0834:選定儀式に向けて。
――アルバトロス王国・王都・教会。
教会会議室で、アルバトロス王国教会を束ねる主だったメンバーが集まっていた。参集者はお世話になっている枢機卿さまとリーフェンシュタール枢機卿、そして枢機卿五席の一角を担うことになった私、アウグスト・カルヴァイン。
残りの二席は空座である。この二年で随分と教会の状況が良くなっているのに、未だに誰も就かないのは何故だろうか。私はまだ未熟者で口煩く告げることも好きではないから、流れに逆らわず己ができることとやるべきことを真っ直ぐに取り組んできた。
今日は大事な話があるからと先に名を上げた枢機卿のお二人から声が掛かり、皆が集まっている。私以外にも神父殿やシスターたちも席に座し、一体何事かと話を待っていた。
「皆、忙しい中集まって貰い感謝する」
「呼び出した理由は、アルバトロス王国教会のこれからのことを話したい」
枢機卿さまとリーフェンシュタール枢機卿が我々の顔を順に見た。いつもより重い雰囲気を感じ取り、なにかあるのだろうとごくりと息を呑む。
彼らは腐敗していた教会を憂いていた。少なくとも私がお世話になっている枢機卿さまは、地道に活動をして信仰を厚くしていた。そんな方たちが折り入って話があるとは……。私以外の参集者も真剣な表情でお二人を見ている。
「私とリーフェンシュタール枢機卿は新たな筆頭聖女が決まれば、枢機卿の座を退く」
「そして、現在五席ある枢機卿の位を三席に減らし、新たな二名に担って頂こうと考えている。カルヴァインは継続だ」
お二人の言葉に集まった方々がざわめき立つ。唐突な宣言に驚き、困惑しているのだ。一体どうして彼らはこんな結論に至ったのか分からない。
「質問をよろしいでしょうか?」
分からなければ本人たちに聞けば良いだけと、小さく手を挙げ私は声を上げる。私の顔を見た彼らは一つ頷いて言葉を促した。
「何故、急にそのようなことを……アルバトロス王国教会の枢機卿の座は発足当時から五席あるのが常です。席を減らすことに意味を見出せませんが……」
枢機卿という立ち位置は皆に尊敬され、教えを説く立場である。沢山の信者の方や救われない者が集まり、枢機卿さまの話を涙ながらに聞いている場面を良く見ていた。そんな方々が突然引退してしまうとなれば……教会にどれほど多くの影響があるのか分からない。
「意味はあろう。聖王国から派遣された枢機卿はアルバトロスで好き放題していた。聖女たちが集めた寄付を使い込み放蕩三昧だ」
「見ているだけしかできなかった私も彼にも責任はあるが、二年前の騒動で教会の権威が地に落ち、皆が大変だった。だが今現在の状況を鑑みれば五席もの枢機卿は必要はない。そして我らはもう引退しても良いだろうと彼と話していた」
お二人は以前から決めていたようだ。二年前の件――私が渦中にいたので申し訳ない限りだが、後悔はない――で聖女さま方の預かったお金を枢機卿三名と彼らの配下が使い込んでいたことにより、教会は大きく揺らいだ。
存在が危ういところまで追いつめられてしまったが、ミナーヴァ子爵さまのお心遣いによって教会は持ち直した。彼女は悪には怒り、弱き者にはとてもお優しい方である。お金を使い込んでいた枢機卿三名と関係者しか罰しないで欲しいとアルバトロス王国に願い出てくれたようだし、我々教会に対する信徒や民からの疑惑も彼女の好意により随分と収まったのだ。少々強引だったように思えるが、今思えば最善の結果だったのだろう。
「若い世代に託し、新しい風を教会に吹き込ませて欲しい」
「とはいえ、筆頭聖女選定の儀はまだ少し先だ。今少し世話になる」
ふっと笑うお二方に、私たちは確りと頷いてこれからの教会は任せて欲しいと彼らに無言で気持ちを伝える。そうして暫く時間が経ち。
「我々の進退は先に国へ伝え許可を得ている。そして、今日の本題だ」
世話になっている枢機卿さまが、隣に座るリーフェンシュタール枢機卿に視線を向けた。
「筆頭聖女候補を幾人か候補に上げ、アルバトロス上層部に伺いを立てよう」
筆頭聖女選定の儀は、現筆頭聖女さまが座を退きたいと願い出れば執り行われるものである。数年前から筆頭聖女さまは年齢を理由に表舞台に姿を現していない。情勢が安定しており他国へ赴く必要性が低く、新たな筆頭聖女を急いで据える必要はないと判断され今まで引き延ばされていた。
アルバトロス王国も関わるために、教会が勝手に新たな筆頭聖女を決めることはできない。教会が聖女として相応しい方を国に知らせ選定を受け、更にそこから選び抜かれる。
