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0866:発展中の子爵領。

 乳母さんと約束した通り、赤子の名前を皆さまに発表した。特進科にいた際に皆さまに相談していたし、世間的に問題のない名前になったはずだ。


 ジークとリンとクレイグとサフィールにも再度相談に乗って貰って、妙な名前になっていないと確認して貰った。アンファンにも赤子の名前を決めたことを報告して了承を得ている。

 彼女は赤子にまともな名前を付ける自信はないと凹んでいた。教育不足によるものなので、アンファンが大人になって好いた人と添い遂げ、赤子を産んだ際にはきちんとした名前を贈れるように勉強を確りお願いしますと伝えておいた。

 私の話を聞いているのか、聞いていないのか分からないけれど、今はまだ彼女にとって私は敵視すべき人間でしかない。こればかりは子爵邸の皆さまにアンファンのぐちゃぐちゃになっているであろう気持ちを解いて頂くほかない。


 ――ユーリ。


 赤子に名を授けたことを子爵邸の皆さまの前で報告した。国により男性名と成り得るのだが、アルバトロス王国では女性にも付けられる名前である。ユウ、と言ってしまった手前、それに掛かっていることを前提条件としたので代り映えはしないけれど、二文字の音数よりは良いのだろうか。

 皆さまに発表し終えると、乳母さんたちが『ユーリ』と呼び始め周りの方々も『ユーリ』と呼んでくれる。赤子、もといユーリに早く名付けてあげるべきだったなと反省しながら、子爵邸の皆さまが名前を覚えるために何度か声にしていたことに目を細めていた。


 一応漢字で書いた場合も考え『悠里』とあてた。南大陸で生まれた子が西大陸で暮らすようになったのだ。彼女にとって西大陸のアルバトロス王国が『長の里』であるようにと無理矢理にあてたとでも言うべきか。少し重いものを背負わせてしまっている気もするけれど……。

 これについては身内の方々のみに打ち明けているし、赤子が成長していろいろと分かるようになって、私が転生者であることを語れた時にでもネタとして打ち明けられれば良いなあと考えている。


 そうして共和国から研修生がやってくるまであと数日。今日は子爵領に行って、代官さまや新しく建てた子爵家のお屋敷で働く方々との顔合わせをする予定だ。新築のお屋敷を観たいとのことで転移を望む方々が多くいるのだが、ロゼさんに全員転移は可能か聞いてみた。


 『大丈夫! ロゼに任せて! ヴァナルたちはマスターの影の中!』

 

 ロゼさんの声と共にヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちが無言で私の影の中へと入っていく。子爵領に定住するかもしれないと伝えると、彼らも一緒にくるとのこと。エルとジョセ一家も一緒に行きたいと言っていたので、王都のお屋敷よりも広いし領内であれば自由に闊歩できる。彼らにとっては住環境が改善されると言っても過言ではない。


 「皆さま、準備はよろしいでしょうか? ロゼさん、よろしくお願いします」


 クロとジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさま、子爵邸から領へ異動となる侍女さんに見学希望の非番の方たちが私の声に頷きロゼさんの周りへ集まる。

 サフィールとクレイグも予定が合えば見学に行きたいと言っていたし、家宰さまも代官さまと話し合いをしたいそうで一度は訪れておきたいそうだ。今日は都合が付かず、彼らは王都にお留守番だった。


 『ん!』


 私の声に返事をくれたロゼさんの下に大きな魔術陣が現れて光を放つ。あれ、起動詠唱を唱えたかなあと朧気に頭の中で考えていると、視界が真っ白になってお腹の中身がひゅっと浮く。そうして眩しさから解放されると、子爵領領主邸の門の内側へと転移していた。


 「ロゼさん」


 『マスター、どうしたの?』


 こてんと真ん丸ボディーを変形させてロゼさんが答えてくれる。可愛いなあと目を細めていたけれど、聞きたいことを聞かねばならない。


 「今気づいたけれど、ロゼさん転移魔術を無詠唱で行ってた?」


 『うん。マスターの魔力が沢山あるから、ロゼも沢山! 無詠唱でも問題ない! 変な奴がきてもロゼがやっつける! マスターは後ろで魔力をロゼに譲渡してくれれば、永遠に術を打てるって。ハインツが教えてくれた!』


