0619:【後】モブくん召喚される。
2022.12.14投稿 1/2回目
――あ、コイツは……。
使者が俺の下に遣わされ、学院の宿舎からドナドナされた数時間後。夕飯も食べないまま時間が過ぎているが、会議室――城の中でも特に警備が厳しい――に呼ばれて席に座って数分。
着座して直ぐ、突然の呼び出し済まないと宰相殿に軽く礼を述べられ、背後からやって来た係の人間が一枚の紙を差し出された。差し出された紙を読んでみろと言われる前に、目を向けてしまうのは悪い事なのだろうか。机の上の紙を見ると、頭の奥底に沈めていた記憶が急速に引きあがった。
「……あ」
「知って、いるのだな」
つい声に出してしまった。俺の周りに座っている方々が、目を見開いて手元に置かれている紙へ視線を向けていた。離れている場所に座っている陛下にも聞こえたようだ。重苦しい顔になりながら言葉にして、さらに続けた。
「エーリヒと申したな。この場にいる者は其方が特殊な事情を抱えておることは知っている。忌憚なく話してくれ」
陛下が俺の名を呼びながら、毅然とした態度で告げた。アルバトロス王が俺の名前を覚えているなんて信じられないが、アガレス帝国拉致事件で報告書には目を通しているから当然かもしれない。
ハイゼンベルグ公爵は俺が転生者だということをアガレス帝国で知っているし、大聖女さまも俺たちと同じ転生者だと知っている。ヴァイセンベルク辺境伯も報告書を読んで知っているはずだ。そもそも辺境伯家はミナーヴァ子爵の後ろ盾となっているのだから、知っていて当然っちゃ当然。この場にいる方々もアルバトロス王国の重要な政に関わる方々で、転生者と知っていてもおかしくはない。
ミナーヴァ子爵と関りがあり、前世は同じ国の生まれだから重用しようなんて、決して思っちゃいないだろう。ははは……はあ。
「……この人物は物語の中で『黒い女魔術師』と呼ばれていた者です」
陛下の言葉を放置して考え込む訳にもいかず、紙に描かれた人物の正体を明かす。といってもゲームの中でも黒い女魔術師と呼ばれていただけで、本名も出身国も明かされていない。流れの魔術師としてゲームの主人公と張り合える力を持ち、魔術に対して随分と熱心であり、魔術の深淵を覗こうとしている人物だったが。果たしてゲームと同じような展開になるのかどうか。
しかし何故俺がこの場に呼ばれなければならないのか。城には大聖女さまであるミューラー嬢がいると言うのに、城から離れた学院の宿舎に俺が呼ばれた理由。……大聖女さまは聖王国のお方。今の俺は王城の警備の厳しい場所にいること。ミナーヴァ子爵が同席していること。噂が流れてから一ヶ月の時間が流れていること。
――ミナーヴァ子爵の噂話に進展があったのか。
俺が知る限りの噂の内容は、珍しく王都の街に繰り出したミナーヴァ子爵の下に父親と名乗り出る者が現れ、すぐさま騎士に追い払われたこと。金を無心したとか、彼女に触れようと至近距離まで詰め寄ったが叶わなかったとか、名乗り出た父親はどこぞの王族出身だとか、本当にいろいろと騒がれている。
先ほど俺が導き出した答えが正解であれば、会議室の空気が重いのは理解できる。親類縁者を名乗る者に黒い女魔術師が関わっていて、なにか不味い状況に陥っているとか。トラブル体質のミナーヴァ子爵のことだ。きっとややこしい事態になっているのだろうが、子爵の気持ちを察すると指を指して笑うなんてことは出来ない。やるヤツがいれば、ソイツの性格は悪いのだろう。
大聖女さまは聖王国の人間で、勝手に呼び出せば無礼になるから俺が呼び出された訳か。彼女はアルバトロス城で二年生を終えるまで留学している身だが、呼び出すなら聖王国へお伺いを立てなきゃならないだろうし。
「記憶が定かではないこと、物語の道筋から大きく外れていることを踏まえて聞いて欲しいのですが……魔術師としてかなりの実力者と私は考えます」
ゲームにステータス表示がされていた訳でもなく、俺の主観になってしまう。だがファーストIP三期の最後を飾るボスの立ち位置だった女魔術師が弱いはずがない。
