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0592:【中】子爵のいない王都の面々。

2022.12.03投稿 4/4回目

 今日も今日とて、私、ことアーベル・シャッテンは外務卿としての仕事を部下と共に処理している。


 一年前までは静かで目立たない外務部であったが、ゲルハルト王太子殿下とミナーヴァ子爵が亜人連合国へと向かってから、外務部の忙しさは飛躍的に上がった。


 障壁で国を護る国是故、西大陸の各国からは『アルバトロスは引き籠り』と揶揄されて久しいが、彼女のお陰で随分と各国からの印象が変わりつつあるようだ。

 聖王国やリーム王国で起こったこと――彼女自身は不本意だろう――や、アガレス帝国での出来事。ヴァンディリアの元第四王子に詰め寄られたりと、日々彼女の身にはなにかしらの問題が降り注いでいる。ミナーヴァ子爵自身も我々王国上層部との価値観の違いで、頭を悩ませるようなことを引き起こしているから愉快な方だ。


 「相変わらず、凄いですね」


 私直属の部下が感心しているのか、呆れているのかよく分からない声で、大量の釣書を見ていた。これらは全てミナーヴァ子爵に宛てられたものだが、有象無象からの打診故に彼女の下へ届くことはない。


 「凄いな。釣書の出し主はミナーヴァ子爵に直接手渡したいのだろうが、伝手がないからな。アルバトロス王家を頼って、どうにか繋がりを持ちたいようだが……無理だろうなあ」

 

 異能のお陰で、影が薄いと長年言われ続けているが、外務卿である私は諸外国の方々に名前や顔を認めて頂けるようになった。引き籠りのアルバトロスと馬鹿にされることも少なくなっている。

 むしろ、諸外国はミナーヴァ子爵を中心にして、アルバトロスに関心を持ち始めていた。陛下は各国の王族とのやり取りを、外務に携わる我々は文字通り各国の外務担当の方々との接触があり、こうして釣書と格闘している訳だが。


 「中身を確認してリストに纏めて陛下方に報告だな。――ミナーヴァ子爵に妙な方を紹介してしまえば、相手の国にも迷惑を掛けてしまう……」


 下心ありきの釣書がほとんどを占めているのだから、子爵自身に知られるようなことがあってはならないと陛下からのお達しだ。まあ、ミナーヴァ子爵邸にも個人的に届いているだろうが、彼女の周りを固めている有能な方々がソレを許さないだろう。子爵が知らないまま握りつぶされているのがオチだ。

 以前、冒険者ギルド本部で釣書を選定していた時に、子爵は婚姻に全く興味がない様子だった。普通の貴族のお嬢さま方であれば、他国の有名貴族の子弟であれば喜んで婚姻するだろう。

 釣書を何枚も見ているのに『この方、凄く素敵です!』とか『カッコいい!』なんて、年頃の少女があげそうな声を一切出さず、微妙な顔で釣書を眺めているだけだった。もう少し興味を持って頂いても良いのではなかろうかと心配になりつつも、私はしがない外務卿である。黙っていた方が長生きできると判断した訳だが。


 ミナーヴァ子爵はアルバトロスに従順だ。


 アルバトロス王家に逆らう気はないだろう。陛下とゲルハルト王太子殿下に最高級の贈り物を贈ったことがその証だ。国を簡単に落とせる人間が陛下方にかしずくのは、服従しているという意思表示である。


 もちろん鵜呑みにする訳にはいかないし、きちんと彼女の動向は把握しておかなければならないが。


 だが、彼女の身に危険がひとたび訪れれば大きな力が動く。彼女といつも一緒にいる赤髪の双子に、幼竜さま、果ては最近一緒に過ごしているというフェンリルにスライム。子爵邸には天馬が住みつき、猫又も居付いたと聞く。それだけでも過剰だというのに、亜人連合国の竜にエルフはミナーヴァ子爵に好意的。

 アガレス帝国は黒髪黒目を信仰しているから、ミナーヴァ子爵に災いが起こればアルバトロスに抗議くらいはするだろう。もしくはそれ以上。アルバトロスの竜騎兵隊のワイバーンたちもミナーヴァ子爵にとても懐いているうえに、順調に数を増やしているから、子爵の一声で多くのワイバーンが動くだろう。


 子爵たちがアガレス帝国へ拉致された時のように同じことが起これば……考えたくもない。確実に実行犯は精神的に死ぬであろうし、その周囲にも甚大な被害が及ぶことになる。


 地味な釣書の選定も大事な仕事。委細漏らさず、上層部へ報告するのが外務卿を務める私の使命だ。不用意にミナーヴァ子爵の下へと届けて、彼女に相応しくない者を宛がったなんて噂が立てば私の地位が危ない。