 ぷるんと身体を揺らしたロゼさん。副団長さまはロゼさんに魔術を教えただけでは飽き足らず、動く砲台と化せるように教え込んだようだ。ロゼさんを相手にできる方がいるなら『逃げてー!』と最初に一言添えた方が良さそうである。どうか敵対する方は一生現れませんようにと願いながら、庭の向こうにある屋敷を見た。


 「大きい……部屋の場所覚えられるかな……」


 子爵領のど真ん中にどーんと鎮座しているお屋敷は、王都の子爵邸よりも凄く広い。王家とハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家が資金提供してくれたのだから、そりゃちんちくりんなお屋敷が建つとは考えていなかったけれど。


 「中は王都の屋敷より広いだろうな」


 「そのうち妖精や幻獣でたくさん埋め尽くされそう」


 ジークがお屋敷を見つめて素直な感想を口にし、リンがあり得ないことを口にした。いやいや幻の獣だから幻獣なので、そうそう人間が住まうお屋敷に居くことはないだろう。今までの三年間が特殊だっただけで、これからはきっと増えることはないはず……はず。


 「子爵位の領地貴族の家より広く設計されたのは、ナイの陞爵は確実だと伯爵位規模の屋敷となったからな」


 「実際、陛下から陞爵が決定したと伝えられましたし、丁度良かったではありませんか」


 ソフィーアさまは『直ぐに慣れるさ』と苦笑を浮かべ、セレスティアさまはドリル髪がわさぁと盛り上がったので幻獣が増えることを期待しているようだ。本来、馬車で進むため屋敷の大門からお屋敷の玄関までかなり距離があるけれど、庭の様子も見て回ろうと私たちは歩いて進む。庭も広く、王都にある子爵邸の庭の規模とは大違いだった。


 これ、全部田畑に変えてしまえば結構な収穫量が見込めるのでは……と欲望が頭を過る。誰にも分からないように幻想を振り払い、新しく雇う庭師さんが困ってしまうから駄目だ。子爵領には試験的に育てている果樹園があるので、個人的に育てたいお野菜さんや果物さんがあれば農作業は園を利用しよう。鈴生りのオレンジの木があるので、今更なにが起こっても問題ないはずだ。


 『完成前に見たけれど、やっぱり大きいよねえ』


 クロが声を上げると、影の中からヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが出てきて一緒に歩き始める。桜ちゃんがぴゅーと真っ直ぐ走って行き、少し離れたところで後ろを振り返り誰も走っていないので、ぴゅーっとまた戻ってきた。子爵邸の面々の周りを二度走り、他の毛玉ちゃんたちと合流して普通に歩き始める。毛玉ちゃんたちは初めて訪れる場所のため、刺激が多くきょろきょろと顔を方々へ向けている。


 「ね。当主用の部屋も広いのかな?」


 私もきょろきょろと庭を眺めながら真っ直ぐ歩いて行く。王都のお屋敷の自室ですら広かったのに、これ以上広い部屋に住まうことになろうとは。


 「当たり前だ。王都の子爵邸より狭くなってどうするんだ」


 クロと私の会話を聞いていたソフィーアさまがたまらず突っ込んでくれた。彼女は苦笑いを浮かべているので、私たちの呑気な会話に呆れているのかもしれない。


 「あ、広くなっているならば、家具はどうなるのですか?」


 王家から子爵邸を貸与された際は最低限の家具は取り揃えてあったので、私が新に買うことはなくソフィーアさまとセレスティアさまが呆然としていた。

 私物が少ないと心配されていたけれど、私は今の部屋ですら贅沢で豪華な部屋という認識だ。そういえば公爵家と辺境伯家の当主さまのお部屋ってどんなものだろうか。公爵さまは武具類を沢山飾っていそうだし、辺境伯さまもおしゃれな部屋なのかな、なんて妄想してしまうのだが。


 「その辺りも踏まえて、今日の見学だ。当主の美的感覚が問われるぞ」


 「ですわねえ。成金貴族のお屋敷へ参りますと、派手な絵画や金の甲冑なんてものが飾られておりますわ」


 美的センスがヤバいととんでもないヘンテコなお屋敷となってしまうらしい。侍女さんの一人が苦笑いを浮かべながら、とある貴族家のことを教えてくださった。曰く、ヘンテコな絵画を集め廊下に飾って自慢を始め、聞いてもいない説明を事細かに開始されて困っていたとか。


