0828:めでたい、めでたい。
祝いの席の前に、フソウの皆さまから彼らは視線を浴びていた。
帝さまとナガノブさまと大巫女さまとフソウの方々が、エルとジョセとルカとジアを見てぽかーんと口を開けている。どうやら初めて天馬さまを見たようで、不思議な生き物として捉えているようだ。フソウには神獣さまがいらっしゃるのだし、驚くものなのか不思議である。
「こちらがみなーばぁが仰っていた、天馬ですか?」
「本物だ! 凄いぞ、本物だ!」
不思議そうにエルたちを見つめる帝さまと、子供のような声を出しながら目を輝かせているナガノブさま。
ナガノブさまはセレスティアさまと意気投合しそうだなあと、ちらりと彼女の方を見るとご令嬢として確りとした態度であった。フソウに赴いていることもあって、お仕事モードである。凛々しい姿を久しぶりに見たなと少し失礼なことを考えながら、エルたちに視線を向けてひとつ頷く。
『お初目に掛かります、フソウ国の皆さま。私は天馬のギャブリエルと申します』
『初めまして。彼の番のジョセフィーヌです。後ろの二頭は私たちの仔で、黒い仔がルカ、赤い仔がジアと申します。まだ人の言葉は喋れないのでご容赦を』
エルとジョセが私の横に並び、帝さまとナガノブさまに挨拶をした。どうして私と一緒に過ごしているのか経緯を伝えて、仲間の天馬さまがフソウに赴けば手を出さないで欲しいと願い出る。
「ご丁寧に、ありがとうございます。フソウで帝の位に就いております。みなーばぁとは縁あって仲良くさせて頂いておりますよ」
「この地にて征夷大将軍を務めている、ナガノブだ。天馬たちが飛来したなら、確かに馬鹿な者たちが捕獲を試みることもあろう。其方たちのような者ならば共存が可能だ。急ぎ、協議したのち触れを出そう」
帝さまとナガノブさまがお認め下さったならば、天馬さまたちの保護は決まったも同然だろう。エルたちが人の言葉を理解して温和であることも、話が直ぐに纏まった大きい要因だ。
『急な話というのに、ありがとうございます』
『竜のお方も増えておられます。我々天馬も負けておられませんので』
目を細めながらエルとジョセがフソウの方々に頭を下げると、ルカとジアも嘶きで答えていた。良かったねとエルとジョセの顔に触れると、ナガノブさまが凄く羨ましそうな視線を向けてくる。
苦笑いをしてエルとジョセにお願いと伝えれば、ナガノブさまにエルが『乗ってみますか?』と言い、ジョセが『ルカでもジアでも構いませんよ』と告げた。え、マジで良いの? という顔になったナガノブさまに帝さまが『子供のようにはしゃぐのは止めなさい』とぴしゃりと言われ、彼はしょぼんと肩を落としている。
それなら明日に、と話が纏まり宴会場に移動を促された。エルたちはドエ城の庭を探索していますと言って別れる。
――お昼前。
ドエ城の大広間で華やかな宴会が開かれていた。帝さまがドエ城にいらっしゃるのはかなり珍しいことなので、護衛の方々が緊張している。炊事場の方々も変な物を出してはいけないと、気を張っているとナガノブさまから教えて頂いた。
当の帝さまは賊に襲われてもヴァナルと雪さんたちがいること、護衛の皆さまがいらっしゃるのでどんと構えていれば良いし、ご飯は毒見役がこの場に沢山いるから問題ないと言い切った。ふふふ、と笑っている帝さまに大巫女さまが『大事あれば困ります!』と苦言を呈しても、やんわりと流されている。
雪さんと夜さんと華さんとヴァナルと五頭の仔たちは、一段上がった上座でまったりと過ごしてる。仔たちは大勢の人たちが集まる場所にいるのは初めてだから、最初は驚いて籠の中で大人しくしていたけれど慣れてきたのか、すんすんくんくん鼻を鳴らして籠から脱出を試みていた。出たら出たでヴァナルと雪さんたちが対応してくれるから放置でも構わないと、帝さまとナガノブさまの顔を見る。
「愛いなあ。真、小さき時は人でも神獣でも獣でも可愛らしいのう」
「ナガノブ、愛でる心が其方にあったのですねえ」
帝さまの言葉にナガノブさまは言い返せないまま微妙な顔になっていた。割と人の心がないような台詞だったけれど、帝さまは本気で言ってはいないし、ナガノブさまも問答無用で人を斬る場合があるらしいから反論はできないようだった。
「みなーばぁ、雪たちがアルバトロスに渡ってから、密な連絡感謝いたします。貴女も忙しいでしょうに。雪たちが向こうで過ごしている様子を知れ、安堵いたしました」
