0598:襲ったのは誰だ。
2022.12.05投稿 2/2回目
ルカが怪我を負って南の島へとやってきた。魔術を施して一命はとりとめたけれど、一体誰がこんな酷いことをしたのだろうか。ルカは誰彼に喧嘩を売るような子ではなく、むしろエルとジョセと一緒でみんなと仲良くするタイプ。
まだ子供だから、なにか生き物の掟を破ってしまったのかと心配になるけれど、その辺りのことはルカが旅立つ前にエルとジョセが口酸っぱく教えていたはず。
間違えて誰かの縄張りにでも飛び込んだのだろうか。それにしたって死に絶えそうなほどの傷を負わせるなんてと憤りを覚える。生き物のルールに詳しくはないので、仮にルカが息絶えても『自然の掟』で済まされる場合もあるかもしれないが。
頭の中でいろいろと考えていると、ヴァナルの遠吠えが異常だと判断した方たちがルカの下へと急いだ様子でやって来た。私の近くで勢いを落として、こちらを覗き込む。
「ルカ!」
「どうしてルカが……! ナイ、ルカはどうなさったのです!?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが大きな声で問いかけた。他の方たちも『酷い』とか『何故』と疑問を浮かべている。ルカはまだ目を覚ます様子はなく、私の膝上でゆっくりと息をしていた。
そんなルカの頬を撫でながら、セレスティアさまの言葉に左右に首を振った。怪我をしていることは理解できるけれど、原因はさっぱりだ。こればかりはルカ本人から聞いてみないと、怪我を負った理由は分からないだろう。
「天馬が怪我を負うなど、信じられないが……」
「若、私は島の周辺を見回ってきます。彼を襲った者がまだいるやもしれませんので」
ディアンさまとベリルさまが神妙な面持ちで周囲警戒をすると宣言し、浜辺を歩いて私たちから離れて暫く待っていると白く巨大な竜が空へと飛び立って行く。大丈夫かなと心配になるけれど、ベリルさまは強いので彼に敵う方が現れるとは考え辛い。
ダリア姉さんとアイリス姉さんもルカの側にしゃがみ込んで様子を見ていた。エルフの方々は自然に生きている動物たちとは不干渉を貫くけれど、こういう時は例外となるようだ。魔法を使って体の中に異常がないかどうかを調べてくれている。私の魔術は外見的なものしか治せないので有難い。
「骨や臓器に異常はないようね」
「うん、外傷だけだったみたいだね~。けど天馬の特殊な個体がどうしてこんなことに……」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが顔を見合わせて考えていたが、結局は分からずゆっくりと左右に顔を振っていた。
強い個体が生まれたと喜んでいたエルとジョセにどう伝えれば良いのだろう。アルバトロスと亜人連合国に島以外は危険だと知らせるべきなのか、それとも彼らの自由意思に任せるべきか。天馬の個体数が増えることに喜んでいた矢先に暗雲が立ち込めてしまったと、ルカの顔を見れば目をひくひくさせた後にゆっくり開いた。
「ルカ、良かった……」
私が言葉を呟くと、ルカがゆっくりと首を上げて立ち上がろうとするけれど、失った血が多い所為か上手く立ち上がれない。流石にこのままでは日差しを直接浴びて体力を消耗すると判断して、日陰がある拠点の天幕に移ろうという話になる。歩けないルカは心配して様子を伺っていた大きな竜の方の背に乗せて貰っての移動だ。
お願いします、と声を掛けると竜のお方は目を細めて確りと頷いてくれ。そうして拠点に戻って、辺りに生えている雑草を引き抜きルカに差し出すとゆっくりと食んだ。食欲があるなら大丈夫だとみんなで安堵しながら、クロが代表してルカの話を聞いたのだった。
『ルカに話を聞いてみたけれど、空を飛んでいたらいきなり襲われたみたいだね。後ろからやられて、姿も確認できないままナイの気配を追って島まで飛んできたみたいだよ。ナイなら助けてくれるからって……』