 釣書の中身を確かめながら、紙に氏名や身分をつらつらと書き込む。一度断ったというのに、懲りずに釣書をまた出す者もいる。そういう輩にはアルバトロス王からその国の王へ苦情が伝えられる。きっと国での地位を落としているに違いない。


 「――流石に休憩か」


 釣書から視線を外して、椅子の背凭れに背を預けて背伸びする。それと同時、部屋の扉からノックの音が聞こえた。警備の者が陛下からの使いがきたと告げ、部屋へ入るように促した。一体なんだろうと待っていると、使いの者が私を見て一言。


 「シャッテン卿、陛下がお呼びです」


 「分かった、直ぐに参りますとお伝えしてくれ」


 使いの者に返事をすると、一礼して部屋を出て行った。さて、直ぐに参ると伝えた手前、ゆっくりなどしていられない。部下に残りの仕事を預けて、私は身嗜みを簡単に整えて部屋を出る。

 陛下からの呼び出しということだが一体なんの用だろうか。アガレス帝国がアルバトロスに謝罪にみえた時が一番忙しく動き回っていたが、ここ最近は落ち着いていたというのに。速足で歩き、陛下の執務室へと辿り着く。近衛騎士に私が参った旨を伝えると、陛下に取り次いで入室を促された。


 「失礼いたします」


 いつきても緊張する。アルバトロス王国の最高権力者である陛下の威厳は凄まじいもので、凡夫の私には纏えないものだ。


 「シャッテン、突然すまないな」


 執務室の椅子に座る陛下が私に顔を向けて、口を開いた。陛下の隣には彼の叔父である、ハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルク辺境伯に宰相殿の姿も。


 「いえ、陛下のお呼び出しでございます。直ぐに駆けつけるのがこの国に忠誠を誓う者の務めかと」


 私は一体なにごとだと考えつつも、陛下の言葉に答えて頭を下げた。執務机の前に立ち、直立不動の姿勢になる。


 「楽にしてくれ。――今日、卿を呼んだのは少し話しておきたいことがあってな。突然ではあるが……――」


 陛下の真剣な表情にごくりと息を呑む。なに、私なにかしちゃった? もしかして首? あまり目立たない外務部だから、役立たずと思われていたのだろうか。そんな、今の今まで国の為にと働いていたというのに。部下たちの顔がゆっくりと脳裏に過ぎる。最近、子供が産まれたと喜んでいた部下に、好きな女性に結婚を申し込むと意気込んでいた部下。

 ああ、すまない。私の力不足でこんなことになろうとは……。どうしよう、いい年こいているのに目に涙が浮かんできた。


 「ミナーヴァ子爵の婚姻相手を決めようと思ってな。先ずは他国からの釣書は受け付けぬことにした」


 え、違うの? なんだミナーヴァ子爵の婚姻相手を決めるのか。陛下もようやく彼女に相応しい相手を見繕ったのだなあ。

 先ほどまでの心配は吹っ飛んで、国外からの無限釣書地獄から解放されると陛下の顔を見る。いつも威厳を讃えたそのお顔は、今日も変わらず威厳に溢れている。なるほど、ハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルグ辺境伯がこの場に居られるのは、彼女に関わることだからか。


 「――国内の者から選出することとした。これを覆すことはない」


 国益を考えれば、陛下の言葉は順当な選択だろう。しかし、国内で彼女に相応しい相手はいるのかどうか。


 「あの、陛下」


 おずおずと片手を上げて、陛下へ問う。


 「どうした?」


 「ミナーヴァ子爵の目に適う方はいらっしゃるのですか?」

 

 「…………」


 沈黙がおりた。冒険者ギルドの時も感じたが、ミナーヴァ子爵に結婚願望のようなものは希薄である。あの容姿故に、男に興味があるのかどうかさえ謎である。


 「………………………………いらっしゃらないのですね」


 「それに関しては時間が解決してくれることもあろう。ただ、他国の者に渡す訳にはならんと決めた。――シャッテン、断りの知らせを各国に」


 陛下は咳払いをしながら告げた。話を逸らされた気もするが、陛下の命に従うのは貴族としての務めである。


 「はっ!」


 腹に力を入れて、短く返事をすると退出を命じられ、執務室から出て行く。まだまだ忙しい日々は続きそうだと、外務部の皆が待つ部屋へと歩くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本人居ない場所でも一波乱w
[良い点] 外務卿は苦労枠と思いますが、意外に愉快側ですね。 [一言] ジーク、リンとソフィーアのパートナーもなかなか難航ですが、ナイのパートナーはもっとめんどくさい。 国内でも野心家を注意しないと、…
[一言] やったね外務卿名前が着いたよ!
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