0587:【後】遺跡探索。
2022.12.02投稿 1/2回目
――以前のことに未練はあるかしら?
ダリア姉さんの言葉が、やけに大きく聞こえた。どうだろうか。死んでしまったことは諦めるほかないし、記憶を持ったまま生まれ変わりなんて、奇跡のようなことを果たしているのだ。
これ以上を望んでなにになる。この世界で大切なものができてしまっている。仮に古代魔術の術式が元の世界に戻れるものだったとして、戻ってどうするのだろうか。生活基盤は完全にこちらの世界に根を張っているし、元の世界に戻れる保証もないのだし。しかも日本に戻れるのかさえ分からないのだから。
「未練は、多少はあります」
特に、ご飯関係がどうにも物足りない。根付いた文化を捨て去るには、まだまだ時間が掛かるようで、日本の文化やご飯が恋しいことがある。簡単に手に入る状況になると良いけれど、仮に魔術陣がこちらとあちらの世界を繋いだとして。
価値観が全く違う世界の人間と馴染めるのか謎……いや、絶対に上手くいかないはず。人間って欲深い生き物だから、仲良く異世界交流なんてことにはならないだろう。恐らく、近代兵器を利用して攻め込んだり、逆に魔法や魔術を利用して攻めていく未来しか考えられない。新天地を見つけた人間が今までなにをしてきたか。歴史を見れば答えを導くのは簡単だ。きっと上手くいかない。
人間関係はそれなりだった。会社でよく世間話をしていた人たちは元気だろうかとふと思い出すくらいで。生きることが難しい孤児を経験してしまった所為か、あちらの世界であれば平和に穏やかに暮らしているだろうと懐かしむことができる。
「けれど、私は……この世界で生きています。上手くは言えませんが、大事なものがこの世界にありますから」
そう、そうだ。この世界には大事なものが……手放してはいけないものがある。ジークとリンにサフィールとクレイグがこれからどうするのか気になるし、助けてジークが面倒を見ているテオやレナがちゃんと自立できるかも見守っていかなきゃならない。
子爵邸で保護している元奴隷の姉弟たちも、これから先アルバトロスで生活していけるのか、道筋を立てなければ。
聖女として治癒を施し、治らなければ指名依頼を出せと伝えているのだ。最後まで口にした事の責任は果たさないと。中途半端に投げ出せないものが出来てしまった。だから私はこの世界で、自分の命を最後まで余すことなく生きなければ。
「そう。この魔術陣はね、こことは違う世界へ辿り着くことができるものよ。もっと詳しく調べてみないと行先とか分からないけれど、ね」
「多分だけれど、送還術じゃないかな~。まだはっきりしていないけれど~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが魔術陣がどんなものなのか教えてくれた。どうやら転送系の魔術陣のようだ。詳しいことは調べてみないと分からないようだけれど。元の世界に帰れる可能性があるのかもしれないが、私は一度死んでいる身だ。望郷の念を抱いても仕方ない。
「座標設定でもできるなら、ナイちゃんが居たっていう世界にも行けるかもしれないと考えたのだけれど……」
行っても、全く違う地球だったりするかもしれないし、元の世界であるという保証もないから。地球に似ているというだけで、全く違う世界なのかもしれない。だったら、やはり、この世界でちゃんと生きるべきだ。
「ありがとうございます。私は、今の生活で精一杯ですし、アルバトロスに生活基盤を置いています。元の世界に帰っても、家がありませんしね」
私が肩を竦めて笑うと、みんなが微妙な顔になった。そう気にしなくても良いのにと、苦笑いになる。気を使ってくれているのは理解しているから、私はなにも気にしていない。
もし元の世界に帰れるならば、興味本位でみんなと一緒に行ってみるのも一興なのかもしれないし。でも、まあ。残せない、だろうな。先ほど考えた通り、異世界の人間がこちらに来るか、向こうに行くとしたら問題だろう。技術に差があるのだし、どちらが優れているのか劣っているのか判断し辛いけれど。
「そう。妙なことを聞いてごめんなさい。――でも、コレ……どうしましょうか?」
ダリア姉さんが私を見る。どうすると問われても、私がどうにかして良い理由はないだろう。
「どうするんですか?」
亜人連合国の方々やアルバトロス上層部が判断すべきことじゃないかな。フィーネさまとメンガーさまが知れば、戻りたいと願うのか。本人に聞いてみないと分からないが、知らない方が幸せという場合もある。凄いタイミングで、とんでもないものが見つかったなあ。
ダリア姉さんとアイリス姉さんは知識があるから、陣の性能がどんなものか分かったみたいだけれど、普通の魔術師の方々がコレを見て理解できたかは謎。
副団長さまが知れば嬉々として調べ尽くしそうだ。妙な人ならば悪用を考えるだろう。やはり大きな声で発見したといえない代物だ、と魔術陣を見る。古代文字で描かれた陣は、消えている所もある上に苔で見えない部分もある。
「難しい質問ね」
「代表。どうするの~?」
肩を竦めたダリア姉さんに、アイリス姉さんはディアンさまへと声を掛けた。静かに事の成り行きを見守っていたディアンさまは、私たちへ視線を向ける。少し考える素振りを見せながら、ディアンさまは私と視線を合わせた。
「君はどうしたい?」
「私は……残すべきものではないと考えます。帝国で別の世界から黒髪黒目の方を召ぼうと試みたということは、技術自体は確かにあるという証拠です。――」
アガレス帝国での召喚儀式は失敗して、この同じ世界から黒髪黒目を呼び寄せたけれど。オマケで前世が黒髪黒目の人たちを呼び寄せてもいる訳で。また誰かが召喚を試みるかもしれない。その時に戻れる可能性があるならば、知識として残しておくべきだけれど……。アイリス姉さんが送還系と教えてくれたけれど、送れるならば招くこともできる訳で。
この陣の存在を知った方に悪意がなければ良いけれど、コレを利用して別世界から誰かを呼ぶことになり、結果呼ばれた人は犠牲者だ。戻れる可能性を残しておくことは良いことだが、やはり悪用された時が怖い。術式を書き写して、知識として残しておくのが一番無難だろう。陣が存在していると、魔力を注ぎ込むだけで起動してしまうこともある。仮定の話だけれど、竜がこの魔術陣に乗り魔力を放出して、別世界に行って暴れるなんてこともあるのだ。
残しておくべきではないだろう。私個人の判断や意見だけでは駄目だから、ディアンさまたちやアルバトロス上層部の判断に委ねるのが一番だ。恐らく彼らも陣を残しておくことの危険性を考えるはず。――欲をいえば、地球に戻っていろいろと手に入れたいものがあるけど。
「そうか、分かった。曲がりなりにも古代のものだ。歴史的価値、資料的価値はある。陣について研究を終えれば、この場所は破棄が妥当だろうな」
ディアンさまがゆっくりと落ち着いた声色で告げた。とはいえ、アルバトロス王国の面々もいるから亜人連合国だけで決めていいものではないらしいので、アルバトロスにもどうするかお伺いを立てるとのこと。
ぐりぐりと私の顔にクロが顔を擦り付ける。そんなに心配しなくても……。大丈夫、前の人生との決別はとっくにできているから。私は今の私が進むべき道を、確りと歩んでいく。――ただ、それだけだ。