0809:黒髪聖女のお呼び出し。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの肉球の間から生えていた毛は、副団長さまが嬉々として回収していった。ちなみにセレスティアさまも副団長さまを説得して、毛を少々頂いていた。
換毛期に入ればもっさりと毛が手に入るのに、と告げれば、抜け落ちた毛と切った毛では意味合いが違うらしい。よく分からない理屈だなあと首を傾げていると、共和国政府に出した手紙のお返事が戻ってきたのである。
割と早い対応だなと感心しつつ、プリエールさんにも鸚鵡さんは元気かと状況確認の手紙を送っていた。彼女からの返事は鸚鵡さんのことのみが記されており、ルグレ少年の愚痴などは書かれていない。多少の愚痴くらいは聞くのに、どうやら『内政干渉だ』と私が言い切った台詞を気にしているようだった。いや、まあ、彼女から解決して欲しいと望まれても困るけれど。
ルグレ少年には黒い竜について是非ともどんな竜だったのか教えて頂きたいものである。
ベリルさまに怪我を負わせている――卑怯な手段だったけれど――うえに、魔術について詳しくない共和国の人に魔術を教え、洗脳しようと試みたこと。
主人もいるようなので、主人についてなにか知っていると良いのだが……そんなに上手くいくかなという気持ちもある。
立ち止まっていては前に進めないので、例え無駄だとしてもルグレ少年から話を聞いた方が良いだろう。向こうが私を下に見ている節があるので、不遜な態度で挑むことになるけれど。
うーん。前世の不良時代の言葉使いに変えてみようか。でも、アルバトロスの皆さまが同席しているので『ミナーヴァ子爵がご乱心!?』なんて事態は避けたい。地方在住だったことと方言が汚い地域だったので、かなり口汚く罵れる自信がある。
共和国の方々にどう思われようと関係ないが、アルバトロスの皆さまに恐怖の大王さまが降臨したと思われると複雑な気分になってしまう。竜を差し向けた記憶もあるが、あれは私が働いたお金を盗んだ方たちが悪いのだからノーカウント。
――で、みんなの足形を取った一週間後。
ルグレ少年がアルバトロスにやってきた。やってきたというより、亜人連合国のディアンさまとベリルさまが共和国に向かい、ルグレ少年と共和国政府の皆さまを引き連れてきた、という方が正解である。
本当は海を渡り西大陸へ上陸した後、陸路でアルバトロスまで赴くのが正規ルートであるが、黒い竜の情報を手に入れたいがために、ディアンさまとベリルさまがあちらの国へ赴いたのだ。ベリルさまの負傷は綺麗に治って飛行は問題ないそうだ。大丈夫ですか、と彼と話して治癒を施したのだが、ディアンさまが微妙な顔を浮かべ、ダリア姉さんとアイリス姉さんも微妙な顔をしていた。
子爵邸の自室で着替えを終える。介添えの侍女さんたちが私の今日の衣装に首を傾げているけれど、特に突っ込まれることもなく登城する準備が整った。部屋を出て廊下で待機していたジークとリンに合流する。ジークの肩の上には幼竜さんが、リンの肩の上にはクロが乗っている。
雪さんたちとヴァナルは最近、産室で過ごすことが多くなっているので、ヴァナルの頭の上が準定位置であるロゼさんは少し寂しそうだ。
『聖女の服じゃないんだね』
クロがリンの肩の上から飛び上がり、私の周りを何度か飛んで肩の上にゆっくり降りる。
「うん。聖女の衣装だと、共和国の方々に信仰の対象として見られかねないから」
登城するのだが、今日は聖女の衣装を纏っていない。理由はルグレ少年に聖女と知られたくないからである。共和国の方々にも見せたくない恰好ではあるが、一番見て欲しくないのはルグレ少年だ。
碌なことを言わないだろうし、彼の寿命を彼自身で縮めそうなので、お貴族さまが仕事着として着る服を選んだ。貴族のご令嬢ではなく当主なので、パンツスーツに近いものである。身長がもう少し高ければ恰好がついただろうけれど……まあ仕方ない。ジークとリンも以前共和国に赴いた際に着用していた、黒い教会騎士服もどきだった。
『確かに厄介なことが少しは避けられるのかな?』
クロがこてんと首を傾げ、ジークとリンが一歩前に出る。幼竜さんはジークの肩の上でじっとしているし、私を気にしている様子はない。少しづつ距離を縮めているけれど、まだ手は出せなかった。
「減ると良いんだがな……」
「失礼なあの男は、またナイになにか言うと思う」
ジークは困った様子で、リンは少々怒っているようであった。巻き込まれるのはいつものことだし、仕方ないんだけれど……言葉を賜るだけで状況が改善できると認知している思考はどうにかならないものだろうか。
ただ、ルグレ少年は共和国政府の皆さまに目を付けられている状態だし、副団長さまが魔術を使えないように魔力制限の掛かる魔術具を渡しているそうだ。副団長さまの見解だと、ルグレ少年の魔術はアルバトロスに住まう人たちであれば術中に陥ることはないだろうと教えてくれた。
