0576:ヤシガニさん。
2022.11.12投稿 4/4回目
ヤシの木に居るからヤシガニ。食べたことはないけれど、蟹は蟹だし、美味しいだろうと捕獲を試みた。リンとクロは気乗りしないようで、手伝ってくれる気配はない。これは自力で頑張らなければと、ヤシガニたちと格闘することしばし。
「ヤシガニさんが……」
大小さまざまなヤシガニを見つけたものの、結局捕獲することにはならなかった。私が近づく前、丁度手を伸ばして捕まえられそうなところで、カサカサと逃げてしまう。投げたナイフは当たらないし、待ち構えていてもこちらに来ることはない。
そもそも論で、手で捕まえようという試みが駄目なのか。次は銛か堅い木を削ったもので突き刺してみようかな。狙いが定められるし、ナイフよりは精度がよさそう。狩猟が上手なダークエルフさんたちに相談してみるのも一つの手だろうか。
『殺気が駄々洩れだからね。そりゃ逃げるよ』
クロが的確な指摘をくれた。いつの間にかやって来ていた小型竜の方の頭の上にちょこんと乗って、クロは首をこてんと傾げた。どうやら私の邪魔になるといけないから、離れてくれていたようだ。
食べたいという欲求からか、いつもより目力はある気がするし、魔力が体内を駆け巡っている気もする。魔術を使用するつもりはないから、魔力を練っていないというのに。妖精さんたちが集まっており、小型竜の方も寄ってきているから漏れている気するんだよね。
漏れた魔力を彼らが回収してくれるなら、周囲の環境に影響はないので多少はね……。そもそも練っていないのだから、勝手に漏れ出るものは制御できないし。ダリア姉さんとアイリス姉さん、副団長さまとシスター・リズの教えで、以前よりは減ったはずだから。
「ナイ、そろそろご飯の時間だから戻ろう」
もうそんな時間になっていたのか。午前中は泳ぎとヤシガニ獲りで暇を潰せた。ヤシガニを捕まえられなかったことは残念でならないけれど、お昼ご飯も大事だ。島にいる間は私たちのお世話を担う侍女さんたちが帯同しているから、時間をあまり過ぎると迷惑極まりない。
「……うん」
「まだ時間はあるよ。次は私も手伝うからそんな顔しないで」
リンが慰めの言葉を掛けてくれる。リンが手伝ってくれるならばヤシガニの確保は確実になるかな。私より運動神経が良いのは周知の事実だし、騎士なので多少の無茶もできる。
はい、とリンが手を出したので、その手に自分の手を乗せた。ぎゅっと握り込まれた手に引かれながら、浜辺を歩くリンと私にクロと一緒に歩いている小型竜の方たち。波打つ潮の音に南の国に住む色鮮やかな鳥の鳴き声、森の奥から聞こえる獣の遠吠え。風の流れで時折硫黄の臭いが混じることがある。火山が近くにあるから、それの臭いなのだろう。もしくは温泉が湧き出ているならば、そちらの可能性も。
「凄い色の鳥がいるね、リン」
「青に緑に赤い色……目が痛くなる」
リンは視力が良い所為か、空に飛んでいる多くの鳥を見ていると目が痛くなるようだ。配色が地味な色合いの鳥もいるけれど、派手な分どうしても目に入ってしまうから。リンが言った他にも黄色や白の鳥たちも飛んでいる。保護色でないということは天敵が少ないのかもしれない。蛇が普通に居そうだけれど、蛇って基本待ち構えて狩りをするタイプだった覚えがあるので、脅威と捉えられていないのか。
蛇も食べられるけれど、骨が多すぎてかなり丁寧に下拵えをしないと食べれたものじゃない。王都の蛇は泥臭いし、味もしないから不味かった記憶がある。
鳥と同様に南の蛇も派手な色合いが多いのだろうか。暑い場所に居る蛇ってニシキヘビやアナコンダとかになるかな。あまり知らないのでなんとも言えないけれど。イグアナとかトカゲも森の中に住んでいそうである。生き物を観測するなら森の中も楽しそうだ。
「ねえ、リン、クロ」
「ん?」
『うん?』
