0823:ステイ。
――王妃さまの母国へ行こう計画。
王妃さまの伝手を頼って入国許可証を発行して頂こうと考えたのだけれど、周りの皆さまが『ナイが赴くより、相手を呼びつけた方が良い』と判断されて、王妃さまの母国から、追い返された件の方たちが再びアルバトロスへとやってくる手筈になった。
冬休み期間なので時間の融通は利くから、いつでもこーい、バッチコーイの状態なのだが、メンガーさまが共和国から戻ってきたという報告を聞いて、チベットスナギツネみたいな顔を披露してしまう。ジークとリンに顔、顔、と指摘されるまで妙な表情だったらしいのだが、どうしてメンガーさまが共和国に赴いたのか意味不明だった。
「件の者は尋問で心折れたが、向こうで調子を取り戻したらしくてな……」
「……で、公爵閣下が最後の手段とメンガー伯爵家のエーリヒさんを共和国に差し向けたのですわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが、ほとほと困った顔になっている。
「ロゼさんとエルフのお二方の尋問を受けて尚、懲りずに共和国で自分の主張を繰り返したのですか?」
ようやく反省したと周囲を思い込ませて、メンタル復活したルグレ少年の図太さに感心しつつ、大らかな精神を持ち合わせていなければ出鱈目な主張はできないか、と納得する。
いや、でも、本当にロゼさんとダリア姉さんとアイリス姉さんの尋問を乗り越えたなんて……信じられないんだけれど。内容がアレ過ぎて詳しいことは教えられていないし、尋問官が暫く恐怖で立ち直れなかったと聞いているのに。
「そのようだな」
「信じられませんがねえ」
むーと目を細めるお二方に、苦笑が漏れる。
「メンガーさまはいつお戻りに?」
「昨日だ。簡易の報告がなされ、一先ずは旅の疲れを癒すために今日一日は休養となっている」
「明日、正式な報告会となりますわ」
ならば明日の私は報告会に参加となるのか。特に用事もないし、予定があれば別日に開かれていただろう。メンガーさまも出世の道を歩んでいるし、将来はアルバトロス上層部中枢に組み込まれるのではないだろうか。報告会に参加することに首を縦に動かすと、セレスティアさまがそわそわしている。
「では部屋に戻ります」
「ナイ、わたくしも一緒に部屋へ赴いてもよろしいですか?」
セレスティアさまが私に声を掛け、期待に胸を膨らませている。ここ最近の同じパターンなので断る理由もないし構わないのだが、真面目なお方は気になるようだ。
「セレスティア、あまり当主の部屋に入り浸るな。我慢している者に示しが付かないだろう」
「分かってはおりますが、お可愛らしい時期は短く儚いものでございましょう。たっぷりと堪能しておかなければ後悔してしまいます。それにソフィーアさんも気を抜いて顔が緩いではないですか」
ソフィーアさまの最後の言葉は彼女の本音なのだろう。我慢している者の中に彼女自身も含まれている気がする。セレスティアさまは言いたいことが言えたので、鉄扇を口元で広げてドヤ顔を披露していた。
「なっ!?」
真面目な彼女は気付かれていないと思い込んでいたのか、図星を付かれて顔が赤くなっている。ソフィーアさまが赤面するなんて珍しいと、微笑ましく見守っていると彼女が私に救いを求める視線を向けたので意志を汲み取った。
「みんなで私の部屋に行きましょう」
『みんなで行こう~』
クロも困っているソフィーアさまを見て思うことがあったのか、私の肩の上で移動を促す。席を立ってジークとリンに視線を向けると、彼らも頷き移動を開始。執務室を出て廊下を歩きながら、すれ違う方に声を掛けつつ自室に戻る。みんながいるので部屋の扉は開放したままだ。
「ただいまー」
自室に入って『ただいま』と告げるのはおかしなものだが、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんがお留守番を担っているので間違いではないだろう。
産まれた仔たちはすくすく成長しており、ふかふかの毛が確りと生え真ん丸になっている。毛玉ちゃんなのは相変わらずだけれど、目も見えているし足取りは随分と確りして個性がそれぞれに出てきている。一番腕白なのは黄色ちゃんだ。赤色ちゃんと白色ちゃんは大人しく、個別行動していることが多い。緑色ちゃんと青色ちゃんは雪さんたちの下にいることが多く甘えたれっぽい気がする。
「嗚呼、この時期の可愛さは異常ですわ! どうしてこうお可愛らしいのかしら!?」
随分と大きくなったし、産室から私の部屋にも移動して行動範囲も広まったから、いろいろな方に慣れて頂こうとヴァナルと雪さんたちが子爵邸で働く方たちにも触れあって欲しいとお願いされた。
今はソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンにクレイグとサフィール、家宰さまと私付きの侍女さんたちと触れ合っている所だ。もっと行動範囲が広くなれば、エルたちとも顔合わせをするし、お猫さまとジルヴァラさんに幼竜さんとも付き合いが始まるのではないだろうか。
『おかえりなさい』
仔たちの面倒をみていたヴァナルが立ち上がり、私の下にきて顔を擦り付ける。頭を撫でていると影の中からロゼさんがポーンと出てきて、ヴァナルの頭の上に乗った。気にする様子もなく普通にロゼさんを乗せたまま元の位置に戻って、また仔たちのお守りを再開してた。
