0594:街道整備。
2022.12.04投稿 2/4回目
――嬢ちゃん……有難いけどなあ……。
軍の仕事はなにも魔物を倒したり、他国に侵攻したり、侵攻してきた敵国を相手にするだけではない。街道の補修や新規の敷設だったり、水路の整備なども担っている。ここ最近、魔物の出現が少なくなっていることもあり、街道修繕に新規に道を造る任務に就いていた。
馬車が通るために基礎工事は地面を掘って、一番下に大きな石を敷き詰め、次に一回り小さな石を、更に小さな石を敷き詰め、地面を固める。かなりの重労働だが、これも国の発展の為だ。道が整備されていなければ、国内外の物資が滞ってしまうし、人の行き来もなくなり寂れてしまう。
俺たちが手を抜けば、馬車が泥濘に嵌り困る人も出てくるだろう。亜人連合国がアルバトロス王都に店を開くと聞きつけた国外の商人たちがアルバトロスに入国しやすいように、街道の整備を始めている。
で、俺たち軍の人間が駆り出されている訳だが……。
『たいちょ』
『たいちょう~。コレどこに持って行くの?』
小さな竜――といっても五メートルくらい体長がある――が荷物を引きながら、俺に声を掛けてきた。亜人連合国がアルバトロスの王都で店を開くことになり、街道の整備と新設を聞いた彼らは『力仕事や重労働ならば役に立とう』と言って竜を寄越してくれたそうだ。
敷設用の石や木材の荷運びを頼んでいるのだが、竜たちは何故か俺に懐いている。それが理由で竜たちに指示を出す仕事を俺が担うことになった。何故、そうなると愚痴を零したくなるが竜の彼ら曰く、聖女さまと仲が良いからときたもんだ。竜たちはみんな賢く、俺たちに従順なので問題がないのだが、俺になんでこんなにも懐いているのやら。ふう、と息を吐いて俺に寄って来た竜の顔を見る。
「おう。少し進んだ先に空き地があるからソコに置いてくれるか」
俺の言葉を竜は首を傾げながら聞いている。デカくて少々おっかないが、まだ子供なのか言葉遣いが幼い。十メートルほどの大きさの竜になると、幼さが抜け喋り方も随分と確りして敬語を使うしなあ。
『はーい』
『分かった~』
賢い故に人間の言葉をきちんと理解し、荷物を空き地へ運ぼうと歩き始めた。荷馬車用の馬車を引きながら、器用に縄を咥えて引っ張っていく竜二頭。本当、一年前までは考えられなかった光景だと、苦笑いを浮かべる。
「懐かれてるッスねえ、隊長」
若手の部下が俺の側に寄って、声を掛けた。暑いのか上半身裸で作業していたようだ。軍のトップである公爵閣下が最近始めた『暑熱対策』で倒れるヤツが減ったことに驚きである。十分な水分補給と休憩に少量の塩を舐めるだけで、効果があるなんてなあ。前日の睡眠時間も大事らしく、よく食べてよく寝ろと教えられた。
仕事終わりに配給されるレモンのはちみつ漬けも美味い。夏場の労働は嫌われているが、俺たち兵士の扱いが良くなった気がする。まあ、倒れられると仕事が進まないという元も子もない理由もあるのだろうが。
「懐かれているが、嬢ちゃんのお陰だぞ」
竜が俺を慕っているのは嬢ちゃんと知り合いだからだ。俺自身は貴族でもなんでもない。確かに嬢ちゃんとは縁があり話すことはあるがまさか竜が懐くなんて。
「貧民街のやせっぽっちの子供だったのに、出世したっスねえ」
「筆頭聖女さまが予見したからな、嬢ちゃんは。まあ、貴族に興味はなかっただろうがなあ……」
出会った頃、十歳と聞いて驚いたものだ。貧民街暮らしが長かったのか、周囲の子供たちよりも小柄で細い。だが大人顔負けの態度と言葉だったし、軍のトップであるハイゼンベルグ公爵を後ろ盾とした。教会で暴れたツケらしいが、普通は公爵家が貧民街の子供の後ろ盾になんてなるものか。おそらく聖女としても人としても認められ、公爵閣下のお眼鏡にかなったのだろう。
だがなあ……おそらく嬢ちゃんは貴族になんてなりたくはなかっただろうな。上手く言えないが、野心は全くなく幼馴染が平穏無事に暮らせるならそれで良い気配があった。
金に汚いならば、治癒代をぼったくるはずだがそれをしない。平民相手には教会が設定した最低料金で治癒を施している。治癒を施したあとも効果がなければ、もう一度指名依頼を出せと告げるのだ。俺の妻も命を救われているうえに、普通に世間話をする仲だ。
城の魔術陣に魔力を補填する聖女は通常の聖女とは違い、重宝されている。その立場に驕る聖女がもちろん居るが、嬢ちゃんはそんな気配を見せない。治癒院にもまだ参加して、平民との繋がりを持っている。本当、変わったヤツだ。
「確かに聖女さまは興味なさそうだったっス。けど、やったことがやったことですからね~」
「まあな」
嬢ちゃんが『どうしてこうなった!』と頭を抱えている姿が浮かぶ。城の魔術陣に魔力を補填しているのだから、魔力量を多く持つ人間だというのは誰でも分かる。
貧民街から教会に拾われ公爵閣下の後ろ盾を得て、学院へと通い魔獣討伐の補助を担い、大規模討伐遠征では竜の浄化をし、教会の腐敗を正した上に本山である聖王国の腐敗も正した。噂ではリーム王国にも介入したようだし、アガレス帝国に拉致されて暴れたようだ。亜人連合国との仲も良いようで、長期休暇は南の島で楽しんでいるらしい。
ま、嬢ちゃんが楽しいならソレでいいか。
嬢ちゃんの人生が良い物かどうかは、嬢ちゃん本人が決めることだ。俺は俺の人生を歩み、嬢ちゃんは嬢ちゃんの人生を歩む。嬢ちゃんはまだ十五歳だ。これから先、長い人生が待っている。まだまだやらかすだろうし、そんな嬢ちゃんの相手を務められるヤツはいるのかどうか。
『たいちょ』
『たいちょう~、なにをすればいい?』
荷物を置いた竜たちが俺の下に歩いてきた。最初こそ驚いていたが、こう懐かれると悪い気はしない。
「おう、今行く! ほら、お前も行くぞ」
「うッス!」
竜に呼ばれて作業に戻る俺たちの遥かかなた上の空を、漆黒の竜が飛んでいたことなど知らなかった。