0827:お披露目会。
南大陸へ商いを行おう計画は、王妃さまの母国の例の人たちの協力を経て、人を派遣することになった。今まで私自身が動いているから、人に命令して物事を進めることを覚えなさいと公爵さまからの助言があったためである。
素直に従ったのは、もう直ぐ冬休みも終わるし三年生三学期をきちんと学院で過ごそうとジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまと相談して決めたことが一番大きい。
南へ赴く方はフェルカー伯爵の伝手を教えて頂き、私が、ミナーヴァ子爵家が雇った。西大陸から南大陸へ船での移動となるため、危険手当としてお給金は相場より良い値段を出している。
美味しそうな食べ物のレシピと西大陸では珍しいお野菜と果物を探して欲しいことと、西大陸のアルバトロス王国の黒髪の聖女が『黒い竜と顔を隠した魔術師を探している』と噂をばら撒いて欲しいともお願いしていた。陸路を経て海路を使用するので長旅となるが、頑張って欲しい。
で、私が治癒を施した子供は問題なくアルバトロス王都で一週間を過ごし、王妃さまの母国へ戻ると同時、私が雇った方も彼らと共に旅立って行った。どうか無事に彼らが南大陸へ辿り着きますようにと願いながら……。
子供の病気を治して欲しいと願い出た例の一行は、私に一目会えたことで満足したらしい。このまま平穏無事に終わるか分からないが、一難は去って行き別の問題を解決すべく新たに動きだしていた。
彼らの話によると、身長の低い黒髪黒目の女性が南大陸に赴けば、怖くて平伏されることは間違いないそうだ。南大陸の女神さまは彼の地に住まう方々に割と当たり散らした過去があり、現身のような姿だから凄く恐れられるとのこと。その話を聞いたので、人を雇って南へ派遣したということも理由の一端だった。
――あと数日で冬休みも終わる頃。
今日の予定は、フソウの皆さまにヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの間に儲けた仔たち五頭をお披露目することである。
竜のお方の背に乗って移動してきたのだが、仔たちは私の影の中に入れないので大きな籠を用意して、その中で過ごして頂いていた。ちょっと小さい籠だったので、五頭がみっちりと詰まっている姿は凄く可愛い。甘い鳴き声を出しながらヴァナルと雪さんたちに見守られ無事にフソウへ辿り着いた。魔術具で写真を沢山取っている方がいたので、後で複写して頂こうと心に刻む。
なのでミナーヴァ子爵家の面子はいつも通り、ジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまに護衛の皆さまである。そして……。
『私たちはどうしましょうか?』
『街中を歩けば、皆さまが驚くでしょうし……』
今回、エルとジョセとルカとジアが一緒にフソウに赴いている。最近ずっと子爵邸に籠っていたので、私たちに同行するなら危険も少なかろうと出掛けた次第。
フソウに赴く前に仔たちと彼らは顔合わせをしたのだが、直ぐに打ち解けていた。ルカが歩くとその脚の間を黄色ちゃんが器用にすり抜けていく。犬のアジリティーのショーを見ているようだと感心しながら、身体の大きさが全然違うから五頭の仔たちに群がられてもびくともしていなかった。
ジアは初めての外だから、興味津々のようで長い首を上に下にと忙しい。そんな彼女をお兄ちゃんであるルカがキョロキョロしないと言いたげに、横に寄り添っていた。フソウの季節も冬であり、アルバトロス王国より随分と寒さが厳しい。私たちは厚着をして防寒対策はバッチリ施しているが、エルたちはいつも通りだ。話を聞けば暑さ寒さには強いので平気だとのこと。
「話は通してあるから大丈夫だよ。ドエの方たちにヴァナルと雪さんたちと産まれた仔をお披露目するために、歩いて行くからエルたちも一緒に行こう」
フソウの皆さまに今回天馬さまも同行しますとお伝えしているので問題はない。あとはドエの城下町に住んでいる方々が驚かないかだけである。警備のお侍さんたちもいるし、私たちもいるから妙な事態にはならないだろう。飛び込んでくる人がいれば、すぐさま止められるのがオチである。下手をすれば首と胴がお別れするし。
『フソウの皆さまと交流ができると良いのですが』
『良い関係を築きたいものです』
目を細めて心配そうにエルとジョセが私に顔を近づけるので、足と手を伸ばして額の辺りを撫でる。彼らなら大丈夫だ。物腰が柔らかいし、気さくな天馬さまである。
「天馬さまが移住できそうな場所がフソウにもあると良いね。フソウの帝家と幕府に保護対象に認めて貰えると良いけれど」
帝さまとナガノブさまであれば直ぐに首を縦に振ってくれそうだけれど、私が話を通すより天馬さまたちときちんと話し合って頂く方がきっと良い。
『これは頑張って、フソウの方々にお願いしなければ』
『同じ種が増えることは良いことです。理解ある方であれば嬉しいですね』