「推薦したい聖女は誰か?」
枢機卿さまの言葉に、皆一様に『ミナーヴァ子爵』の声を上げた。
確かに実力と功績を考えれば、彼女が筆頭聖女の座に相応しい方である。だが、爵位を持つ現役聖女が筆頭聖女の座に就いては、負担にしかならないのではないだろうか。領地の運営だけであれば代官を立てて領地を任せれば良いが、ミナーヴァ子爵は国をまたに掛けて活躍しているお方である。今はまだ学生の身分であるので、子爵家当主として全ての仕事を担ってはいないだろう。
卒業をすれば領地運営に亜人連合国とアガレス帝国他の国々と縁を繋いでいかなければならず、筆頭聖女の任はご負担にしかならない気がする。小柄でお優しいミナーヴァ子爵が倒れている所など見たくない。私が見たいのは治癒院で患者さんたちに優しく微笑む彼女の姿だ。
「皆さん。黒髪の聖女さまを推しておられますが、王国から爵位を賜っていることを考えれば我々の意志だけで推薦するのは不躾かと……!」
手を挙げて、ミナーヴァ子爵だけを推している状況を危惧しておく。私の言葉にはっとした顔をする方もいれば、異なことをと呆れた表情を見せる方もいて反応は様々である。
「しかし……他に有力な聖女が……」
「いや、王都のミナーヴァ子爵邸に身を置く、アリア・フライハイト嬢とロザリンデ・リヒター嬢もいらっしゃる。他にも城の魔術陣に魔力を補充する聖女が幾人かいるな」
リーフェンシュタール枢機卿の言葉に、枢機卿さまが黒髪の聖女さま以外の方を何名か上げた。フライハイト嬢は王太子妃殿下の妹さまに残った傷を綺麗に治した功績やリーム王国の聖樹に魔力を注いだことがある。
リヒター嬢は侯爵家出身であること、この二年間の活動で貴族であれど、民に等しく治癒を施しており評判が上がっている人物だ。惜しむらくは、治癒より攻撃魔術の適性が高いことだろう。治癒魔術が得意であれば、聖女としてもっと名を上げていたに違いない。現在のアルバトロス周辺国は争いを是としておらず、聖女が戦場に立つことはない。
「ミナーヴァ子爵の活躍に隠れておりますが、今、名の上がった皆さまは十分に筆頭たる資質を持ち得る方々です」
ミナーヴァ子爵だけではないと、リーフェンシュタール枢機卿を始めとした方々に主張しておく。確かに、と納得している方々がいらっしゃるので、教会からの推薦はミナーヴァ子爵の名前だけではなく、フライハイト嬢とリヒター嬢に他の聖女さま方の名も乗ることだろう。
ふう、と安堵の息を吐き、これから先の打ち合わせを行う。
冬が終わり春を迎えれば、筆頭聖女選定の儀が執り行われ代替わり式もある。確か、陛下がミナーヴァ子爵へ錫杖を下賜すると聞いているのだが、一体いつになるのだろう。
卒業後とは聞いているが、制作が順調なのか滞っているのか耳に入らず情報が掴めていない。下賜するのであれば代替わり式が一番適しているけれど、ミナーヴァ子爵以外が筆頭の座に就いた場合、王国はどの機会に錫杖を子爵へお渡しするのか。
初夏にはアガレス帝国で新皇帝の即位式が催されると聞いている。ミナーヴァ子爵はアガレス帝国のウーノ第一皇女殿下と交友があり、即位式の招待を受けるのは確実だ。
東大陸の六割を統治するアガレス帝国である。きっと盛大な式になるに違いない。最初こそアルバトロス王国と聖王国のやんごとなき方々を攫い、争いに発展するのかとハラハラしていたがミナーヴァ子爵の取り計らいによって難を避けている。共和国から魔力持ちの方がアルバトロスに魔術を習いにくるとも聞いているし、協力要請がアルバトロス上層部から教会に下りている。
ミナーヴァ子爵は本当に規格外の方であり、聖女の器で収まる方ではないと私は認識している。
竜を従え、喋るスライムを侍らし、フェンリルとフソウの神獣さえも共にしていた。教会の不正を暴くべく、王立学院で彼女が歩く前を遮って頭を下げた私は首と身体が繋がっているのは奇跡なのだろう。
そして、若くして私が枢機卿の座に就いていることも奇跡だ。最初はどうなることかと心配だったが、周りの支えによって不格好ながらも枢機卿の職務を全うしている。
少しばかりミナーヴァ子爵に関わった者として、彼女の軌跡を記しているのだが私以外の誰かに読ませるつもりはない。いつか私に死が迎えにきた時、彼女の破天荒な策に翻弄され人生で一番波乱だった日々の記憶を共に棺の中に忍び込ませたいものだと、小さく笑うのだった。






