0863:【②】お別れ会。
――主催者である陛下に挨拶をしようと、皆さまとは一度別れた。
アルバトロス王国の陛下の横にはリーム王と聖王国の教皇さまの姿もあるし、少し離れた場所には公爵さまと辺境伯さまに、宰相さまと外務卿さまに他の大人の貴族組が談笑している。メンガー伯爵さまとクルーガー伯爵さまは少しぎこちない雰囲気を醸し出しながら、隅っこの方でワイン片手に飲んでいた。
リーム王国から若手のお貴族さまもやってきており、ギド殿下がリームの次代を担う方々と教えてくださった。聖王国の方々も時代を担う若手……の割には嵩高な気もするが、将来重役を担う方がお祝い会に参加している。おそらく顔合わせなのだろうと、ジークとリンと私と、クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちとアリアさまと一緒に陛下の下へと歩いていく。
会場に集まった皆さまはぎょっとしつつも直ぐに視線を逸らして、我関せずを決め込んでいた。そうしてステージへと続く階段を昇り陛下の前へと辿り着いた。彼の横には宰相さまと護衛として副団長さまがにっこりと笑みを浮かべて立っているし、王太子殿下と王太子妃殿下も並んで笑みを浮かべている。
身分の高い方が集まり過ぎではないかと危ぶむが、副団長さまと近衛騎士さまがいらっしゃるので安心だろう。そうして息を一つ吸って、アルバトロス王国で一番偉い人に向けて口を開いた。
「陛下、御前失礼致します。ナイ・ミナーヴァ子爵と申します。学び舎で共に過ごしてきた皆さまとの最後の語らいの場をご用意頂き感謝いたします」
陛下とは暫く顔を合わせていなかったし、名乗らず誰だと首を傾げられても困るので名乗って深く頭を下げた。主催者さまへの挨拶ってこんなもので良いのだろうかと、不安になりつつ言い終えると今度は陛下が口を開く。
「名乗りは必要なかろう。ミナーヴァ子爵、卒業おめでとう。学生の身でありながら三年という短き間に我が国に多くの益を齎したこと、そして我が国の名を諸国に高めたことは過去に例を見ない」
陛下が私を褒めてくださるが、ほとんどが巻き込まれた末の結果だということを考慮して頂きたい。自ら動いたことって教会にお金を取られた時と南大陸に出張った時だけではなかろうか。あとは何故かトラブルが笑いながら私の下へとやってきて、対処しなくちゃいけなかっただけである。
でも、クロと亜人連合国の皆さまとアガレス帝国のウーノさまや、フソウの方々にロゼさんとヴァナルに雪さんたちやエル一家、子爵邸の面々や領の方たちと会えたことは幸せだ。他にも学院に入学して出会えた方々も私にとって大切な方となっているので、過去の文句は言わないほうが良いだろう。これからずっと関係が続いたり別れることもあるけれど、大事にしていきたい縁だから。
「其方を切っ掛けに東大陸、北大陸、南大陸との国交が活発になっていることを鑑みて、良き日を選び現爵位より高い位を与える。今後も精進せよ」
「……はい、感謝致します」
聖女に子爵位より高い地位を与えてどうするつもりなのか……と一瞬考えたが、領地貴族位だから野暮な考えかもしれない。しかし……子爵領の開発に本格的に取り込もうとしていた所に、陞爵の話が舞い込んでくるなんて。
伯爵位が妥当だろうし、法衣貴族位かもしれないから深く考えて悩んでいると禿げてしまう。そうしてクロとヴァナルと雪さんたちと新に産まれた毛玉ちゃんたちを紹介して、ジークとリンの方へ顔を向け場を譲る。
「御前、失礼致します。ジークフリード・ラウと申します。ご招待頂き厚く感謝申しあげます」
ジークが名乗りを上げて、リンへと顔を向ける。
「ジークリンデ・ラウと申します。ご招待頂き感謝いたします」
名乗りを終えると二人は騎士の礼を執った。二人にふっと笑った陛下は彼らと視線を合わせる。
