0807:あ。
家宰さまから連絡を受け登城すると、近衛騎士の方の案内により会議室に通された。
部屋には既にディアンさまとベリルさま、魔術師である副団長さまの姿があり、宰相さまや公爵さまに辺境伯さまも会議室に続々と姿を現している。アルバトロスのお偉いさん方が集合しているなと感心しながら、黒髪黒目信仰のとばっちりで呼び出された子爵位を持つ聖女がこの場にいるって如何なものだろうか。
まあ、鸚鵡さんと面会したいと願って、黒髪黒目信仰のある共和国に赴いたのだから自業自得だろう。騒ぎになる可能性もきちんと加味していたのだから、今回の件は私を起点に騒ぎが起こってアルバトロスの面々と亜人連合国の皆さまが動くことになったのだし。
文句は言わない方が華だよねと一人頷けば、私の肩の上に乗るクロが小さく首を傾げていた。そうして陛下が会議室の上座に腰を下ろす。
「さて、始めよう。急ぎの報告をしたいとのことで、急遽集まって貰った。アルバトロスの魔術師を共和国へ送り届けてくれた、亜人連合国代表には感謝する」
「いや、事のついでだ。気にするな、アルバトロス王よ」
ディアンさまたちは、黒い竜について情報を集めるために共和国と許可を頂き向こうに赴いた。副団長さまはルグレ少年が洗脳魔術を習得したことで、共和国が混沌に包まれないようにと対策を伝授するために向かったと聞いている。
「して、ルグレと名乗る男の暴走は止まったのか?」
陛下が共和国に赴いていた面々に視線を向けた。そうして向こうに赴いていたメンバーで一番偉い方である、ディアンさまが小さく手を上げると陛下が小さく頷くのだった。
「その件については、ヴァレンシュタインから聞いた方が良いだろう」
ディアンさまは副団長さまへと視線を向ける。いつの間に副団長さまの家名を呼ぶ仲になっていたのだろうか。亜人連合国とアルバトロスの面々の関係が進んでいるならば、喜ばしいことであろう。
「ご指名を受けましたので、僕から説明させて頂きますね」
にこりと笑みを携えている副団長さまが席を立ち、陛下に視線を向けて許可を取る。そうして副団長さまから共和国で起こった出来事を聞くのだった。
ルグレ少年は街頭演説にて聴衆の皆さまを洗脳していたようだ。彼の魔力量が低くて大した効果はなく、同道していた魔術師さまの手に因って洗脳解除できたとのこと。彼のお父上――次期大統領候補――も洗脳を受けており、一番やばい状況だったけれど、対処が早くできたので日常生活に支障はないそうだ。
でも、喋り辛くなってしまい、弁舌を要する政治家には不向きになったことと、息子であるルグレ少年のやらかしの責任を取って政界を引退するとのこと。長く続いた政治家家系の一つが潰えてしまったそうだ。
「共和国上層部が荒れる心配はなさそうです。ただやはり、貧富の差による差別の解消を望んでいるようですねえ」
差別解消を現大統領も考えているようだが、なかなか難しい状況であるらしい。そもそも最大政党は中立を標榜しているので、ある意味日和見主義の集まりである。
ちなみにもっと差別――言っている本人たちは区別と称している模様――を広げようとしている政党もあれば、差別を解消しようとしている政党もあるのだとか。もちろん最大政党が中立派なので、連立政党となるのは難しいようだが、今回の件で一つの希望が灯ることになったそうだ。
「プリエールと呼ばれる少女が大統領と接触を果たし、差別解消に乗り出したようですよ」
副団長さまの言葉に会議室にいる面々が『おや』という顔になる。彼女の名前はアルバトロス上層部では、鸚鵡さんの飼い主として広く知られている。
優しくて真っ直ぐな子だったし、ルグレ少年と恋仲にあったようだが……今回の件で二人は冷めた仲となったようだ。プリエールさんも政治家を目指して活動を始め、ゆっくりと支持者を増やしているとのこと。
学園も卒業しておらず先の話ではあるが、支援者や協力者が増えれば差別解消は夢物語ではなくなる。ただプリエールさんの世代のうちに解消できるのは難しいだろう。こういうものは、かなり長い時間を掛けて人の意識を変えて行くものである。ルグレ少年のように生き急げば、失敗する可能性の方が高い。
「治癒魔術を教えて欲しいと彼女に懇願されましたが、やんわりとお断りしておきました。今の状況であれば不要なものでしょうし、陛下が必要だとご判断されるならば僕たちはまた共和国へ赴く次第です。そして少々懸念しなければならぬことが……――」
副団長さまが笑い顔から困り顔になる。いつも笑みを浮かべて掴みどころのない様子を演出しているのに、珍しいこともあるものだ。どうして困り顔になったのかと思考を張り巡らせようとした時、ディアンさまが小さく手を上げる。
「――そちらは私が説明を担おう」
