0595:残り二週間。
2022.12.04投稿 3/4回目
――島にきて二週間が経った。
空飛び鯨や大蛇さまを助けたり、地下遺跡を見つけたり、納豆ができたりと割と充実した日々を送っていた。
竜の方たちやダークエルフの方々に妖精も島で自由に過ごしている。小さな集落が形になってきており、次は畑の開墾作業に移るのだとか。島には野生生物も沢山いるし、海で魚を獲ることもできるから食事には困らない。自給自足生活が可能だけれど、真水の入手に少々困るのが手痛い所かも。
夜。天幕の中でクロと一緒に過ごしていた。側にはロゼさんとヴァナルもいて、私の横にはいつも誰かがいる。リンも私が過ごしている天幕にくる予定だ。ジークと明日の警備計画でも立てているのだろう。島に着いても私の側にはジークかリンどちらかは護衛として控えてくれているから。
「半分、終わっちゃったね」
ベッドサイドに腰掛けて、籠の中にいるクロに声を掛ける。籠の中で丸くなっていたクロが顔を上げて、こちらを見た。長期休暇が始まって二週間、島の滞在時間も残り二週間となってしまった。アルバトロス王都に戻ると、長期休暇残りの一ヶ月は子爵領で過ごすことになっている。
子爵邸で採れたとうもろこしさんを領の方でも栽培を始めているし、使われていない田畑を転用して果樹園にした場所も拡大する予定だ。教会の治癒院にも偶には顔を出さなければならないし、お城の魔術陣に魔力の補填も行う予定もある。学院がお休みじゃないと忙殺されそうな勢い。
『直ぐに時間が経ったねえ』
クロが私の言葉に答えてくれたあと、翼を広げて私の隣に飛んできた。いつもならば肩の上に乗っているのに、どうしたのだろう。
本当にあっという間だった。島に着いてから、なにかいろいろと事件が起こっていたから。まあ、暇なよりは全然いいかな。報告しなくちゃいけないから、書くことが多くなるけれど日記みたいで楽しい。時折情報が抜けて怒られることがあるけれど、ジークとリンも報告しているので大丈夫。……多分。
『まだ二週間ある!』
ロゼさんが地面の敷物から飛び上がって、クロがいる反対側のベッドの上に乗った。ぷよぷよのスライムの身体を揺らしながら、私を見上げている。
島は広くてまだ全容を掴んだ訳じゃない。竜の方たちは空を飛べるので把握しているかもしれないが、地上組は地道に足で歩いて地図の作成や遺跡等の人工物がないか捜索中。もちろん空からも捜索できるので、全容解明は通常よりも早い期間で終わるだろうけれど。
「そうだね、ロゼさん。まだなにか見つかるかもしれないし、残りの二週間も楽しまないと」
ぶっちゃけると、もうお腹一杯。残りの二週間は磯で釣りでも洒落込みたい所なのだけれど、釣り竿とリールがないのでどうしたものか。
竹竿でも作ってみようかと考えたけれど、釣り針が一番難しい。鍛冶屋さんかドワーフさんたちに頼んで釣り針を作って貰っておけばよかった。ちょっと準備不足だったから、来年の長期休暇の際はもう少し荷物を考えておかないとなあ。
『……』
ヴァナルが無言で床から立ち上がり、私の目の前でお座りをして膝上に顎を乗せた。フェンリルのヴァナルの毛は長く、ふさふさ。手を伸ばして、頭と耳の間に手を置いて撫でると気持ちいいのか目を細めてじっとしたままだ。どうやら気持ちいいようで、もっと撫でろとせがまれているようだった。
クロとロゼさんはつるつるなので、手触りが違う。どちらも甲乙つけがたいけれど、ヴァナルのもふもふは幸福感を呼び寄せる。私の手はヴァナルの頭から耳、首へと移動しながら撫でる場所を変えていく。うにうにと両手でヴァナルの頬を挟んで肉を摘まむ。案外伸びるのでどこまで伸びるかなあ、なんて伸ばし始めたその時。
「ナイ、邪魔するぞ」
声が聞こえ、どうぞと返事をすると天幕の入り口が開く。声の主はソフィーアさまで、彼女の横には何故かリンが立っている。珍しい組み合わせだ。ソフィーアさまの隣に立つのは、立場上セレスティアさまが多い。おそらく私の天幕に来る途中で合流したのだろう。リンはソフィーアさまへ声を掛ける事はないだろうし、元々喋ることが苦手だから、ソフィーアさまが気を使って『一緒に行こう』とか言って誘ったに違いない。
天幕の中に灯された明かりに照らされ、リンの赤髪とソフィーアさまの金髪が凄く目立つし、顔も良いから羨ましい限りだ。私も目鼻立ちのはっきりしている美人になりたかったとソフィーアさまとリンを見ていると、天幕の中へと入ってきた。
リンがベッドサイドの近くに立って控えると、ソフィーアさまが『気にしなくていい』とリンへ声を掛けていた。
とりあえずソフィーアさまには簡易椅子に座って頂いて、侍女さんがいつでも淹れられるように用意してくれていたお茶を手に取って、ティーカップへと注ぎ込む。お屋敷でこんなことをすれば、当主が雑用なんてするなと怒られるけれど島だし、特殊状況下なので見逃してくれていた。
「有難う……すまないな、こんなことをさせてしまって。――私が前に話をしたいと言ったのは覚えているか?」
ソフィーアさまは苦笑いを浮かべながら私の顔を見る。ゆっくりと首を何度か左右に振って、お茶を私が淹れたことは気にしないで欲しいと伝えた。リンにもお茶を渡そうかと思ったが、私の護衛として控えるようで立ったまま動かない。この状況じゃあ仕方ないかと諦めて、ソフィーアさまの顔を見た。
「もちろんです」
島に辿り着いて直ぐの頃、ソフィーアさまが私に話したいことがあると言っていたのは覚えている。直ぐに話さないイコール仕事の話ではないことも推測がつく。真面目なソフィーアさまのことだから、私のように抜けていることもあるまい。
さて、彼女が私に話したいことなんてなにかあったかなあと、椅子に座るソフィーアさまの顔を確りと見据えた。