「邪竜殺しの英雄二人にも良き日を選び爵位を与えよう。ミナーヴァ子爵の剣として彼女を確りと守れ」
「はっ!」
「はっ」
陛下からお言葉を賜れたなら、ジークとリンがお貴族さまの仲間入りするのは決定事項となった。私が陞爵するよりも、ジークとリンが爵位を賜る方が嬉しいなあと二人の顔を見上げる。いつもの表情で陛下の言葉を賜っているので、本当に心臓が強いというかなんというか。私が陛下と初めて言葉を交わした時は、割と緊張していた記憶がある。
ジークとリンは凄いなと感心しながら、陛下と一言二言交わし、アリアさまも無事に陛下とのご挨拶を終える。陛下の側にいる宰相さまと副団長さまに頭を下げ、王太子殿下と王太子妃殿下へも礼を執った。
「ミナーヴァ子爵、久方ぶりだ。就任式の際の気遣い感謝している」
殿下が笑みを浮かべて私が王太子の位に就く際に贈った品への感謝を述べた。貴族位を賜っているし、お祝いごとだから贈り物は必須である。ドワーフさんたちが拵えてくれたものを喜んで頂けたなら良かったと安堵して彼に頭を下げた。
「殿下、亜人連合国へ初めて赴いた際、馬車の中で失礼な態度を取り申し訳ございませんでした」
あの時、どうして私が巻き込まれるのかと感情がいっぱいいっぱいで愚痴を吐いてしまった。もちろん、殿下がどうしたと聞いてくれたから言えたことだけれど、きっと私の心を軽くするために仰ってくれただろう。時間が経ってしまっているが丁度良い機会だし、殿下には他にもお世話になっている。
「気にしないでくれ。あれは重責を背負った者にしか分からぬよ。あの時、子爵の気が少しでも紛れたならばそれで良い」
ふっと笑った殿下の顔は陛下の笑い方に似ていた。血が繋がっているのだから当然だけれど、少し不思議な気持ちを抱いてしまった。妃殿下にも挨拶をして公爵さまの下を目指そうとちらりと横目で伺えば、陛下の下にはフィーネさまと聖王国のお偉いさんが一緒に挨拶をするようだった。
その後ろにはメンガー伯爵さまとメンガーさまが続いている。伯爵さまが凄く緊張しているのだが大丈夫だろうか。息子のメンガーさまは確りしているので問題ないと、公爵さまの下へとジークとリンとみんなと一緒に歩いて行く。
公爵さまは他の方と歓談していたので、邪魔は不味いと少し離れて順番を待つ。お相手の方が公爵さまの下を離れると、私が待っていたことに気付いていたようでちょいちょいと手招きされた。
公爵さまに呼ばれれば『はい!』と背筋を伸ばして彼の下へと急ぐのが染みついている。流石に会場で大きな声は出せないから、目礼をしてしずしずと歩を進めた。私の後ろにはいつものようにジークとリンが。いつもと違うのは、横にヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんがいることだろう。
「ナイ、久方ぶりだな。無事に卒業できてなによりだ。留年も視野に入れていたのだがなあ……!」
公爵さまと合流するなり冗談を飛ばされた。彼に学費をずっと出して頂いたから、留年なんて以ての外である。
ソフィーアさまとセレスティアさま、そしてロザリンデさまに迷惑を掛けつつ、かなり必死に勉強していた。学院をお休みすることも多々あったし、本当に無事に卒業できて安堵している。ジークとリンは騎士科で無難な成績を叩きだしていたので、私のような心配は必要なかった。問題は出席日数くらいだったのだが『邪竜殺しの英雄』の名を賜ったことで、文句なしの成績となったらしい。
「閣下、お久しぶりでございます。三年間、私とジークフリードとジークリンデの学費を賄って頂き感謝いたします。学院で学んだこと、経験したことをこれから活かしていきます」
「構わんさ。ワシが学院に通えと命じ、三人は承服した。ならば昨日で任務を無事に終えている。貧民街から己の力で掴み取ってきたものだ。誇って良いさ」
