0573:それぞれの行動。
2022.11.12投稿 1/4回目
――南の島にきてから二日目。
朝。黒幕の天幕に入って、用意した大豆と麦の様子を確認したが昨日と変わらず。一日二日で変化する訳がないよねえと苦笑いを零すことになった。南の島にやってきた目的はバカンスを楽しむこと。解せないのは、簡単で良いから一日のレポートを付けろと国と教会から告げられたことである。
なんで遊びにやってきたというのに、仕事もどきの作業をしなくちゃならないのかとぼやきつつ、昨夜はリンと一緒に報告書を纏めていた。簡単で大丈夫とのことだったので、絵のない絵日記になっている気がするのはご愛敬。
「今日はなにしよう?」
これといって決めている訳ではない。ソフィーアさまとセレスティアさまは実家から島の状況を調べてこいと告げられているので、今日もまた探検に出るみたいだけれど。案内役でダークエルフさんと人懐っこい小型竜の方が一緒なので、安全は確保されている。
ロゼさんとヴァナルも興味があるようで、お二人に付いて行くと言って朝早くから私の下を離れていた。クレイグとサフィールも島にどんなものか気になるようで、ソフィーアさまとセレスティアさまたちと同行している。二人のフォロー役にジークを任命しておいた。三人一緒なら大抵のことは乗り越えられるので、探検隊に迷惑を掛けることはないだろう。
クロはいつも通り私の肩の上で過ごすようで、顔を前脚で洗ったり、後ろ脚で首を掻いたりと自由だった。
ロザリンデさまはまだ起きてこない。アリアさま曰く朝は弱いそうで、いつもギリギリの時間まで寝ているのだとか。
バカンスだから、無理矢理に起こす必要もないだろうと侯爵家の侍女さん方に放置されているとのこと。討伐遠征の時はどうしていたのか謎だけれど、あの頃のロザリンデさまなら我儘放題で言いたいことを言っていたのだろうなあと目を細める。
朝食を終えて一時間強、天幕の側で私がぼやくとリンが耳聡く声を拾った。
「なにもしなくて良いんじゃないかな」
リンが私の疑問に答えてくれたけれど、なにもしないというのは性に合わないというか。ゆっくりする時間があったとしても本を読んだりしている。ようするにじっとしているにしても、何かしらの行動をしないと落ち着かないというべきか。
「せっかく遊びにきたんだし、もったいない気がして……あ!」
釣りも良いなあと考えたけれど、昨日のバーベキューで食べちゃったから無駄にお魚さんを釣っても仕方ない。食べたきゃ獲るという方向性。腐って食べないまま廃棄なんて、あっちゃならないことだから。
「どうしたの?」
リンがこてんと首を右に傾げた。それを見たクロもリンと同じ方向にこてんと首を傾げる。
「リンは泳げる?」
王都に泳げる川は存在しておらず、王都の外に出れば川は存在するものの『大河』だから、初心者が泳げるような場所がない。そもそも討伐遠征中だから、泳ぐ暇なんてないけれど。渡河が可能な川を渡ったことがあるけれど、水深の浅い場所で馬や人が溺れない浅さなのだ。
「どうだろう。泳いだことなんてないから。ナイは泳げるの?」
「今の私だと泳いだことはないけど、前は普通に泳げたよ」
教会のお風呂でリンと一緒に顔を浸ける訓練を一緒にしたことがあるけれど、最初は顔を水に浸けるという行為が慣れないらしい。大雨が降って大洪水になることだってあるだろうし、溺れて死んじゃうようなことがないようにという気持ちからだったけれど、泳げる場所がないので水に顔を浸けるだけで終わっていたのだ。
前世であれば学校の授業で泳ぎを習うけれど、学院の授業で習うことはない。そういえば騎士科の授業内容に入っていないのだろうか。疑問に思ったのでリンに聞いてみると、そんな授業はないとのこと。折角、海に来ているのだから泳いでみるのも一興だろう。