帝さまが笑みを深める。雪さんたちの足形は貴重だから、大事に飾っているそうだ。ヴァナルの分もあるし、仔たちの足形もある。まだ小さいので赤色の食紅を利用したから、舐めてしまっても健康に影響はない。
親である雪さんたちと比べると、対比されて小ささが凄く分かり易かった。流石に産まれたばかりの頃は足形を取れなかったので、少し前初めて取ったのだが、小さくて可愛い足形はいろいろな方々の心にクリティカルヒットしていたし、欲しいと手を挙げる人が多かった。
仔たちは面白かったのか、紙の上を歩いてべたべたと足形を付けていたので数には困らないが、譲渡先は考えておかないと誰彼にでも入手できるものと勘違いされても困る。
「いえ。手紙は苦手で、上手な文章ではなく申し訳ありません。それに帝さまとナガノブさまにはいろいろと融通して頂いております。お互いさま、ということで」
「確かに、みなーばぁの手紙は報告書を読んでいるようでした。もう少し、語彙を増やして季節の移り変わりや自身の心の機微を記して頂けば良くなりましょう。――みなーばぁの融通して欲しいものは食べ物ばかりではないですか。もう少し衣服や装飾品にも興味を持ちなさい」
くすくすと笑う帝さま。手紙については、定型の挨拶を引っ張って流用しているだけだから、風情とか雅というものには縁遠い文になっていたかもしれない。季節は気にしているけれど、季節に対しての言葉の数がフソウよりアルバトロスは少ない。自分の心の機微はどうだろう……貧民街生活が大変過ぎてあまり動じない上に、予想の斜め上を行く巻き込まれに頭を抱えているから、こう細かい自分の心情に疎くなっているのかも。
そして、服や装飾品に興味を持ちなさいという助言に、後ろで話を聞いていたソフィーアさまとセレスティアさまが凄く頷いている。衣装を沢山持っていても、一度袖を通すだけなのはもったいない意識が根付いている。
孤児院や子爵邸で働く方々に払い下げれば良いと、ソフィーアさまとセレスティアさまは仰るが普段着と仕事着と聖女の衣装だけで十分だった。
貴族としてお茶会と夜会に参加するようになれば話は別だけれど、今の段階では無駄な買い物に思えてしかたない。そんなだからお二人から衣装を頻繁に贈られている。
「話し込んでいてはみなーばぁも楽しめないですね。ナガノブがフソウ中から旬の品を集めております。貴女の美味しそうに食べる姿を見ていると、こちらまで嬉しくなります。ささ、膳の前へ」
帝さまに導かれて上座の位置に腰を下ろす。左隣に帝さま、右隣にナガノブさまに挟まれ、後ろには雪さんたちとヴァナルと仔たちがいる。
完全に身内扱いではと首を傾げていれば、帝さまがお酒の入った小さな杯を手に取って『弥栄!』と声を上げた。確か江戸時代の頃って『乾杯』の代わりに『弥栄』だったと誰かに教えて貰った記憶が残っている。
「みなーばぁ! フソウの者にまで気を使って貰ってすまないな。有難く頂戴しておいたが、構わないのか?」
「はい。おめでたいことですし、フソウの皆さまが喜んでくださっているのは、沿道で集まった人たちの姿を見て実感しております。問題ありませんよ」
ナガノブさまの言葉に答える。ナガノブさまは神獣さまの仔が産まれてめでたいと、ドエの都やフソウの方々にお酒や食べ物を振舞っている。私もフソウの神獣さまを預かった者として、フソウの皆さまにお酒と食べ物、子供にはお菓子を越後屋さんにお願いして大量に買い付けた。
どう配布して良いのか全く分からないので、ナガノブさまを頼ってフソウの方々に配った次第だ。隅々にまで行き届いてはいないだろうが、気持ちの問題である。みんながお祭りムードを楽しめたなら、それで良い。
「そうか。後で餅つきを城内で行って、皆へ振舞う。フソウ以外では珍しいと聞いているから、気が向けば参加してくれ!」
ナガノブさまがにっと笑って、一気に杯の中のお酒を飲み干した。お餅つき、という言葉に懐かしさで記憶が蘇る。前の子供の頃、施設にご近所さまからもち米の差し入れが入り、施設のみんなと一緒に餅つきをして食べていた。
子供が餅の形を整えているから、大きさが歪だったけれど搗きたてのお餅は凄く美味しかった。黄な粉餅に餡子入りによもぎ餅に水餅にといろいろ作っていたなあ。お餅であればアルバトロスに持ち返って、フィーネさまとメンガーさまにも楽しんで頂けるかもしれない。
「あの、少し分けて頂くことはできますか?」
「少しと言わず、沢山持って行って良いし、食べていけ!」
豪快に笑うナガノブさまに感謝を告げて、宴会の時間がある程度過ぎるとドエ城の庭に出て餅つき大会が始まるのだった。