0830:戻ったよ。
――あ!
フソウに赴いた理由に、仔たちの名前を決めて貰おうとしていたのに、お祝いの料理に気を取られて忘れていた……やばい、どうしようと頭を抱えても後の祭り。切り替えて、今度手紙でお伺いを立てようと頭に刻み付けた。
そうして、フソウの越後屋さんで足りない調味料や食材を買い付けて、アルバトロスに戻ってきた。
メンガーさまにフソウ調味料セットを一式そろえて、チョコレートのお返しにしたいのだけれど喜んでくれるだろうか。あと、お餅とかもいろいろと。
フィーネさまにも納豆を用意したし、納豆好きな海外の方がいると納豆屋さんが知って新作を譲って頂いている。正直な感想をお願いしたいと伝えられたが、元日本人であるフィーネさまの評価って結局フソウの人の評価になるのでは、と首を傾げながら戻ってきた。で、フィーネさまにもきちんとお餅をお渡しする予定。
公爵さまと辺境伯閣下には高級な日本酒を、ご夫人方には反物を買っている。ソフィーアさまとセレスティアさまは気を使わなくて良いと言ってくださるが、お世話になっているので問題はない。
フソウからも、私個人に贈られた物とアルバトロス上層部へ贈られた品を預かっている。陛下に献上するために戻って直ぐ登城して、謁見場で陛下とやり取りを済ませたばかりだ。
そして亜人連合国の方々へもフソウから預かっている品がある。ナガノブさまがノリノリだったので、フソウに竜のお方が見物に行ったことが嬉しかったらしい。子爵邸からお隣にお邪魔して、ロゼさんに預かって貰っていた贈り物を渡したばかりだ。
「わざわざすまない、ナイ」
ディアンさまが私の正面に座って礼を言う。彼の後ろにはダリア姉さんとアイリス姉さんがむーと口を膨らませて、ディアンさまの背を睨みつけている。
彼女たちの横にはベリルさまが苦笑いを浮かべ、やれやれという雰囲気で見守っていた。フソウ国から預かった品はお酒とフソウ刀である。お酒はナガノブさまから、帝家からはフソウ刀を預かった。お酒はドワーフさんたちの胃の中に消えそうだし、フソウ刀もドワーフさんたちに徹底的に検証されそうだ、とは言えず笑みを浮かべて口を開いた。
「いえ。フソウの神獣さまをお預かりするにあたって助力頂きました。アルバトロス王国も私も、そしてフソウ国もディアンさま方のお心遣いに感謝しております」
雪さんと夜さんと華さんがヴァナルの番となって一番大慌てをしたのはフソウ国だ。二千年以上も国を護った神獣さまが、国を出るとか大問題である。
神獣さまと同列の存在となる竜の方々がフソウに赴くことになって、アルバトロス王国とミナーヴァ子爵はフソウ国の宝を奪った、と唱える方はいなくなったと帝さまとナガノブさまから聞いていた。
「礼を言わねばならないのは私たちだ。竜の数が増えて亜人連合国は手狭になっている。国を統べる者が、竜を受け入れてくれるのは有難い」
ディアンさまが私の肩に乗るクロを見た。ご意見番さまの生まれ変わりであるクロに感化されたのか、竜の方の数が増えている。辺境伯家の大木の下に番の竜の方が集まっているし、子爵邸に投げ入れられた卵もだし、子爵領のビオトープ擬きの卵もだし、ワイバーンさんたちも順調に増えていた。
天馬さまもアリアさまのご実家である男爵領に住み着いて、お腹が大きくなっていたと彼女から聞いている。アルバトロス王国と亜人連合国を起点に、いろいろと幻獣と魔獣の皆さまが増えていて喜ばしいのだが、私の下に一番多く集まっているのは何故なのか。
手は掛からないし勝手に育ってくれるから良いものの、注目の的になるのでそろそろ打ち止めにして欲しい所である。
「エルフも増えないかしらと願っているけれど、なかなかね……」
「どうして竜ばかり増えるかなあ~」
ダリア姉さんが苦笑し、アイリス姉さんが口を膨らませて私の下へとやってきて、ひょいと持ち上げられている間に彼女は椅子へ座り、私は彼女の膝の上に収まる。クロはリンの肩の上に移動して難を逃れ、ジークの肩の上に乗っている幼竜さんがクロを気にしてこてんと首を傾げていた。
「致し方なかろう。こればかりは自然のものだからな」
「そう願うのであれば、貴女方もお相手を探してみては?」
ディアンさまとベリルさまがここぞとばかりに、お姉さんズに言葉を発した。あ、これ言い返されるパターンのような気がするけれど、彼らは大丈夫だろうか。
「良い男がいないのよね」
「結婚とか面倒~」
エルフ以外の婚姻は認めないと掟で決まっているから、お相手探しも大変そうである。亜人連合国のエルフの街は百人程生活を営んでいるけれど、子供のエルフを見たことがない。お姉さんズくらいか、それより上という印象が強かった。
「どこかにエルフの方々が住んでいらっしゃると良いのですが……」
東西南北の大陸中を探せば、別のエルフの方々が住んでいるのではないだろうか。でも東大陸は魔素が少ないし、魔獣や幻獣は少ないと聞くから希望は薄い。なら北大陸ならば、ミズガルズの方々が未踏の地にエルフの方がいる望みはあるのではないだろうか。魔族の方たちも住んでいたのだし、エロゲが舞台の大陸なら……エルフの……ねえ?
