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0574:ヤシの実。

2022.11.12投稿 3/4回目

 浜辺の少し陸側を歩いていると、ヤシの実は直ぐに見つかった。しゃがみ込んで実を手に取って、どう穴を開けたものかと思案する。しゃがみ込んでいた私の横に、リンもしゃがみ込んで私を見た。


 「ナイ、これはなに?」


 「ヤシの実だよ。中にはね、果汁が入ってて甘いはずなんだ」


 ヤシの実ジュースなんて飲んだことがないから、一体どんな味なのだろうか。私の想像だと甘いジュースというイメージなのだけれど、オレンジジュースとかグレープジュースにアップルジュースしか味をしらない。人工甘味が効いた十パーセント果汁とかそんなヤツばかり飲んでいて、百パーセントのものは値が張るからスーパーでは素通りしてたから。


 「ナイは物知りだね」


 「前の記憶があるから。反則技みたいなものだよ」


 なんというか反則だと考えてしまうこともある。前の世界は文明が進んでいたし、日本は先進国だったから。アルバトロスは中世くらいの時代かな。乙女ゲームが舞台の世界ということで、学院の制服は近代的だったりするのだが。トウモロコシさんやバナナさんが甘くて美味しい品種だとか、前の世界で食べていなきゃ知らずに見過ごしていた代物だ。


 リンとジーク、クレイグとサフィールと同じ目線で同じ時間を過ごせていれば、こんなことは考えずに済んだのだけれど。

 前世の記憶がなければ貧民街で生き残れなかっただろう。でも、記憶がなくても生き残れる可能性もある訳で。考え始めたらキリがないが、人間は考える葦である……だなんていうのだから。いろいろな可能性に思いを馳せるのも仕方ないことで。


 「ナイはナイだよ」


 『そうだね。ナイはナイで代えなんてないからね』


 リンが笑い、クロは私の頬に顔を寄せる。私が考えていたことが漏れてしまったのだろうか。

 リンはぼーっとしているようでいてよく見ているし、クロも誰かの機微に聡い。


 「ありがとう、リン、クロ。悩んでも仕方ないか……ヤシの実、切って味見をしてみよう? ――せーの!」


 革帯から下げた鉈を取り出して、ヤシの実に振り下ろす。手で持っていると自分の手を斬り落としかねないので、ヤシの実は地面に置いてだ。ごすん、と妙な音が鳴って鉈がヤシの実に食い込んだ。もう何度か振り下ろせば飲み口にできるだろうと、ヤシの実から鉈を引き抜こうと試みる。


 「あれ……抜けない」


 仕方ないと、左手でヤシの実を抑えて鉈の柄を確りと握り込み、右腕に力を入れた。鉈を上に上げようとしているのに、うんともすんともしない。何故と頭を抱えそうになるのを抑えていると、口が出てしまった。


 「やっぱり抜けない……」

 

 「ナイ、貸して。上の部分を鉈で割ればいいんだよね?」


 膝立ちしている私の横にリンも膝立ちして、視線を合わせた。それでも足の長さが違うので私が見上げているけれど。


 「うん。飲み口を作りたいだけだから」


 ストローなんて便利なものはないので、口で直接飲む方法しかないから。グラスでもあれば注ぎ込んでから飲めるけれど、生憎と硝子でできた高級品はお高いから気軽に使えない。

 そもそも持ち運びに向いていないし。陶磁器もお高いし、金属加工の方が安く済みそう。あ、そうだ。鉄か軽い金属でできたカップを作って貰おう。討伐遠征の際に個人携帯用で持つと、水を飲む時に便利だ。値段がどうなるか分からないけれど、王都の鍛冶屋さんに依頼してみようかな。ドワーフさんたちに気軽に頼むと、ソフィーアさまが頭を抱えるし。


 リンに鉈が刺さったままのヤシの実を渡すと、おもむろに鉈の柄を持ち右腕の筋肉が『きゅ』と収縮した。


 「――ふ!」


 リンが息を吐いた音が耳に届くと同時、ヤシの実から鉈が抜けて、そのままもう一度ヤシへ向けて振り下ろされた。私が鉈を振り下ろした時よりも深く刺さっているし、切り口が綺麗。なんでこう締まらないかなあと微妙な顔をすると、リンがドヤ顔を浮かべた。