兎にも角にも情報を手に入れに行きましょうと、子爵邸の地下室に降りてアルバトロス城へと転移し、出迎えの近衛騎士さまと共に、ソフィーアさまとセレスティアさまとも合流する。
「ナイ、上層部の方々になにを頼んでいるんだ……却下されているぞ」
「わたくしは彼の者にお似合いの場所だと考えますが、まあ、聖女の貴女が赴く場にふさわしくないのでしょうね」
ソフィーアさまが微妙な顔で、セレスティアさまが少し残念そうな顔で仰った。彼女たちの横にいる近衛騎士さまも事情を知っているようで、私から視線を少し逸らしていた。
ルグレ少年と面会できると聞いて、面会場所を拷問部屋にできませんかとアルバトロス上層部に問い合わせていたのだが却下されたらしい。セレスティアさまの言葉から推測できるように、聖女の私には不釣り合いな場所と判断されたか、共和国側を慮ったのか、どちらかであろう。却下されたなら仕方ないけれど、まあ面会場所は来賓室のような、高貴な方を招く場所ではないことは確実だった。
案内役の近衛騎士さまを先頭にみんなで列を成して歩いて行く。道行く人とすれ違うのだけれど、何故か視線を向けられる。ここ最近は私が城内をウロウロしても、見られることは少なくなっているのに今日はどうしたのだろうと首を傾げるが、いつもの聖女の衣装ではなかった……。
「似合わないのかな……?」
ちんちくりんの私がぴっちりとしたスーツ系の服を着るのは少々滑稽なのだろう。ソフィーアさまとセレスティアさま、リン辺りが着れば凄く格好良く着こなすはず。つい、愚痴のようなものが口から漏れて、クロがぐしぐしと顔を擦り付けた。
『そんなことないよ』
「珍しいだけだろう」
「聖女の衣装以外で城に赴いたことなど、ほぼないのでは? 皆さまの視線は仕方ありませんよ、ナイ」
クロとお二人に気にするなと言われるけれど、今日の視線の刺さり具合はお尻がむず痒くて仕方ない。面会場所までの我慢かと気持ちを切り替えて、顔を真っ直ぐ前に向ける。
今回の面会はルグレ少年が私にどんな言葉を吐いても、共和国の責任にはならないと取り決めをしてある。共和国の責任となると、彼らの頭が不毛地帯と化しそうだからアルバトロス上層部にお願いしておいた。もちろんルグレ少年と共和国政府がグルだった場合は許されないけれど。
「ミナーヴァ子爵、こちらの部屋となります」
近衛騎士さまに案内された先は、お城の警備の厳しい場所ではあるが、豪華とは程遠い質素な広い部屋だった。こんな部屋あったのだなあと感心していると、手錠を掛けられたルグレ少年と共和国政府の皆さまが私を待っていた。
アルバトロス上層部からも外務卿さまと書記官さま、何故か公爵さまと辺境伯さまもいらっしゃる。後ろ盾のお二人は私が聖女の衣装を纏わないことを知っているけれど、珍しいのか目を細めてまじまじと見ている。そのうち見飽きたのか視線を外して、共和国政府の皆さまへと視線を変えたけれど。
ディアンさまとベリルさま、ダリア姉さんとアイリス姉さんも同席しているので、共和国政府の皆さまが少し驚いていた。
「ごきげんよう。またお会いしましたね」
にっこりと笑みを浮かべてルグレ少年と視線を合わせた。私の肩の上にいるクロがびくりと身体を揺らす。一応、寸劇の手順はルグレ少年以外には知れ渡っている……ので、開口一番に口を開いたのは誰でもない、私であった。
「…………」
こってりと共和国の皆さまに絞られたのか、ルグレ少年は黙ったままである。思いを口にしないのであれば私の都合を優先させて頂くと、もう一度口を開く。
「貴方さまにいくつかお聞きしたいことがございます。質問を宜しいでしょうか?」
聞きたいことは黒い竜についてである。共和国側も聞きだしているので意味は薄いかもしれないが、聞き取り役が変わるので新たな発見があるかもしれない。
「……何故、一方的に問われなければならないんだ。公平を期すなら、互いに一問一答だろう!」
公平もなにもないし、ぶっちゃけると平民とお貴族さまであるのだが……まあ、良いか。転生者であり共和国は身分制度のない国だから、貴族と平民の差を理解し辛いのかもしれないし。共和国の皆さまが青褪めた顔になっているけれど、彼らに文句を付けることはないので安心して欲しい。ルグレ少年を助けようとする輩がいるならば、その人は容赦しないけれど。
「良いでしょう。では、そのように。貴方からの提案です、必ず一問一答、そして問いかけにきちんと答えて頂くようにお願い致します」
逃げた答えはナシだと強調しておく。
「もちろんだ。俺が持ちかけたものだからな」
取引に思えたのならば幸せだなあと目を細めて、一問目はド直球に聞いてみようかと口の端を歪に伸ばす私であった。