杖を前に出して両手を置いている公爵さまが柔らかい笑みを浮かべた。珍しいなと彼の顔を見上げて言葉を紡ぐ。
「いえ。閣下の後ろ盾がなければ、今の私はあり得ません。ジークフリードとジークリンデも同じでしょう。まだまだご迷惑をお掛けしますが、八年もの間、見守って頂きありがとうございました」
聖女になって力を得ても、お貴族さま出身の聖女さまに潰されていたり教会に利用されていたかもしれない。やはり今の自分が在るのは公爵さまのお陰である。私が腰を折って頭を下げると、後ろにいるジークとリンも一緒に礼を執ったようだ。見えないけれど雰囲気で分かった。
「なんだ、急に畏まって気持ち悪い。まあ、まだまだナイはやらかすから目が離せん。確りとアルバトロス王国のために働け。それが貴族の務めというものだ」
アルバトロスを裏切らない限り、彼は私のことを守ってくれるようだ。それならば公爵さまの期待を裏切らないようにしないと、と短く『はい』と答える。
そして話は終わりだと言わんばかりにクロとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちへ視線を向け、彼がクロとヴァナルと雪さんたちに挨拶をして毛玉ちゃんをもふもふする許可を得た。あれ、公爵さまもセレスティアさまと副団長さま同様に幻獣や幻想種に興味があるのだろうか。ソフィーアさまから話を聞いていたのかもしれないし、こうして話ができる場を持てて良かった。
子爵邸に公爵さまをお招きしたことはないので、今度機会があれば誘ってみよう。というか、今お伺いを立てておいた方が話は早いはず、とにんまり顔の公爵さまに話を通すのだった。
公爵さまにアリアさまの紹介を終え彼の下を離れて、辺境伯さまとラウ男爵さまにも挨拶を交わす。ラウ男爵さまと私は数回顔を合わせただけだったけれど、ジークとリンから聞いていた通り柔和な方で、公爵さまとご友人とは全く信じられなかった。
一通りの挨拶周りを終えて、ほっと息を吐く。
「ナイさま。凄く緊張してしまいました……」
私の緊張が伝わっていたのか、アリアさまもはあと長めに息を吐いて小さく笑った。
「そうですか? アリアさまはきちんと振舞われていましたし、大丈夫そうに見えましたよ」
陛下と話している時も、公爵さまと辺境伯さまとラウ男爵さまと話している時もアリアさまは絶えず笑みを浮かべきっちり対応していたのだけれども。
「そんなことはありません! ナイさまのように振舞えませんし、ハイゼンベルグ公爵さまを始めとした方々をご紹介頂き、本当にありがとうございました」
「いえ。アリアさまは聖女として立派に務めていらっしゃいます。面通しができれば、関わりを持ちやすくなりますから」
今回持った縁をどう使うかは、彼女次第だ。アリアさまであれば妙なことにならないという確信もあるから、皆さまにご紹介できた。誰とでも臆することなく話せるのは貴重な技能だよなあと感心する。
「私はご用意された食事を頂きに参りますね。ジークとリンはどうする?」
アリアさまに告げて、ジークとリンの顔を見る。
「なら、俺も一緒に行く」
「私も行くよ。ナイを一人にできない」
やはりかと思いつつ、念のためにアリアさまへも問うてみた。
「私も皆さんとご一緒させてください! 一人だとどうして良いのかさっぱりです……それに緊張から解放されてお腹が空きました!」
照れ臭そうに笑うアリアさまに私の肩の上に乗っているクロが尻尾を振りながら彼女の顔を見た。
『アリアもナイと一緒だねえ』
私もお腹が空いているので人のことは言えないと、お料理が用意されている場所へと移動して美味しそうな品を見繕う。お城の料理人さん方が作る料理を味わっていると足音が聞こえて、そちらの方へと振り返るのだった。