転移魔術を使用していたし、魔石を使用して高威力の魔術を放っていた。高威力の魔術を連発しても平気な姿で立っていたはずだ。ゲームからシナリオが大きく外れているならば、弱体化も強化も考えられる。フェルカー伯爵が黒い女魔術師を支援して、質の高い魔石をいくつも買い与えていれば? 豪商人貴族であるフェルカー家が支援すれば、随分と魔術に関して幅が広がるはずだ。
俺の言葉が間違っているなら、それでもいい。相手を舐めて痛い思いをすれば、国に不利益を被ってしまう。
「やはりか」
「え?」
陛下から意外な言葉が漏れた。その言葉に釣られて、つい聞き返してしまったのだが……これ、失態になるのだろうか。どうする、と周囲の方々を見渡すが腕を組んで難しい顔をしている人たちが多い。
「ヴァレンシュタイン以外の魔術師やその場にいた者たちは、エーリヒの言う黒い女魔術師の存在に気付いていなかったのだよ。ミナーヴァ子爵も気付いたのは途中からだそうだ」
陛下に説明させてしまったことに苦虫を噛み潰したような顔になりそうだったが、周りの方たちもうんうん頷いているので大丈夫、なのかコレ。俺の首飛ばないよなと心配しつつ……。
さっぱり状況が分からないので自分で推理するしかないのだが。最低でもミナーヴァ子爵とハインツとアルバトロスの魔術師、そして黒い女魔術師が同席していた、と。黒い女魔術師はハインツ以外の人たちに存在を気付かせなかったのか。しかし、何故。
「陛下、発言のご許可を」
壁際に立っていたハインツが小さく手を上げて許可を求めると直ぐに下り、みんなの視線がハインツへと注がれる。ゲームのヒーローと言うだけあって、背が高く顔も良い。若けりゃさぞかしモテていただろうし、夜会に出たならご婦人方の目の保養になっていそうだ。まあ、本人は魔術馬鹿なので夜会には微塵も興味はないだろうが。
「推測ですが、黒い女魔術師は僕よりも強いでしょう」
にっこりと嬉しそうにハインツがとんでもないことを言ってのけた。
「!」
「なっ!」
「魔術馬鹿のヴァレンシュタインよりもか!?」
「嘘だろう!」
「そんな馬鹿な!」
しれっとハインツを貶めている発言があったが、当の本人は嬉しそうな顔のままで気にしちゃいない。鋼のメンタルが羨ましいなとハインツを見ていると、ゆっくりと小さく首を振った。
「いえいえ、皆さま。僕よりも強い実力者はごまんといらっしゃいますよ。亜人連合国のエルフの方々は知識も実力も備わっていますからねえ」
まあ、世界は広いし竜や天馬に妖精なんてものが存在している世界である。人間なんてちっぽけな生き物だから、そりゃハインツを上回る実力を持つ者がいてもおかしくない。
「しかし、人間でヴァレンシュタインを超える者がいようとは……!」
「僕は攻撃魔術に特化していますが、万能な可能性もあります。魔術師団で対策を練りますが、十分にお気を付けを。狙いは黒髪の聖女さまでしょうからねえ」
ハインツは陛下方から視線をゆっくりと移動させて、ミナーヴァ子爵へと向けた。爵位を得てから子爵は聖女と呼ばれるよりも、貴族の階級で呼ばれることが多くなっているのだが。
ハインツは気にする様子もなく『黒髪の聖女』と呼んでいる。貴族としてよりも聖女として興味でもあるのだろうか。まあ肩に竜を乗せている子爵なのだから、魔術馬鹿と呼ばれるハインツに気に入られるのは仕方ないのか。他にも気に入られている者が多いが、人間以外の括りの者が多い。アルバトロスで敵わなければ、亜人連合国も出てくるのだろうか。
「…………」
子爵が無言のまま微妙な顔になっていた。この場が学院であれば『好きでこうなった訳じゃない』とか言いそうだな。なにかあれば俺も助力すると彼女に告げているのだ。できることは少ないし、微々たる貢献しかできないが、まずは大聖女さまであるミューラー嬢と黒い女魔術師の擦り合わせだろうなと、会議室を後にするのだった。