 「ナイは聖女、私は騎士。違いがあって当然。――はい、飲めるよ」


 どやどやどやあ、とリンがキメ顔を披露した気がしてならないが、彼女から手渡されたヤシの実の中を見ると、ちゃんと果汁が入っていた。実を割って貰ったリンより先に飲むのは気が引けるが、手渡されたということは先に飲めということだから、遠慮なくヤシの実に口を付けて両手を使って実を傾ける。


 「甘い……かな」


 想像していたものより甘くなかった。甘味が少ない世界なので、これでも十分甘い範疇なのだが、私が想像したのは前の世界でのテレビを見ての勝手な味。現実はこんなものなのかと、ヤシの実をリンへ戻す。片手で実を掲げて口を付けて傾けたリンの喉が幾度か動いた。味はどうだろうと首を傾げると、リンが私を見た。


 「十分甘いよ」

 

 リンがヤシの実の汁の味の感想を述べながら口を拭った。


 「そっか。私もこれが初めてだから、実際の味なんて知らなかったんだよね。クロも飲んでみる?」


 『ボクも飲む!』


 クロは長い年月を生きていたというのに、ヤシの実の味は知らないようだ。切り口が人が飲める程度なので、クロだと少し飲みずらいな。


 「リン、ごめん。口をもう少し広げて貰って良いかな」


 「ん」


 私がそう告げるとリンはまた鉈を器用に振って、ヤシの実を真っ二つに割った。え、今、どうやって割ったの。一瞬過ぎて目が捉えることができなかった。


 『ありがとう、リン』


 先ほどの光景をさして驚きもせず、クロはヤシの実の縁に上手に足を引っ掛けて顔を中へと突っ込んだ。クロの重さでぐらぐらと揺れるヤシの実。倒れたらヤシの実の果汁をクロが被ることになるなと、手を伸ばして実を支える。飲みやすくなったのか、器用にクロはヤシの実を啜っていた。そんなクロを、リンと私は笑いながら見守る。


 ――あ!


 ヤシの実もいいけれど、さらに良い物を発見した。しかも大きいサイズで食べ応えがありそうなヤシガニだ。ヤシの木が自生しているのだから、海にほど近いこの場所でヤシガニが居ない訳はない。

 

 『うわ!』


 「あ、ごめん。クロ」


 ヤシガニに気を取られて、ヤシの実から手が離れていたようだ。クロがバランスを崩して、中の果汁を被っていた。


 『ナイ、急に手を放すなんて酷いよ』


 本当にすみません。クロよりもヤシガニの方に気が行ってしまったのは、仕方のないことで。甲殻類が食卓に並ぶことが偶にあるけれど、本当に稀だから。


 「ごめんなさい……。でも、ヤシガニを見つけたよ! 食べると絶対に美味しいから!」


 そういえば昨日のバーベキューでは魚はいれど、蟹に海老、イカやタコは用意されていなかった。イカやタコは忌諱されていると聞くけれど、パエリアとかに普通に使われていなかったかな。

 まあ、そんなことはどうでも良いから、ヤシの木にしがみついているヤシガニさんを狙い定める。料理人さんたちにお願いして、美味しく調理していただこう。先ずは塩茹でが正義かな、なんて考えているとヤシガニは私の邪念に気が付いたのかカサカサと木の上に登っていってしまった。降りるまで待つこともできるけれど、これならば他の個体を探した方が早そうだ。

 畜生、結構大きなサイズだったから惜しいことをしてしまったなあと反省する。だがお昼までには時間があるから、もう少し周囲を探してみようとリンとクロと私で再び歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 連続更新お疲れ様です。 ヤシの実ジュース。 百貨店の国外加工食品売場や『やまや』等の国内外のお酒や加工食品を置いている店に、ヤシの実ジュースやヤシの実サイダーの缶ジュースが置いてある事もあ…
[良い点] シーフード大好きな私としては、エビ イカ タコの単語が出てきただけで、自分も現地に居合わせてるような臨場感を覚えます(^^)v [気になる点] クロに頼んだらヤシガニgetできないのかなぁ…
[良い点] ナイとリンが可愛いw [一言] この作品に限らず、中世ヨーロッパ風と言ってるのは大抵近世よね。。。描写がアレになるから仕方ないけど。 なろう作品でも中世ヨーロッパにかなり寄せた作品は、書籍…
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