0817:南大陸のこと。
――南大陸へ合法的に足を踏み入れる方法。
少し前から考えているんだけれど、野蛮な方法が頭の中に過るだけ。クロに大きくなって貰って乗り付ける。アガレスから飛空艇を借り受けて上陸。
旅券を発行して頂いたところで南大陸の国家と交流がないので、なににしろ不法入国者である。アルバトロス王国に所属する爵位持ちが、勝手に南大陸の国に入って好き勝手している、なんて噂が流れれば陛下にご迷惑を掛けるだけ。面倒な展開になっているけれど、ルカと空飛び鯨さんを傷付けた責任は取って頂かねば。竜の飼い主がいるなら、その人にも躾がなっていないと文句を言いたい。
「南大陸って乙女ゲームの舞台にはなっていないのですか?」
ふと気になって、フィーネさまとメンガーさまを学院のサロンにお呼び立てしていた。ここにいるのはいつもの面子と信頼のおける護衛の方たちのみである。
なんでも良いから情報が欲しいという気持ちももちろんあるし、フィーネさまとメンガーさまが情報を持っている可能性だってある。公爵さまはメンガーさまを気に入っているので、先に彼から情報を引き出しているかもしれないから二度手間になってしまうのは申し訳ないところ。
「発売されたのはファーストIPが三シリーズ、セカンドIPが二シリーズのはずです。それから数年間音沙汰がなく、ファンの間ではメーカーに新作を制作する体力がないと言われていました」
フィーネさまが難しい顔で教えてくれた。資金調達とか時代の流れとかいろいろ重なって企画がぽしゃることもあるのだろう。巨大コンテンツに成長すれば、十年先くらいは安泰だろうが、一部の小さな界隈で流行っているだけなら辛い所がある。
「そうでしたか」
ゲームの情報に頼ろうとしたのがいけなかったのか、手掛かりはナシか。メンガーさまも申し訳なさそうな顔で私を見ているし、情報を持ち得ていないのだろう。
ふう、と息を吐いてティーカップの中身を覗き込む。琥珀色の紅茶の味は未だによく分からないけれど、学院で提供されているものだから高級品である。紅茶の美味しさが理解できないのは、私にお貴族さまらしさがないからだろうか。うーんと片眉を上げた私の顔が、紅茶の液面に映し出されていた。
「………………」
「……っ」
私たち三人のやり取りを見ているソフィーアさまとセレスティアさまが、口元をヒクヒクさせている。彼女たちがそんな顔をするのは珍しいと視線を向けると、盛大な溜息を二人同時に吐いた。
「ナイ。なにか思い出すことはないのか?」
「ええ。そろそろ頭の片隅にでも浮かんでいるのではないのですか?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが遠回しに言葉を紡ぐことは珍しい。お仕事関係なのでいつも端的に分かり易く教えてくださるのに。とりあえず、なにか思い当たる節がないだろうかと頭の中を捏ね繰り回してみるけれど、なにも見つからないのだが。
「なにかあります……?」
考え込んでも仕方ないし、聞いてみる方が早いとお二人に言葉を投げると、また盛大な溜息が聞こえた。フィーネさまとメンガーさまがいるのに、どうしてそんな態度を取るのだろうか。
「祖父からナイが気付くまで暫く黙っておけと言われたが」
「気付く様子はありませんね」
公爵さまが関わっているのならば、彼女たちが妙な顔を浮かべるのも致し方ないのだろうか。ついでにメンガーさまとフィーネさままで苦笑いを浮かべているし。ソフィーアさまが呆れた顔から真剣な表情に変わり口を開く。
「あまり耳にしたくないだろうが、ナイの父親を名乗った人物の実家……更に遡れば南大陸の出身家系だっただろう」
少し言い辛そうに彼女が告げた。そういえばフェルカー伯爵が囲っていた男性は西大陸のアルバトロスより更に南に位置する国の出身で、元は南大陸の家系と聞いていた。男性に関わることはないからと綺麗に忘れていた。妙なところで妙な繋がりができていたなと感心しつつ、私が男性とコンタクトを取るのは避けたい。
「思い出したようですわね。まあ……あまり良い話ではありませんし、ナイにとって男性の話題は不愉快かもしれませんが」
