0073:父親。
2022.03.29投稿 2/2回目
二人の燃えるような赤の髪を見ながら、どうしたものかと考える。しかし、私の意思や考えよりもジークとリンがどうしたいかが一番大事。
「ジークとリンは伯爵さまと会うつもりはあるの?」
兎にも角にも第一はこれだろう。伯爵さまが二人に会いたいと言っているのだ。伯爵さまならば部下に命じ、ジークとリンを強制的に伯爵家へと連れていくことも出来たはずだ。それをしなかったのは、これ以上二人の心象を悪くしない為にだろうか。
「……今更、父親だと名乗られてもな。母さんが死んで連絡もなにもしなかった奴に父親面を今更されたところで、な……」
記憶を掘り返す。ジークとリンが貧民街に現れたのは、七歳くらいの頃だろうか。母親が死に家主から家を追い出されて、貧民街に辿り着いた。
空腹でお腹を減らして座り込んでいた二人を見つけて、声を掛けたのが最初になる。それからずっと一緒に居るのだから、本当に長い時間を過ごしているし、別離しないのも不思議な感覚だけれど。
「うん、私たちの今の家族は五人だけだから」
ジークとリンはなんとも言えない複雑な顔をして、私を見る。そしてここには居ないあと二人の姿を思い浮かべているのだろう。
「でも伯爵さまの"お願い"を断る訳にはいかないよね」
手紙には伯爵さまと会って欲しいと書かれていた。そして可能ならば息子であるマルクスさまに伝えてくれ、とも。
愛人の子問題を、伯爵家嫡子であるマルクスさまも巻き込んでしまっていいものなのだろうかと疑問に感じつつ、高位貴族さまほど愛人を抱えているからその手のことは慣れているのかもしれない。
「ああ、そうだな。いくら選択肢を与えられているとはいえ、俺たちが選ぶ権利なんて無いに等しいからな」
「だよねえ……ジークとリンはさ、お父さんに会いたいの?」
「……伯爵さまが父親だと決まった訳じゃない」
「でも、なにか確信的な理由があるから手紙を寄越したんじゃないのかなあ」
そうじゃないと噂とか立てられても困るから、考えなしの行動はとらないはずだしなあ。普通のお貴族さまならば。
「切っ掛けはなにかあるんだろうが……」
「さっぱりだよね」
「ああ」
「兄さん、どうするの?」
悩んでいる素振りを見せている二人の会話を黙って聞きながら、今後のことを考える。取り敢えずは一回会った方が良いのではないだろうか。
ジークとリンが伯爵さまの子供であるというならば、伯爵の籍へ入って家名を名乗ることが出来るのならば、それだけで恩恵は十分ある。伯爵家の人間として振舞うのは大変だろうけれど、家名も持っていない平民よりはいろいろと
「……正直、今更だ。父親に興味はないが……会っておかないと何を言われるか分からんし、何をされるのかも分からん」
私たちが伯爵さまの情報なんて持ってるはずがないので、人となりが分からない。断って逆上されたら困るし、ジークの言っていることは理解できる。
「じゃあ会う?」
「ああ。――ただ教会の誰かに相談はしようと思う。勝手に会っておかしな事態になってから連絡するんじゃあ遅いからな」
「伯爵さまがどんな人かわからないから、私は公爵さまに連絡しておくね。後ろ盾になってもらってるんだし、伝えておいた方がいい気がするから」
「すまん、頼む」
「ん。――話が片付いたら美味しいものでも食べに行こう」
久方ぶりに孤児仲間を集めて食べに行くのもいいかも。学院に通っているから、集まる機会が以前より減ってきている。いつも一緒に居られないのは寂しい気もするけれど、それぞれの道へと進んでいる証拠である。
重い話だし、明るい話題も必要だよなあと話題を振った。食べることに比重が重くなるのは、年中欠食児童時代を経験している所為だろう。娯楽も少ないし、食べることが私たちの楽しいことになっている。
「だな」
「うん」
緊張していた空気が弛緩して、いつもの空気へと戻った部屋。
「そういえば、騎士科の人たちと上手くやれてるの?」
騎士科の教室へと向かった際に二人は一緒に居たけれど、誰かとつるんでいる様子はなかった。そのことが少々心配になって問いかける。
「……ああ、それなりにな」
「……」
少し言い淀んだジークと無言のままのリン。
「言い掛かりとか付けられてないよね?」
「…………ああ、大丈夫だ」
「……」
どんどん雲行きが怪しくなってきている。これ騎士科の人たちからなにか難癖のようなものを付けられているような。
王国は十八歳が成人なのだけれど、成人前に教会騎士となって聖女の護衛に就くのは異例である。まあ私も十一歳から聖女として活動しているので、珍しい方だけれど。
まだ子供でお貴族さまでもない奴が聖女の護衛なんて……と大人たちからでも言い掛かりをつけられることもある。軍や騎士の人たちに『黒髪聖女の双璧』と名前が売れるまでは、二人は大変な思いをしていたのだから。
あれ、これは伯爵家の恩恵があったほうが、二人にとって得になるのではと考えを改める私であった。