森の中に入れば川もあるし温水が湧き出ている場所もあるはず……地形が変わっているから消えている可能性もあるな。流石に今日はお風呂に入りたいから、以前訪れた温水が湧き出ている場所に行きたいけれど。ダリア姉さんとアイリス姉さんに聞いてみよう。海水に浸かるとべとべとになるから、シャワーは無理でも水浴びくらいは済ませたい。
南の島ということで水着も持参しようとしたものの、水着を取り扱っている商人さんを屋敷に呼んで見せて貰うと水着の概念が随分と古かった。囚人が着るような縞模様のアレである。学院の制服は随分と現代的なのに、どうして水着はこんな古典的な代物なのか。
ただ商人さんにとってこれが普通であり、生地はお貴族さま向けとして良い物を使用している。呼びつけたのになにも買わないのは悪手だろう。ミナーヴァ子爵がなにも買わなかった店と評判が立っては申し訳がない。単純に私のセンスと時代のセンスが合わなかっただけで、商人さんは悪くないのだから。
無論、商人さんに悪意があるならばそんなことはしない。裏があるなら、リンが気付くし、ソフィーアさまとセレスティアさまに家宰さまもそんな商人さんは紹介しないだろう。そんなことから、子爵邸に招いた商人さんは普通の服も取り扱っていたので、ジークとリン、クレイグとサフィールに似合いそうな物を選んで買ったのだ。孤児院へ寄付できそうなものもあれば良かったけれど、流石にお貴族さま向けの服を新品で届ける訳にはいかないと自重した。
「泳げるんだ、凄いよナイ!」
「まだ分からないよ。前が泳げたってだけで、今は泳げないかもしれないからね。――ということで、海で泳いでみようよ、リン。水着替わりの服は持ってきているんだし、泳がなきゃ勿体ないから」
珍しく迷っていそうな顔のリンを見上げる。
「泳げるかな……」
リンが自信なさそうに言っているけれど、運動神経は抜群だから直ぐにマスターしそうだ。私も今の身体で泳げるかどうかは確かめておきたい。
この先なにがあるか分からないし、竜の方の背中から落っこちて海に転落ということもあるだろう。泳げないと知っておけば、対処を急いでくれるだろう。他力本願だけれど。時間は沢山あるのだから、今日泳げなくとも徐々に慣れていくこともできるし。
「教えるよ。リンなら直ぐ泳げるでしょ」
リンの手を握って私は天幕の中へと導く。着替えをしようと服を脱ごうとすると、クロは慌てて外へと出て行った。リンと二人で着替えて、外に出て浜辺を目指して歩き始める。外に出ていたクロが私たちに気が付いて戻ってきた。幸いにも波は高くないし、溺れると竜の方が助けてくれると思う。
『ねえ、ナイ。ボクも泳げるかな?』
クロは私の肩には乗らず、自分で飛んで私の隣を進む。竜が泳ぐってネッシーかなにかかと、くだらないことを考えてしまったが頭を振って打ち払う。竜の方が泳いでいるイメージは全くないうえに、私に聞かれても困る質問のような。
「その前に、クロ。――竜って泳ぐの?」
犬かきならぬ、竜かきでならば泳げるのだろうか。人間ではないし、人間の泳ぎ方では無理だろう。うーん、やっぱり犬かきだろうか。四つ脚だし、泳ぎ方を参考にするなら犬だよねえ。カバが泳ぐのが得意だけれど、竜はカバじゃないし。
『わからない。体が大きくて水面から顔がでちゃうしね』
クロは首を捻りながら私に答えてくれた。ディアンさまとベリルさまは巨大竜だけれど、クロが生まれ変わる前のご意見番さまの全盛期は超巨大竜だったらしいから。自由に空を飛ぶことができるのだから海ならみたことがあるはずだけれど、泳ごうとしたことはなかったようだ。
「とりあえず、海は目の前なんだからみんなで泳いでみよう」
あれこれと考えても仕方ない。海は目の前にあるのだから。
「うん」
『そうだね』
リンとクロが頷いて、浜辺へと辿り着くのだった。