ディアンさまがゆっくりと席から立ち上がると、お願い致しますと副団長さまが小さく頭を下げて腰を下ろした。陛下も文句はないようで、なにも言わずに小さく頷くのみだった。陛下が認めてしまえば、アルバトロスの面々が否を唱えるはずはなく。ディアンさまによる説明が始まる。
「先ず、結論からだ。子供が肩の上に乗せていた黒い竜は亜人連合国所属の者ではない。逃げた黒い竜と話を交わした彼によると人間を喰ったらしい」
嫌な話をしてすまないなとディアンさまが付け加えた。ルグレ少年が従えていた黒くて小さな竜は、ディアンさまたちを確認するなり逃げてしまったそうだ。
竜を失ったルグレ少年は成す術もなく、一人取り残されてディアンさまとベリルさまと副団長さまに魔術師の方々に取り囲まれながら、ディアンさまと一対一の対話を行ったとのこと。
話をしている途中でルグレ少年がディアンさまの圧に負けて気を失い、共和国上層部によって連行され隔離処置をうけたそうだ。副団長さまが悪さをこれ以上しないようにと、魔力制限の掛かる魔術具の指輪も渡しておいたとか。
一方で、ベリルさまは逃げた黒い竜を追いかけたものの、巨大化した黒い竜は街を背負っていたベリルさまにブレスを吐いて攻撃したようだ。
ベリルさまは自身が避けてしまえば共和国の街に大きな被害が出ると判断して、身を挺して受け止めたとのこと。怪我は大したことはないようだが、本当に大丈夫だろうか。ちらりと彼を見ると、お腹の辺りを抑えて困ったような顔になっていた。本当に大丈夫なのか心配なので、後で確認を取ろうと頭に刻み込む。
「どうにも黒い竜は人間に従属の魔術を施されているようだ。ある程度、自由は認められているものの、主の意志には逆らえまい」
「街に平気でブレスを打ち込むことができる竜です。各国に注意を促すように手配しております。ただ我々は伝手が少なく、情報を渡せる国も限られてしまいます」
ベリルさまが椅子から立ち上がりディアンさまの言葉を継いで、アルバトロス王国からも各国へ警告を促して欲しいと目を伏せた。取り逃してしまったことを重く捉えているようだし、いつもの飄々とした雰囲気が消えている。
「捕り逃してしまった私が告げるべき言葉ではありませんが、南の島で黒天馬を襲った竜ではないかと推測しております」
あと空飛び鯨も、とベリルさまが付け加えた。
――あ?
彼の言葉を聞いた瞬間、頭の中が沸騰する。まさか共和国に捕まえるべき相手がいたとは。一度、お話してルカと無害な空飛び鯨さんを傷つけた理由を聞きだしたい所だし、主がいるというならば何故止めなかったのか、もしくは命を下したのか聞きださないと。
「ナイ、落ち着け」
後に控えているジークが私の耳元でそっと呟いた。彼の言葉にはっとして周りを見ると、どうやら魔力を盛大に垂れ流していたらしい。
陛下方を始めとしたアルバトロスの面々は顔が引き攣っているし、ディアンさまとベリルさまは私の怒りは尤もみたいなスタンス。副団長さまはあらあらまあまあみたいな顔で私を見ている。珍しくクロが私の魔力が漏れていることに言及しなかったのは、空飛び鯨さんやルカを慮ってのことだろうか。
「ありがとう、ジーク」
とりあえず魔力が暴走しかけたことを止めてくれたジークに感謝を告げ、失礼しましたと皆さまに頭を下げた。
「共和国の問題が粗方片付いたようだが、新たな不安要素が発生したな……だが、黒い竜の主の足取りや存在を掴めていないのだろう?」
陛下が仕切り直しとばかりに声を上げた。そういえば私の父親騒ぎの時に妙な人が紛れ込んでいたなあと、珍しく私の頭が働いた。もしかして、と副団長さまの顔をみるとにこりと笑みを浮かべてくれる。
「ああ。すまないな」
「申し訳ございません。最後まで追いかけることができれば、相手の素性をもっと分かったのですが……」
ディアンさまとベリルさまが謝罪を口にすると、陛下が気にするなと仰った。とりあえず、あの怪しい人の存在を浮上させておかないと、みんなが見逃してしまいそうだと小さく手を挙げて発言許可を取る。
「以前、わたくしの父親騒動の際に、副団長さまとわたくしだけに存在をちらつかせた魔術師が怪しくないでしょうか?」
私の声に会議室に集まった面々がどよめき立つ。隣近所に座している方たちと、言葉を交わしていた。でも、不確定要素だし決まったわけではない。副団長さまは良く気付きましたというような顔になっているのだが、もしかして今の今まで問題視していなかったのだろうか。
私が気付かなければ流石に報告するだろうけれど、副団長さまの考えがイマイチ読み辛い。
「確かに怪しいが、まだ確証はない。それにミナーヴァ子爵やヴァレンシュタインに興味を持っているとなれば、必ず接触を試みよう」
陛下が私の言葉を聞いて、決まったわけではないと告げてくれた。もし、共和国で魔術を広めようとした竜がルカと空飛び鯨さんを傷付けたならば。もし、私と接触を試みるのならば、手加減は必要ないなと一人静かに心の中で頷くのだった。