クロがルカから聞き取った言葉を通訳してくれる。話を聞くに喧嘩したとかではなく、理不尽に襲われたようだ。
子爵邸から島に訪れている侍女さんたちもルカが心配で様子を伺ってくれている。水を用意してくれたり、血糊が残っている所を布で拭いてくれたりと忙しない。ルカの代わりにありがとうございます、と私が告げると、エルとジョセにはいつも良くして頂いているからと声が返ってきた。
「そっか。……ルカ、頑張ったね」
生き物の縄張りであれば、勘が働いて無意識で避ける習性があるそうだ。穏やかな天馬故の特性なのだとか。
今回は勘が働かなかったのか、敵意のないルカに問答無用で襲いかかったのか……どうしても後者を強く意識してしまうな。他にも俯瞰で物事を考えなければならないのに、怒りでマトモに考えが及ばない。熱くなりすぎると冷静に判断ができなくなるから、怒りに囚われない方が良い。心は熱くてもいいけれど、頭は冷静でなきゃ。
ぶるる、と鼻を鳴らすルカに目を細めながら、これからどうするかみんなで知恵を絞ろうと私の天幕の中へ移動した。
何故、私の天幕に集まるのかと言いたくなるけれど、一番広い天幕を使用させて頂いているので順当だけど。子爵邸の面々と亜人連合国の主だった方々が天幕の中へ入ると、少々狭い。とはいえ気にしている状況でもないし、地面に敷いている厚手の敷物の上に腰を下ろしたり、簡易椅子に座ったりと様々。
私はベッドサイドに腰を下ろし、両横にはソフィーアさまとセレスティアさまが控えた。ジークとリン、クレイグとサフィールは天幕の隅っこで立っている。状況的に仕方ないので、みんな誰も言わない。
アリアさまとロザリンデさまは荷物の箱の上に腰掛け、子爵邸の侍女さんたちは人数分のお茶を淹れる為に動いてくれている。亜人連合国の方々は本当に適当で、ダークエルフのお姉さんはあぐらを組んで床にどっかりと腰を下ろしているし、ダリア姉さんとアイリス姉さんもお姉さん座りしていた。
ディアンさまも床に腰を下ろして難しい顔をしている。――さて、誰が話の指揮を執るのかなあとみんなを見ると、じっと私を見ていた。なんでそうなっちゃうのかなあと思いつつ、ルカも関わっているし仕方ないと息を吸い込んだ。
「ルカを襲った者が分からないというのが、不安要素ですね。空飛び鯨も襲われて、島に打ちあがっていました。島に興味を持って攻めてくる可能性だってありますから……」
ルカを襲ったり、鯨を襲ったりと随分と忙しいものだ。天馬も鯨も温厚な生き物なので、強者を求めて襲ったというよりも手あたり次第に襲ってみたって感じだけれど。
「気は抜かぬ方が良いだろうな。ベリルの報告次第だが、警戒は怠らぬ方が無難か」
ディアンさまの発言に一同が確りと頷く。島が大きくなって開発が進んでいるというのに、少し雲行きが怪しくなってきた。代表さまたちならば、妙な人間が興味本位で襲ってきたとしても打ち払えるけれど、彼らより強い敵がいるかもしれないし、魔物や魔獣の大群が攻めてくることだってあるかもしれない。
「でも天馬って基本的に温厚で敵と認めるには弱すぎるのだけれど……」
「だよね~。天馬を襲って力を誇示しても恰好悪いだけ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが声を上げた。お二人の言う通りで、襲ったとしても意味がないような弱い種族に手を出している。何故、そうしたのか謎のままだけれど、アイリス姉さんの言う通り恰好がつかない。むしろ弱い者いじめに近い気がするけれど。
「アルバトロスにも報告しなければなりませんし、戦闘に向いていない方々もいらっしゃいます。ベリルさまが戻り次第、私たちは島から引き上げることも考えるべきかもしれません」
三週間はバカンスを楽しんだのだ。なにが起こるか分からない以上、ここいらが潮時なのかもしれないとみんなの顔を確りと見据えた私だった。