0600:戻って報告。
2022.12.06投稿 2/2回目
予定より一週間王都に早く戻ったので、急遽、城の魔術陣に魔力補填を行ったり、教会の治癒院に参加したりと時間はあっという間に過ぎて行った。その間にもアルバトロス上層部に島で起こった出来事や見つけたものの報告に、見つけたものを今後どうしたいのかの確認。
二学期が始まれば、フィーネさまとメンガーさまに納豆もどきが出来たことを告げなくちゃいけない。忘れないようにと頭に刻み付けて、麦の今後も考えないとなあ。
夏休みの終わりには王都近くの畑で麦の収穫も行われる。教会からの報告だと、順調に育っているようでなによりだ。聖女さまたちが植えた所は、生育が良く穂の付き具合が良いとか。順調ならばなによりと笑みを浮かべつつ、驚くべきことも起こっていた。
陛下に島で起こった出来事を説明に赴いた日だった。公式な報告であれば謁見場でお貴族の皆さまに知らせる形を取るけれど、呼ばれた先は会議室。
公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまもいらっしゃる。教会のお偉いさんも訪れていた。宰相さま他アルバトロス政治の上層を担う方々が集まっているので、今日の情報が知れ渡るのも時間の問題だろうな、なんて考えつつ案内された椅子に着座して上座に腰を下ろした陛下を見る。
『ミナーヴァ子爵』
神妙な面持ちで私の顔を見る陛下。ごくりと息を呑んだのが分かったけれど、一体なにを告げられるのだろうか。
『各国から子爵宛に届いていた釣書を、この先は受け付けないことにした。もし不満や希望があるならば教えて欲しい』
私宛の釣書がまだ届いていたことが信じられないが、相手はお貴族さまたちである。私と関わって益が得られるとなれば、よりどりみどりで相手を選ぶことが可能なのだろう。でも、恋愛に興味はないので陛下の言葉は有難い。おそらくギルド本部で見た大量の釣書の後にも、各国からアルバトロス王国に届いていたようだ。
アルバトロスにとって良縁があるならば、私に打診されただろうけれど、一度もなかったので魅力的な人物はいなかったのか。陛下から結婚命令が下らなくて良かったと安堵しながら、彼の言葉に答えるべく口を開いた。
『不満はありません、陛下。他国からの婚姻は望んでおりませんし、アルバトロスから出ることも考えておりません』
そもそも私は婚姻自体も望んでいないけれど、伝えておいた方が良いのだろうか。お貴族さまになったので、陛下や後ろ盾である公爵さまたちからの命令となると断れない。
相手が良い人であれば問題ないが、良い人とも限らない上に婚姻や婚約を果たしているのに、最初から人間関係を構築させなければならないことに違和感を持ってしまう。この辺りは前世の価値観が強いようで、恋愛に興味がないことも影響しているみたいだ。
『この際だ、話しておこう。――其方が気になる男はおらぬか?』
『おりません』
陛下の言葉に私が即答すると、公爵さまが吹くのを堪え、辺境伯さまが顔を片手で隠した。他の面々も微妙な顔になっているし、どうしたのだろうか 陛下は顔色ひとつ変えていないので、何事にも動じない胆力が備わっているのは流石だ。
私の後ろに控えているソフィーアさまが『もう少し言葉を選べ』と言っている気がするし、セレスティアさまも『正直すぎますわね』と溜息を吐いたような気配がする。
変なことを言ったつもりはないのだが、お貴族さま的には問題発言になる……のかな。確かに一代限りの法衣貴族から永代の貴族になったから、子供を残さないのは問題だけど。聖女として名を上げて貴族になったならば、魔力量が高い孤児の子供を養子に迎えても良い気がする。実際どうなのかは聞いてみないと分からないが。
『聞き方を変えるぞ、男に興味がないのか?』
重い雰囲気を湛えて陛下は声を少し低くし、もう一度私に問う。男性に興味がない訳じゃなくて、恋愛感情にまで発展し辛いだけである。家庭というものを持ったことがない所為で、家がどんなものか分からないし未知の領域だ。そこに踏み入れる為の前準備としてお付き合いをしたりする訳だけど、どうにも尻込みしてしまう部分があった。
私が男であれば気軽に女の人と付き合って家庭を築いていたかもしれないが、女という生を受けた。子供を産み育てるにはお金と知識と愛情が必要になる。母親像を知らない私が、きちんと子供を愛せるのか不安で仕方ないし、真っ当な人間を一人育てるという使命を果たせるのか未知過ぎて怖い。
子供なんて放っておけば勝手に育つ、なんて言葉を投げられたことがある。確かに放っておいても勝手に育つのかもしれない。前世は親の顔を知らずに育ったし、今世も親の顔は全く知らないのだから。でも親がいるのに、子供を放置するなんてあり得ない気がするし、放置した末に子供が真っ当でない道を歩んだときにどう責任を取れば良いのか。やはり簡単に家庭を持つなんて、私には無理だなと足踏みしてしまうのだ。
『私は異性愛者です……』
なんでこんな事を聞かれるのだろうと愚痴を言いたくなるが、陛下の言葉には確りと答えておく。乙女ゲームのシナリオみたいな恋には憧れないけれど、ゆっくりと段階を踏みながら寄り添っていくのはアリかなあと。
テレビとかで年老いても一緒に手を繋いで買い物に行っている姿には憧れがあるし、支え合って生きてみたいとは考えているけれど。
『そうか。子爵には子を残して貰わなければ国益を損なう。良い男がいるならば教えろ。添い遂げさせてみせるからな』
陛下が強権を発している気もするが、アルバトロス王としてならば順当な言葉だ。今すぐ結婚しろ、なんて言わないのだから温情がある。本来ならば命令されていてもおかしくはないのだけれど、それをしないのは亜人連合国の方たちのご機嫌を伺っているとみた。
それに、嫌がっている私に伴侶を宛がうと、国外逃亡される可能性も考えているのだろう。無理矢理に押し付けて、最悪の結果を残してしまうような方たちではないのは知っているので、この辺りは信頼なのか。
『お心遣い感謝いたします』
私は陛下に頭を下げるけれど、陛下の言葉を実現させる日はこないだろう。仮に私が誰かに惚れたとして、相手の人が私を愛してくれるとも限らないのだから。
それこそ無理矢理に婚姻させられたなら、相手の人は納得しないだろうし。恋人でもいたなら略奪になる。下手なことを陛下たちに言えないなあと考えていると、その日は解散となったのだ。
――思考の海から戻る。
どうやら長考していたようだ。子爵邸の自室の椅子に座って窓の外を眺めていたのだけれど、真上にあった陽が随分と進んでいた。ふう、と息を吐いて椅子から立ち上がってベッドの上にダイブする。ばふん、と大きく揺れるベッドに揺られて、眠りに落ちるのは直ぐだった。