エルとジョセが言い終わると、ルカが何故か嘶きながら前脚を上げた。わさーと広がる三対の翼から、黒い羽が落ちたので回収しておく。なにか悪いことを考える人がいるかもしれないし、念のためだった。
ジアはお兄ちゃんになにをしているの、と呆れたご様子。まだ喋れないけれど、なんとなく雰囲気は分かるのだから不思議なものである。
「お迎えに上がりました」
私たちのやり取りを待っていてくれたお迎えの武士さまが丁寧に頭を下げる。
「本日と明日、よろしくお願い致します。では、打ち合わせ通りに」
私もドエ式のお辞儀をして籠の中に乗り込んだ。打ち合わせ通りというのは、ヴァナルと雪さんたちがドエの街を闊歩することである。私は最後方で籠に乗っての移動となる。豪華な籠に乗る手前でクロがぐしぐしと顔を擦り付け私を見た。
『ボクも外にいても良いかな?』
「良いんじゃないかな。ヴァナルの頭の上は今回は避けて貰って、エルたちと一緒ならそう騒ぎにならないはずだよ」
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが先頭を歩き、その後ろに今回産まれた五頭の仔たちが行く。籠の中に入ったままであるが、小さいフェンリルとケルベロスのハーフの仔だし、フソウの神獣さまの仔である。フソウの方々がさぞ喜ぶだろうし、天馬さまと竜に見慣れて頂けば驚く人たちが減るだろう。
お迎えの武士さまも特になにも告げないので問題はないようだ。籠へ乗り込み、ジークとリンは徒歩で、ソフィーアさまとセレスティアさまは別に用意して頂いた籠で移動となる。
そうして城下町に入るなり、沢山の方たちが雪さんたちとヴァナルを出迎えてくれていた。ドエ城まで続く真っ直ぐな大きな道にできた人だかりは、ドエの都にこんなに人が住んでいたのかと驚く。
フソウの旗を振りながら『神獣さまー!』『おめでとうございます!!』『可愛い!』『五頭もいらっしゃる!』と嬉しそうに声に出している。小さな子供も興味深そうに見ながら、ご両親に『わんこ、大きい!』と告げ、ご両親が慌てて訂正させていた。
――本当にめでたいなあ。
フソウ上げてのお祭り騒ぎである。出店もあって大層賑わっていた。お寿司に飴細工にいか焼き、かば焼きに焼き鳥のお店もある……いか焼き食べたいなあ、と漂ってきたタレの匂いに心を惑わされるし、鰻って食べたことがないけれど美味しいのかなあと、お腹を鳴らせばドエ城へと辿り着く。
「神獣殿ーー!!」
門を抜け籠から降りると、ナガノブさまが凄い勢いで雪さんたちの下へと走って行く。興奮して私の歓待を忘れてしまうかもしれないと、事前に手紙に記してくれていたから問題ない。ナガノブさまは相変わらずだなあと笑っていると、帝さまと大巫女さまがゆっくりとこちらへと歩いている。
『ナガノブ、久しぶりです』
『元気な仔が五頭、無事に産まれましたよ』
『見てください、この愛らしい仔らを』
雪さんたちが彼に声を掛けて、仔たちが乗る籠を引き寄せた。中にいる五頭の仔たちは頭の上に疑問符を浮かべて、初めて見る顔に興味津々である。すんすんと鼻を鳴らして、一生懸命に匂を嗅いで敵か味方か判断しているようだ。
「御身がご無事でなによりです。そして五頭もの仔をお産みになったこと、心よりお喜び申し上げます。いや、めでたい! ヴァナル殿にも感謝申し上げる!」
ナガノブさまがなんども言えないデレデレの顔を浮かべながら仔たちを見たあと、ヴァナルに顔を向けた。雪さんたちの横にお座りしていたヴァナルが立ち上がって、彼の前に移動する。
『気にしない。みんな元気。産まれたことを喜んでくれる、幸せ』
へたんとお尻を地面に付けて、尻尾をばふばふ振っているから本心のようだ。ナガノブさまに右前脚を上げて『よろしくね』と言わんばかりに、彼と硬い握手を交わしている。ナガノブさまは嬉しかったのか、目尻に温かいお水を溜めているような。
「可愛らしい仔たちですな。成長が楽しみです」
『うん』
男性同士で気が合うのか、ヴァナルが優しいのか打ち解けている様子に安堵していると、帝さまと大巫女さまがやってきた。
その間にナガノブさまが私の下へときて『後回しにして申し訳ない。此度の件、フソウの全ての者に代わり感謝する!』と小さく頭を下げてくれた。いえいえと返していると帝さまは雪さんたちとの挨拶を終えて、私の方へとやってきた。
「久方ぶりです、みなーばぁ。雪と夜と華の出産に立ち会って頂きありがとうございます。母子ともに健康なのは貴女のお陰でございましょう」
「いえ。私は見守っていただけです。無事に産まれてきたことと健康なことは、きっと彼女たちが持ち得る強さの証かと」
私は産室で夜更かししただけで、大したことはしていない。無事に産まれたのは雪さんたちとヴァナルが心穏やかに過ごしていたことが、大きな要因ではないだろうか。籠の中でふんすふんすと鳴いている五頭を帝さまと一緒に見ていると、ナガノブさまがやってきた。
「めでたいことだからな! 今日はフソウ全土で祝いの席じゃ!! 皆、騒ごうぞっ!!」
帝さまの横に並んだナガノブさまが大音声を発し、彼の掛け声を聞いたフソウの皆さまは拳を握り……。
――応っ!
声を張り、天高く拳を空へ突き上げた。