「そういえば私たち以外、見かけないわね」
「聞いたことないね~大陸のどこにでも行けるナイちゃんが知らないんだし、他にいないのかな~?」
ダリア姉さんが腕を組んで胸を寄せ、アイリス姉さんの手が私のお腹に回されてぎゅっと締まる。きつくはないけれど、背中に当たるモノの感触がダイレクトで伝わります。まあ、良いのかなと思考を放棄してお姉さんズの言葉に耳を傾けた。
「うーん。情報を集めてみようかしら」
「面白い結果になるかもね~」
なにも動かないより良いのだろう。伝手なら私が持っているし、聞くだけならばタダ……とは言えないのが外交だけれども。
「で、二人は意中の相手を見つける気はあるのか?」
「………………」
「……」
ディアンさまの言葉に渋面になって黙り込むダリア姉さんとアイリス姉さん。ベリルさまは『おや?』と首を傾げているし、ディアンさまも『あれ?』みたいな顔になっている。竜の皆さまのように単体で仔を成すことができれば問題解決するけれど、残念ながらエルフの方々には無理である。
「竜の次はエルフとドワーフの番だと考えていたが」
「道は遠いようですねえ、若」
ディアンさまとベリルさまが顔を見つめながら苦笑する。いつも竜のお二人を言い負かしている、ダリア姉さんとアイリス姉さんが黙るなんて珍しい。
大丈夫かなとエルフのお二人へ視線を順に向ければ、口をへの字にして微妙な表情のままだ。ダリア姉さんとアイリス姉さんのお相手を生きている間に見られるのだろうか。どんな方なのか気になるし、いつかエルフの子供も見てみたい。人間の手に依って、亜人連合国に追いやられてしまったのだ。いつか西大陸でもいろいろな種族が共存している未来があっても良いだろう。
難しい顔のままのお姉さんズとディアンさまたちに別れの挨拶を告げ子爵邸に戻るのだった。
――数日後。
学院の三学期が始まった。始業式で生徒会会長の挨拶を済ませれば、あとは卒業式で答辞を述べるだけ。生徒会活動なんてほとんどないようなもので、お飾り生徒会長の役目も無事に終えられそうだ。
学院生活も残り三ヶ月を切って、特進科のクラス内では就職先と婚姻先の話に盛り上がっているのを横目に、私はフィーネさまとメンガーさまにフソウ土産を渡そうとサロンに呼び出しをしていた。
「フソウ土産です。今回はお餅を頂いています。他にも足りなくなった調味料や食品を買い付けましたので教えてくださればお送りいたしますよ」
「ありがとうございます、ナイさま」
「ミナーヴァ子爵、何度も申し訳ありません」
フィーネさまとメンガーさまの声に気にしないで欲しいと伝えて、冬休みの出来事や南大陸の情報を受け渡す。お二人とも難しい顔になって、黒い竜も怪しい魔術師も面倒な相手であると判断しているようだ。南大陸で余計なことをしていないか気になるし、被害を受ける方がいなければ良いのだけれど。
「難しい問題です。こちらから動きようがありませんし……南大陸へ渡る伝手もありませんから」
お二人の顔を確りと見て口を開いた。一応、アルバトロス上層部と商人さんが動いてくれているが、まだ報告が上がってこないのでどうなるのかは分からないままである。
「聖王国も南大陸の情報や伝手はありません。なにか理由をつけて宣教師を派遣することもできますが……」
「やらない方が無難でしょうね。派遣された宣教師の方がどうなるかも分かりません」
フィーネさまと聖王国も南大陸への伝手や情報はないようだ。メンガーさまも渋い顔をしている。共和国のルグレ少年の実態を知っているから、黒い竜により二人目、三人目が出てきてもおかしくない状況と判断しているようだ。
「しかし、ナイさま」
「はい、どう致しました?」
こてんと首を傾げたフィーネさまに、私も首を小さく傾げる。
「ご卒業なされれば、筆頭聖女選定の儀が執り行われるのではないですか?」
ヒットウセイジョセンテイノギ……忘れてた、と言えればどれだけ楽だろう。現時点で一番当選確率が高いのは私である。あとはアリアさまかロザリンデさまということになるのだが……。
「聖王国で噂が流れておりますし、注目もされています」
ゲームだとファーストIPの一シリーズ目の主人公であるアリスがその座に就いたのだとか。あれ、世直しの旅へ出たのにアルバトロス王国に戻ってきたのか。 まあ、ゲームと現実は違うのだから、目を逸らすわけにはいかない。アルバトロス上層部と教会の判断に任せる他ないけれど、子爵位を賜っているし他の方に譲れないだろうかと頭を抱えるのであった。