0077:帰宅。
2022.03.31投稿 2/2回目
クルーガー伯爵家へ招待されていたジークとリンが戻ってくる。空は青から茜色へと変わっており、伯爵との話し合いは時間が随分と掛かったようだった。
「おかえり、ジーク、リン」
「ああ、ただいま……」
「……ただいま、ナイ」
教会の馬車から降り疲れた様子を見せる二人を見て、私はなんとも言えない顔になる。伯爵さまが父親だったとして、今更二人に会いたがっている目的は何だったのだろうか。
とはいえ伯爵さまとのやり取りを私から聞くのは不味いだろう。二人のプライベートな部分だから、覗いてはならない。
「もうすぐご飯だって。着替えて、みんなで食べよう」
暗くなる前に済ませる家庭が多いので、王都の街中にはいい匂いが漂っていて空きっ腹には刺激が強い。少し重い空気を変えようと、笑ってみたもののあまり変わらず。
「ああ」
「うん」
普段より元気がない二人が気掛かりだけれど、かける言葉が見つからない。
こういうものは時間が解決してくれるだろうと、三人一緒に宿舎へと入り二人は自室へと向かっていった。その後姿を見送って、食堂へと向かう。
広くはない食堂には既に人がちらほらと入っており、各々好きな席へ座って食事を摂っていた。待っていれば二人はそのうち来るだろうと、定位置になっている席へと座る。
ぼーっとしながら食堂のいつもの景色を眺めて、時間を潰す。
「親、かあ」
前世も今世も私には親というものに縁がなかった。家族というものが、どんなものかも理解できていない。
教会にいる多くの人は親が居ないから、時折『家族』や『家庭』を持てるのかと会話をしている。自分以外がどう考えているのか興味深い話だったので、聞き耳を立てていた。親が居ても居なくても自力で生きていくしかないのだから、歯を食いしばって前を向くしかないのだと結論付けていた。
聞き耳を立てていた話に、心の中で同意している自分が居ることに気がついて苦笑が漏れた。結局は己の人生なのだから、自分自身の手でどうにかするしかないのだから。
私は恵まれている方だ。教会から保護命令が下り、無事に見つけ出されて聖女として働くことができるのだから。あのまま貧民街で生きていれば、いつかは力尽きていただろう。
「すまない、待たせた」
「ナイ、先に食べてても良かったのに」
考え事をしていた頭の上から声が掛った。いわずもがなジークとリンで。
「先に食べるのも気が引けるから待ってた。――さ、ご飯貰いに行こう」
私の言葉に頷いて三人そろって食堂の職員さんへと声を掛ける。付き合いの長い職員さんと一言二言何気ない言葉を交わし、食事を受け取った。
教会のいつもとそう変わらない質素なメニューに苦笑いを浮かべながら、席へと着き手を合わせる。暫く無言で食べ進めていると、ジークが真剣な顔をして口を開いた。
「聞かないのか?」
「伯爵さまのこと?」
形の良い目を細めてジークが私を見る。隣に座っているリンも彼の言葉で、食べることを一旦止めた。
「ああ」
「気にはなるけれど、二人の問題だから私が口を出していいことじゃあないし、聞くことでもないでしょう」
「そういう訳にもいかんだろう。公爵さまに報告しないと後でなにを言われるか分かったもんじゃない」
「あ、公爵さまに手紙出したの忘れてた」
ジークとリン、二人で悩むべきことだと決めていたからすっかり忘れてた。ぽんと手を叩いた私を二人は呆れた顔で見る。
「お前なあ……」
大袈裟に溜息を吐いてジークが肩を落とす。うん、公爵さまに頼ったことを忘れてた。問題がなくとも報告しないと、助力を願った公爵さまに失礼になってしまうから。
「ごめんって。――問題になりそうなことは言われたの? てか、伯爵さまとジークとリンって本当に血の繋がりがあるの?」
「血の繋がりはあるはずだ。髪の色と目の色は同じだし――なにより伯爵さまはリンにそっくりだったからな」
「うん。兄さんに凄く似てた」
「そっか」
遺伝子鑑定なんて便利なものはないから、似ているのならそういうことだろう。伯爵さまが認め、周りの人間も似ていると判断したなら事実となる。
「伯爵家の籍に入らないか、とは言われたな。あとは愛人だった母の最期の様子を聞かれたよ……」
ジークの言葉に何とも言えない表情を浮かべているリンに、彼の大きな手がリンの頭の上に置かれた。気にするな、と言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫でられて、猫のようにリンは目を細めた。
なら二人は伯爵さまの落胤となるのか。母親が亡くなって路頭に迷った子供を救い出すのが遅いような気もするけれど、声を掛けるだけマシと言うべきか。
「他には?」
「俺たちを籍に入れることに伯爵夫人がごねているが、なんとかするからもう少し待って欲しいそうだ」
おや、伯爵夫人はあまり快く思っていないようだ。まあそうだろうねえ。赤髪くん、もといマルクスさまはやらかしているから、ジークが嫡子に変えられると困るのは伯爵夫人である。実家に顔向け出来ないだろうし、立場もメンツも潰れてしまう。そりゃ伯爵夫人の態度には理解できるものがある。
「その言い方だと二人は伯爵さまの家の子になるつもりなの?」
「――まさか。ある訳がない」
「うん」
伯爵さま議論の余地もなく断られている。ならば二人から断るよりも、公爵さまに圧を掛けてもらった方が、良さそうだ。
「わかった。公爵さまにジークとリンに伯爵家の籍に入る意思はないって伝えておく」
「ああ、頼む」
「ごめんね、ナイ」
そう言って少し冷めたご飯に再び手を伸ばすのだった。