セレスティアさまも言い辛そうである。副団長さまの魔術鑑定により、彼の男性は私の実父であると判明している。確か、南大陸も黒髪黒目が貴重で、濃紺色の髪の男性から、黒髪黒目の子供が産まれる可能性が高いと期待され、嫌になってアルバトロスに逃げてきた、という話だったはず。
「ああ、いえ、気になさらないでください。ただ、あの男性や実家の方々と直接会うのは避けたいですね」
男性の実家から南大陸の話が聞けると良いのだが、これまた他国にいる方々であるし、黒髪黒目を望んでいる家系の方々と会うのは避けたい所だ。
「そう言うだろうとアルバトロス上層部は考えていてな」
「ナイには申し訳ないのですが、先に動いております。まあ、逃げた黒い竜の話が主なので、亜人連合国の方々が主導となっておりますが」
ありゃ。意外な展開、というか私が気付くのが遅かっただけか。あと公爵さまも辺境伯さまもアルバトロス上層部の方々も、あの男性の話を私に伝え辛かったこともあるのだろう。アルバトロスと亜人連合国が動いてくれたならば、私が動く必要はない。あとは報告を待っていれば良いだけである。
「そうでしたか。黒髪黒目関係の話になると、途端に雲行きが怪しくなるので助かります」
有難いが、どうやって西大陸の南の国と連絡を取ったのだろうか。なにか伝手はあったかなあと頭を捏ね繰り回すと、王妃さまのご実家だったような。王族のプライベートスペースで薄いドレスを纏っているのは、母国がアルバトロス王国よりも気候が暑く、ご衣装が薄いのが基本だったのだっけ。
陛下と王太子殿下とは顔を合わせているけれど、王妃殿下と第三王子殿下と第一王女殿下とは久しく顔を合わせていない。一年生の夏休み間の離宮生活があったからこそ、彼女たちとの縁が取り持てた。元気だと良いなあと、みんなの顔を見る。
「この先、どうなるか分かりませんが……事の次第で南大陸に渡ることもあるでしょう」
黒い竜がルカたちを傷付けたなら許せないので、丁重にお話をしなければ。竜の主人も同様である。
「ゲームの知識は頼りになりそうにありませんね。聖王国の大聖女として、お力添えができると良いのですが」
フィーネさまが私を見る。ぶっちゃけ彼女は関係ないので巻き込みたくはないし、他国の方なので巻き込むわけにはいかない。
「俺も微力ながら協力します。とはいえ、できることは本当に少なくて申し訳ないです」
メンガーさまも確りと目を合わせて頷いてくれた。流石に今回は荒事となりそうなので、無茶ができない方々に無茶をお願いできないだろう。でも、こうして話して頭の中を整理するだけで、状況は前へと進んでいる。
「あとはアルバトロス王国と亜人連合国からの報告を待つだけ、ですね」
報告はいつ齎されるのだろうか、と気になるけれど待つしかない。とんとん拍子で上手くいくことなんて滅多にないのだし、どっしりと構えて待つしかないのだろう。少し重い空気になっているみんなに視線を向けて、写真の魔術具を取り出す。
「ヴァナルと雪さんたちの仔の魔術具の絵です。滅茶苦茶可愛いので、是非見てください」
写真の魔術具で撮った写真擬きを机に映し出す。
静止画しか撮れないのが残念だけれど、仔たちが一列に五頭並んですやすや寝ている所に固まってじゃれ合っている所、ヴァナルのお腹の中に必死に隠れようとしている赤色ちゃんや、すんすん絨毯を匂いながら雪さんたちの下へ這っている白色ちゃんと黄色ちゃん。
緑色ちゃんと青色ちゃんが雪さんたちの背中に登ろうとしている所とか、我ながらいろいろなシーンを写真に収めていた。可愛いですね! とフィーネさまが目を輝かせながら仰り、メンガーさまも仔の破壊力に負けたのか柔らかい顔で映された静止画を見ている。
空気が明るくなって良かったと安堵していると、セレスティアさまが凄い視線でなにかを訴えてきた。彼女の言いたいことは理解できるし、フソウにも写真擬きを送るつもりなので副団長さまに焼き増しをお願いしよう。おそらく彼も学術的に必要です、とかなんとか理由を付けて欲しがる筈だ。
「ここでずっと考えていても仕方ありませんし、帰りましょうか。お集まりいただき、感謝致します」
鴉は鳴いていないけれど帰ろう帰ろうとみんなで席を立って、帰路に就くのだった。