お昼からどうするかもなんとなく決まったので、リンとクロに声を掛ける。
「お昼からは森の中に入ってみない? 流石に奥は目指せないけれど、近場をウロウロしてみたい」
流石に奥を目指すと陽が暮れてしまうから。探検組も陽が沈む前に戻ってくると言い残しているから、私たちもそれまでには戻らないと。
「わかった」
『暑い場所の森ってどうなっているのか興味あるかも』
リンは即答。クロも興味があるようで一緒に森の中へ入ってくれるようだ。
『聖女さま、一緒していい?』
『行く、行く!』
小型竜の方二頭も一緒したいようで、私とリンの周りをくるくる回ってアピールしている。森の中を進むけれど、彼らなら狭い場所でも問題はないだろう。移動に困れば、空を飛んで頂いて回避すれば良い訳だし。
「よろしくお願いします」
楽しそうにしている小型竜の方たちに返事をする。
『やった、やった!』
『森、森!』
くるくると回っていた速度を上げて、てってってっと軽快に回る。勢いでよく前に倒れ込まないなあと感心しつつ、リンと手を繋いだまま浜辺の天幕へと辿り着く。お昼ご飯を用意して待っていてくれた侍女さんや料理人さんにお礼を伝える。竜の方たちはディアンさまにお出かけすることを伝えてくるといって、この場を一度離れた。
その間に食事を済ませて、森の中ということで長袖に長ズボンと肌を露出しない恰好に着替える。ナイフと鉈を腰に下げ、救急セットや便利道具が入った布鞄を肩から下げた。
リンはいつもの装備だ。腰に長剣を下げ、短剣も長い脚に装備していた。今回は討伐遠征ではないので、なにも入っていない布鞄を持って貰った。
果物や食べ物を見つけたら、それに入れて戻るつもりだ。食べられるかどうかの判断は、島の先任であるダークエルフさんたちに聞けばいい。リンと二人で天幕の外へと出ると、先ほどの竜の方二頭が既に戻っていて、天幕の前でクロと一緒に待っていてくれた。
「お待たせしました。――行きましょうか」
『あ、ナイ。敬語は堅苦しいから止めて欲しいって』
待ってくれていたクロと小型竜の方たちに声を掛けると、クロが教えてくれた。
「そうなの?」
『要らない!』
『普通がいい!』
顔をくいっと動かして竜の方が私に近づいて、鼻先を体にちょこんと当てる。その鼻先を手で撫でると目を細めながら受け入れてくれた。敬語は必要ないというなら、聖女という称号も必要ないなと考えて口を開く。
「そっか。じゃあ私も聖女さまじゃなくてナイって呼んで欲しいな」
普通がいいならこっちだろう。誰かがしょぼんとした顔を浮かべているような気がするけれど。
『ナイ!』
『ナイ!!』
「で、こっちはリン」
森の中へと入るのは私だけじゃなく、リンも一緒だ。なので竜の方に紹介しておく。いつも一緒にいるから気にしていないようだけれど、リンの名前くらいは知っておいて欲しいという気持もあった。
『リン!』
『リン!!』
私の名前の次にリンの名前を口にする竜の方たち。私と同じようにリンにも鼻先を近づけて挨拶をしている。
「よろしく」
リンも竜の方たちの挨拶に応えて、鼻先を撫でると目を細めながら受け入れてくれていた。こうして交流が増えるのは良いことだよなあと、微笑ましい光景をみつめていると、クロが私の肩の上に飛び乗って顔を頬にすりすりしてくる。お返しに肩にとまった反対側の手でクロを撫でておく。
「森に入ろうか。――深くは入らない、近場で済ます。危なければ直ぐに逃げる。無茶はしない」
「うん」
念の為に目的、というか注意事項を告げてからリンとグータッチをすると、竜の方も鼻先を突き出したので拳を軽く当てておいた。リンの方に鼻先を突き出したので、彼女も拳を当てていた。クロも私、リン、竜の方々へと鼻を突きだして気合を入れる。
面白いものが見つかるかなあと、期待に胸を膨らます私だった。