『おかえりなさいませ』
『仔たちは元気が有り余っています』
『大きくなりましたねえ』
雪さんと夜さんと華さんが床に寝たまま、顔だけを起こしてこちらを見た。少し前までは頻繁にクロと幼竜さんが床に降りて仔たちの相手をしていたのに、大きさと力負けするようになってクロと幼竜さんは相手をあまりしなくなった。
力を出すと仔たちを吹き飛ばしかねないから遠慮しているようだけれど、降りたら降りたで仔たちになんの遠慮もなく揉みくちゃにされるのである。見ている私としては可愛くて微笑ましい光景なのだけれど『助けて~』と声を上げるクロと、凄く情けない鳴き声を出す幼竜さんは仔たちの圧に負け床に降りることを断念していた。
「大きくなったね。でも、まだ大きくなるでしょう?」
雪さんたちの横に座って、彼女たちと視線を合わせる。最低でも狼サイズくらいにはなるらしい。私の部屋と隣の産室で広さは足りるのだろうか。まあ、散歩とかできるだろうし、ルカを傷付けた竜の件が片付けば外に出られるようになる。
産まれた仔たちをフソウの方々にお披露目したいし、名前も話し合って決めたいところ。産まれた仔たちの名前はフソウの皆さまに命名して頂いても良いんじゃないかな。私が付けると、変な名前になる可能性もあるのだから。
『ええ。育ち切れば、番さまほどになるのではないかと』
『体の大きさも自由に変えられるでしょうし』
『時間が経てば、言葉も操れましょう』
どうやら仔たちの能力はヴァナルの力を引き継いでいるようだ。やっぱりみんな一緒に私の影の中に潜るようになるのだろうか。
「早く一緒にお喋りできると良いね」
でもまあ、お喋りできるようになれば賑やかになるし、きっと楽しいだろうと雪さんたちの頭を撫でると目を細めて受け入れてくれる。ソフィーアさまとセレスティアさまの足元には仔たちが匂いを嗅ぎつけて、くんかくんかと興味津々に嗅いでいる。
ひとしきり匂いを嗅ぐとジークとリンの足元に行き、くんかくんか。幼竜さんの気配を感じ取ったのか、黄色ちゃんがジークの片足に前脚を乗せ登ろうと試みているけれど、登れずぽてんと床の絨毯に転がった。
ころりと一回りした黄色ちゃんの下に赤色ちゃんが鼻を鳴らしながら『大丈夫?』とやってきて、鼻先で黄色ちゃんの身体を突っ付いていた。ぶはっとなにか吹き出す音が聞こえたけれど、あえてスルーをみんなが決め込む。破壊力が凄まじい、と声が聞こえたけれど幻聴として捉えておいた。
黄色ちゃんは幼竜さんの下には行けず諦めて、白色ちゃんとマウント合戦を繰り広げ遊んでいる。青色ちゃんと緑色ちゃんが雪さんたちのお腹の所で寝息を立て始めたから、遊び疲れたのだろうか。私の背中をつんつんしているのを感じ取って後ろを振り向くと赤色ちゃんがいた。
「どうしたの?」
声を掛けると、私の前によたよたと歩いてきた赤色ちゃんが膝に脚を掛けて、膝の上に登ろうと試みている。助けようかと迷ったが、頑張れと見守るだけにしておいた。後ろ脚を必死に動かして自分の力で望みを叶えようとする姿は微笑ましい。何度も後ろ脚を動かしてようやく引っ掛かりを見つけて、私の膝の上によじ登った。
「頑張りました」
ふふ、と自然と笑みが零れて赤色ちゃんの頭を撫でると気持ち良いのか目を細めて、膝の上でお股パッカーンとお腹を見せる。これはお腹も撫でて、という主張だろうと遠慮なくお腹を撫でた。
ぽよぽよのお腹はまだ毛が生えておらず、桃色の肌が丸見えである。いろいろと丸見えであるが気にしちゃいけない。顔から顎下に手を動かし、前脚の付け根を撫でてからお腹の所を優しく撫でる。くーんとなんとも言えない甘え鳴きをした赤色ちゃんは可愛いくて可愛くて仕方ない。デレっとしていたのがバレたのかクロが顔を私に擦り付け、長い尻尾でべしべし背中を叩いた。
『あらあらまあまあ』
『よほど気持ち良かったようで』
『気を許しておりますねえ。良いことです』
雪さんたちも自身の仔が幸せそうな顔で私を受け入れている姿を微笑ましそうに見守っている。ぷーと顔を膨らませている例のお嬢さまを手招きして、私の横に座って頂いた。そうして赤色ちゃんを彼女の膝の上に乗せてみる。案外彼女の膝上も気持ち良かったのか、お腹の方に顔を向けて寝息を立て始める。
いろいろな感情を押し殺して、赤色ちゃんを起こさないように奮闘しているお嬢さまを見ながら、呆れているお方がいた。そのお方も手招きして私の横に座って頂く。物音に目覚めた青色ちゃんと緑色ちゃんがむくりと起き上がって、ソフィーアさまの膝の上に乗ってまた眠りに就いた。
「ナイ、助けてくださいませ……あ、足が」
「そ、そろそろ私も限界なのだが……」
膝の上の仔たちは物音も気にせず、彼女たちの膝の上でぐっすりと寝息を立てている。割と長い時間同じ体勢だったので、お二人は限界を迎えたようだ。普通の方々であればもっと早くギブアップ宣言を出していただろうが、お二人は結構長い時間を仔たちの温かさを直に感じ取っていた。
「もう少し頑張ってください」
ソフィーアさまとセレスティアさまに揶揄われることもあるので、偶には良いかと助けるのを止めた。流石に可哀そうと感じ取ったのか、ヴァナルが膝の上の仔たちを口に含んで雪さんたちの下へ移動させる。はあ、と大きな息を吐いたお二人が『足が痺れた』と暫く立てないでいるのだった。