我を癒す』という意識で術を放つ方もいらっしゃるのだが、変わり者に位置しているようだった。
「夜は歓迎会を催しております。皆さま、是非ご参加くださいね」
カルヴァインさまが共和国の方々に告げた。来たばかりだというのに、イベントが目白押しである。とはいえ、移動の疲れもあるだろうと、明日、明後日は休養日としてゆっくりと宿舎で過ごして頂き、三日目からは王都の街を散策して日常に必要な物の買い出しやお金の使い方を学んで頂く。
一年間の期限付きの研修となり、結果が良ければ第二弾、第三弾と続いていくとのこと。魔術が存在していなかった国、もしくは衰退した国で勃興するのか、という試験的な側面もあるらしい。上手くいけばアガレス帝国も話に噛むと耳に挟んでいるので、どうなることか。
教会の面々と共和国の方々がそれぞれ挨拶を交わして、宿舎の方へと案内されていく姿を見送る。暫くの間は自由時間だなあと教会の聖堂にある信徒席に腰を掛け、ふうと息を吐いた。
「大丈夫か、ナイ」
「ヤーバンに急遽赴いたから、疲れてる?」
ジークとリンが心配そうに声を掛けてくれた。二人はずっと立ちっぱなしだし、警護も務めなければならないので疲労という意味合いでは負担が大きいはずだ。体力に差があるので私の方が疲れやすいけれど、二人は護衛として気を抜けない立場である。
「ジーク、リン、心配ありがとう。気が抜けただけで、疲れていないから大丈夫。慣れなくて少し緊張してただけ」
心配は掛けられないと、ジークとリンの顔を見上げて笑う。
『いろいろとあったからねえ』
クロも私のことを気に掛けてくれて、すりすりと顔を寄せた。毛玉ちゃんたちも影から飛び出てきて私の顔を見て『大丈夫?』と首を傾げている。大丈夫だよ、と五頭の毛玉ちゃんたちの頭を撫でれば、私の足元で固まって寄り添ってくれる。優しいなあと感動していると、ソフィーアさまとセレスティアさまも私の側に近寄った。
「学生ではなくなったからな。授業なら少し気を抜いても構わないが、表に出ている場だと周囲に気を配らなければいけないしな……こういう時はゆっくりしておけ」
「皆の前に立たなくてはならぬのはナイですもの。子爵家の者しかいませんし気を抜いても問題はありませんわよ」
お二人の言葉にありがとうございますと告げる。でも……。
「それは、ここにいるみんなが同じ条件なので、我が儘はあまり言えないかと」
当主として気張っていかなければならないし、共和国でいろいろとやってしまったのだから使節団の方々を最後まで見届けなければ。東大陸から西大陸へ渡り、一年間という時間を消費して未知の技術である『魔術』を学んでいくのである。
今回アルバトロス王国に訪れた共和国の皆さまは並々ならぬ覚悟を背負っているはずだ。できれば、良い結果をと望んでしまうのは贅沢なのだろうか。
「ナイ。気負うのは良いが、倒れては元も子もない。私たちのことは気にしなくて良いから、休める時は休め。誰もナイに文句は言わない」
「ナイに文句を告げる者がいるならば見てみたいですわねえ。そんなことを口走れば、どうなるかなど火を見るよりも明らかですが」
うんうん、と頷く四人と子爵家の護衛の皆さま。時折、ミナーヴァ子爵家の方々はかなり過激な発言をなさる時がある。みんな己の立場を弁えているので問題にはならないが、過剰ではと頭を悩ませることもあった。とりあえず少し休憩時間を頂こうと、そのまま椅子に腰を掛けていれば、シスター・リズとシスター・ジルが水差しとコップを持って、聖堂に再度姿を現した。
「ナイちゃん、ご休憩中に失礼しますね。お水は如何ですか?」
「ありがとうございます、シスター。丁度喉が渇いていたので、頂いてもよろしいでしょうか」
二人のシスターのご厚意に甘えてお水を頂いた。護衛の皆さまにも代わる代わる休憩を取って頂き、水分補給も済ませて貰う。
「しかし、ナイさん。暫くお会いしていない間に強い魔力の方々が増えておられませんか? それとナイさんのお腹の部分に魔力の塊があるような……気の所為ではないでしょうし……」
魔力感知に長けているシスター・リズがこてんと首を傾げた。目隠しをしているので視線を追えないけれど、確実に私の姿を捉えている。
「……あ、えっと……その」
シスターズにどう説明したものかと、しどろもどろになってしまった。そんな私を見て、少し考える素振りを見せたシスター・リズは再度口を開く。
「アルバトロス上層部からのご報告では、ナイさんがフソウの神獣さまをお預かりになったとお聞きしております。そしてフェンリルと神獣さまのお仔もお生まれになった、と」
私の足元にいる五つの魔力の集まりが神獣さまのお仔ですよね、とシスター・リズが確認を取る。私は彼女の言葉に同意をするけれど、まだ不思議なことがあるようだ。私の肩の上にある大きな眩しい魔力はクロで、影の中に三つの魔力の塊がロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとシスター・リズが言い当てる。
「ジークフリードさんとジークリンデさんの肩の上にある魔力の光は以前感じることはありませんでした。そちらは?」
再度こてんと首を傾げたシスター・リズ。彼女の横に控えているシスター・ジルはにっこりと微笑みを浮かべて、話を聞いて口出しする気はないようだ。
「竜のお方の卵が孵り、ジークとリンに懐きました。亜人連合国の皆さまから許可を頂いて、一緒に暮らしております」
「あら」
「まあ」
妙な声を漏らしたシスター二人。そうしてまたシスター・リズが不思議そうに首を傾げる。
「では、ナイさんのお腹にある魔力の塊は一体?」
私が着ている聖女の衣装の下にはグリフォンさんの卵を首から下げている。魔力感知に長けているシスター・リズにはバレバレのようで、再会したときから気になっていたようだ。
「数日前にグリフォンの出産に立ち会い、卵を預かることになりました。私に肌身離さず持っているようにと雌のグリフォンが告げ、今はとある国にいらっしゃいます」
時系列をいろいろと端折っているけれど、正しく話せばややこしくなるだけなので大雑把な説明で済ませる。
「なるほど。しかしナイさんの魔力は竜のお方や妖精に幻獣の方々を引き寄せてしまうのですねえ。仲良く過ごせているのは、ナイさんのお人柄でしょうか」
『ナイはボクたちのことを受け入れてくれるから。嫌がっているなら、ボクもヴァナルもグリフォンも側にいたいって願わないよ』
シスター・ジルの疑問にクロがえへんと胸を張りながら答えてくれた。私が嫌がっているならクロもみんなも懐くことはなかったのかと不思議な気分になる。
お世話をどうすれば良いのだろうとか、自然に生きる生き物が人間の側にいても良いのかという不安があるだけで、一緒に過ごすこと自体に問題はない。エルとジョセ一家も優しく穏やかだし、クロとも楽しく過ごせている。ヴァナルも一緒にいてくれて、雪さんたちも子爵邸のみんなと打ち解けているのだ。
私の人徳というより、クロたちが人間を敵視せず付き合ってくれているだけである。グリフォンの卵さんが孵って、どんな仔に育つのか気になるところだけれど……楽しく過ごせているのだから、まあ良いかとシスター二人の顔を見るのだった。