0581:追加投入。
2022.11.14投稿 1/2回目
――ちゃぽん。
静かに水面が波打ってそんな音を響かせた。温泉にはリンと私に、ロザリンデさまとアリアさま。後から入ってきたソフィーアさまとセレスティアさま、ダリア姉さんとアイリス姉さんの姿が。八人が入っても狭さを感じないので、この場を整備したダークエルフさんたちは大変だっただろう。
長湯をすることに慣れていないアリアさまとロザリンデさまは顔が赤くなり始めているので、一度お湯から出た方が良いだろうと声を掛けておく。私とリンは普段から浴槽に浸かっているから、他の方とは違ってこういうことに慣れているから問題ない。
慣れていない人からすれば、長湯はキツイだろう。ロザリンデさまとアリアさまが温泉からでると、大きく水面が揺れる。少し待つと静かになったその時、横に気配を感じて顔を向けた。
「ナイ、島は楽しめているか?」
ソフィーアさまに声を掛けられた。お湯に浸かったまま静かに移動してきたようで、いつの間にと驚く。温泉なのだし無礼講だよねえと、彼女と確りと視線を合わせた。
「はい。ソフィーアさまとセレスティアさまは?」
彼女たちは昨日に引き続き朝から島を探検してくると言って、随分と気合が入っている様子だった。昨日とは違う場所を探してみると聞いていたけれど、収穫はあったのだろうか。
お二人が戻ってきたということはジークとクレイグとサフィールもこちらへ帰ってきているだろう。怪我とかなければいいけれど。お風呂から上がってご飯前に少し話を聞くべきかな。怪我をしていれば治癒を施すのも忘れずに。
「楽しいですわ! 竜の方がそこかしこにいらっしゃいますし、小さな竜の方が我々と同行してくれるのです。お尻を振りながら、可愛らしく歩く姿はもう、もうっ!」
両手で顔を抑えて思いっきり左右に揺らしたセレスティアさま。鉄扇を持っていないからか、いつもとちょっと違う行動だったが、彼女の思考は平常通り。
「はあ。セレスティアはずっとコレだ。ヴァナルも一緒だったし、いろいろと耐えられんものがあったらしい。仕事も兼ねているのだが、まあ、仕方ないな」
ソフィーアさまから『セレスティアだしな』と心の声が聞こえた気がしなくもない。ロゼさんとヴァナルも同行していたから、特にヴァナルに対しては並々ならぬ思いがあったようで、始終テンションが高かったのだそうだ。
テンション爆上がりのセレスティアさまを『いつものことだ』と諦めているソフィーアさまは寛容すぎじゃあなかろうか。慣れたのかもしれないが、ご令嬢さまとして何度もヤバい顔を見せているセレスティアさまを咎めるのは骨が折れそう。以前に酷くトリップした時はローキックで現実に引き戻していたけれど、今回もそうしたのだろうか。
「ナイちゃん」
「ナイちゃん~!」
ダリア姉さんとアイリス姉さんの声が聞こえたと同時、左の顔半分に圧が掛かった。どうやらアイリス姉さんが私に抱き着いたようだった。
なんやかんやでアイリス姉さんは器用に胡坐をかいて、その上に私をすとんと落として腹に手を回す。アイリス姉さんはリンに視線をやって、リンが『む』と顔を歪めた。リンは何も言わないが、後が怖いなあと溜息が出そうになる。顔を歪めたリンにアイリス姉さんは私の肩に顔を乗せて『ふふふ』と笑っていた。リンに向けて。
「アイリス、無駄に喧嘩を売らないの」
ダリア姉さんはリンが凄く鋭い視線になったことに気が付いて、アイリス姉さんにくぎを刺す。周囲の温度が二、三度下がった気がした。リンさんや、マジ怒りは勘弁してください。ソフィーアさまとセレスティアさまが目をぱちくりしているし、体を洗っていたロザリンデさまとアリアさまの肩がびくりと揺れて、こっちを見たから。
「えー! 良いじゃない~彼女はナイちゃんの小さい頃を知っているけれど私は知らないんだよ! これくらい許されるべき!」
アイリス姉さんが抗議をして私の腹に回している腕に力を入れた。なにかいろいろと当たっているけれど嬉しくない。
「はいはい。ま、悪意があったり貴女から取り上げるって訳じゃないから見逃してね。――ということで今度は私」
ダリア姉さんが苦笑を浮かべながらリンに言ったあと、彼女の腕がぬっと伸びて私をアイリス姉さんから奪った。
犬や猫の愛玩動物じゃあないと抗議したいが、伝えたところでのらりくらりと躱されるだけなので黙って受け入れておく。またしてもなにかいろいろと当たっているけれど、平常心、涅槃の境地。南無阿弥陀仏。
「あー!」
「む」
アイリス姉さんとリンが声を上げたが、ダリア姉さんには敵わないのか、それ以上の抗議とか文句はでなかった。
助けて欲しいとソフィーアさまとセレスティアさまを見ると『諦めろ』と『受け入れてくださいまし、アルバトロスの未来の為でございます』という顔になっていた。誰も助けてくれないと悲しくなりなりつつも、ダリア姉さんとアイリス姉さんに聞かねばならないことがあった。
「ダリア姉さん、アイリス姉さん」
お二人に声を掛けると『どうしたの?』『ん~?』と声が返ってくる。さて昼間の大蛇が言っていたことを伝えなければと、居住まいを正す。胡坐の上に腰かけている形になるから、正せるかどうかは謎だけれど。隠すべきことでもなく今この場に居る方たちならば、話す内容を聞かれても問題はない。
「ディアンさまとベリルさまにもお話すべきですが、先にお伝えしますね。先ほど森の中をリンと探索していた時のことなのですが。……――」
森の中で島の主である大蛇と出会ったこと、亜人連合国の方々と共存したいことを伝える。できる事ならば顔見せをお願いしたいことも。長く生きているようだから、島の生態や環境にも詳しいだろうし、探せば面白いものが出てくると仰っていたからソレがなにか気になる。
「主が居たのね。で、代替わりを済ませて大蛇が島の主、と」
土地の主を喰べて代替わりを済ませることは自然に生きる生き物であれば、ままあるそうだ。森の主、山の主、なんでも良いのだが、地域に根付いた強者が統べることは自然な流れのようで。
亜人連合国も元々はご意見番さまの根城だったと聞く。強い物が弱い物を庇護下に迎えるのは、当然の義務なのかも。人間だって強い者の傍には、良いか悪いか人が集まるし。
「挨拶に行った方がよさそうだね~。代表は勿論だけれど、ダークエルフの長も連れて行かないと」
アイリス姉さんがダークエルフの長の方も引き連れて行ってくれるみたいだ。顔合わせのセッティングはこれで大丈夫そうかな。
「すみません、お願いします。大蛇さまは移動が難しいので、沼にきて欲しいと言付かっています」
あの巨体が島を闊歩しているのもどうかと思ってしまうけれど。伝えるべきことは伝えられただろう。あとはディアンさまたちにも同じ内容を伝えるだけだ。
「分かったわ――ありがとう。私たちは森の奥へ足を踏み入れたから気が付かなかったみたいね」
ダリア姉さんは困ったような声で私の耳元で言葉を発する。お互いにすれ違ったままの可能性があったなら、出会えたことには感謝しなければならないのだろう。
まあ喉に猪を詰まらせていた、少々間抜けな島の主ではあるが。友好的だし、付き合う分には問題なさそうだから、代表さまたちにも安心して紹介できた。これから彼らの手に寄って島がどう変化するのか、楽しみになるのだった。