 「将来的に価値がでるかもしれませんよ?」


 絵画は十年後とか百年後に評価を受けることがある。お貴族さまが絵画を沢山飾るということは、絵師の方の出資者なのだろう。沢山絵画を所有しているならば、一枚くらい価値が出てもおかしくはないはずだ。


 「どうでしょうか……私には理解できないものでした……周りの方々も仰っていたので以前働いていたご当主さまの趣味は凡人には理解できないと皆で結論付けました」


 むーっと侍女さんが考える素振りを見せ、顔がどんどん変化して苦笑いとなった。件のご当主さまのセンスは使用人の皆さまには合わないが、大きな被害を受けていないから黙認されたのだろう。センスのないお貴族さまが誰なのかは分からないが、日々の生活を絵師の方が送れるのであれば慈善事業の一類なのかもしれない。


 「絵を自分で買ってみるのもアリでしょうか……?」


 「それより前にナイの自画像を描いて貰え。初代当主なんだ。大きな一枚絵を目立つところに飾っても文句は誰も言わないぞ」


 「ええ。ご一緒にクロさまとロゼとヴァナルさんたちにギャブリエルとジョセフィーヌを描いて頂きましょう! きっと良い絵が完成されますわ!」


 ソフィーアさまがやらなければならないことを見つけたと言わんばかりだし、セレスティアさまは違う意味で盛り上がっている。お屋敷に私の姿絵が飾られるなんて、凄く恥ずかしい。

 できれば却下したいけれど、お貴族さまの習わしと言って絵師の方を呼ばれそうである。せめて誰か一緒に描いて貰わないと恥ずかしいので、ジークとリンとクレイグとサフィールを巻き込んでしまっても良いだろうか。

 

 みんなでお喋りをしていると、お屋敷に辿り着いた。玄関前の馬車回りはかなり広いし、玄関の扉も重厚かつ大きなものが取り付けられている。

 

 「おかえりなさいませ、ご当主さま。お待ちしておりました」


 「お久しぶりです。子爵領の運営を任せきりにして申し訳ございません。これから少しずつ私も領の運営に関わっていければと考えております」


 代官さまが私たちの到着を玄関前で待ってくれていた。恭しく頭を下げ丁寧な対応だった。落ち着かないなあと苦笑いしつつ、今後のことを伝えておく。

 

 「早速でございますが……人工池のほとりに住まう竜の卵がもう直ぐ孵ると報告が上がりました。領邸の見学と竜の方々のご様子を伺うこと、どちらを先になされますか?」


 代官さまが少し疲れた様子で告げた。いや待って、ねえ。卵が孵ったという報告は受けていないから、卵が孵ることは嬉しいことだけれど。朝方、卵に皹が入り、番の竜の子たちの話によればお昼くらいに孵る予定とのことで私がここに来るまで報告を待っていたとのこと。


 「……」


 でも、どうして狙ったようなタイミングで卵が孵るのだろうか。


 『本当? 嬉しいなあ。また仲間が増えるよ、ナイ』


 クロが喜びを体現しているのか、私の顔に顔をすりすりしながら、肩の上で足踏みをしている。


 「ナイ、ナイ! 屋敷の内見はあとからでもできましょう! 急ぎ竜の方の下へ参った方がよろしくありませんか? もし先に屋敷を見学するのであれば、せめてわたくしだけでも竜の方々の下へ向かう許可をくださいませ!!」


 セレスティアさまはセレスティアさまで自身の欲求に凄く正直だった。彼女の直球な要求は見習わなければと、先に池のほとりへ行きますと代官さまへ伝えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 来て早々に珍事に見舞われるとは…… 矢張りナイさんは何かしら持ってるんでしょうねー…(苦笑) あぁそれとISORAですが、映画の視聴をだいぶ前にしたきりでしたので、もしかしたら書籍版と…
[良い点] ユーリちゃん、カワイイ名前になって良かったですね。「ユウナ」「ユウリ」あたりかな?と勝手に予想してましたが「悠里」でしたか。いい名前です。 [気になる点] 「そのうち妖精や幻獣でたくさん埋…
[一言] 妹ちゃんからユーリちゃんへ……変な中身が居ないという前提だとこの娘は物凄い環境で育つのでちょっと浮世離れした子になるかも?? 変な中身居たら……ようこそクソッタレな異世界へ!って言いながらジ…
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