0572:沈む陽。
2022.11.11投稿 2/2回目
ダークエルフさんたちが用意してくれたバーベキューをみんなで楽しんだ。この時ばかりはお貴族さまとか平民とかに拘ることはなく。侍女さんたちも合間を見て交代で楽しんでいたし、私たちもダークエルフさんが取り分けてくれるお肉やお野菜を食んで、満足するまで堪能して昼食を終えた。
その後は大豆と麦を蒸して暗所に保管。しばらく放置して麹菌ができないかどうかを試す為に、メンガーさまとフィーネさまから教えて頂いた方法を手順通りに行った。失敗が続くようなら魔力を注ぎ込むのも一つの手ではあるけれど。方法としては邪道のような気がしてならない。
せっかくメンガ―さまとフィーネさまが苦労をしながら思い出してくれたのだから、魔力という力技で解決するならば最初からそうしておけ、と言われそう。
「……終わった。成功するといいなあ。ジーク、リン、クレイグとサフィールも手伝ってくれてありがとう」
ガテン系のお兄さんみたく頭に布を巻いて作業を終えた。火を起こして、水を張った鍋の上に蒸し器を置いてどうにか蒸せた麦と大豆。つまみ食いをしてみたけれど、味がしなかった。菌が好む環境である、高温多湿の暗所は人工的に作った。
高温多湿は島自体の特性だけれど、四六時中の暗所は人の手で作り出さないと無理だったから。黒い布を重ねてテントのように張って、蒸した麦と大豆を中で広げて放置してあとは待つだけ。地味極まりないけれど、これが一番大事な作業なのだとか。
「本当に食い気だけは誰にも負けないな。……いいんだけどよ」
「誰かに迷惑を掛ける訳じゃないからね」
クレイグとサフィールが声を上げた。クレイグの突っ込みはいつものことだし、サフィールのフォローになっているのかよく分からない言葉もいつものこと。ジークとリンは黙ったまま片付けをしていた。クレイグとサフィールの声を聞きながら、私もジークとリンの作業を終えると陽が沈む時間になっており、浜辺に出て沈む夕陽をみようと幼馴染組で眺めようと急ぎ足で戻る。
「……綺麗」
浜辺に座り込んで、ぼーっと海を眺めていれば勝手にそんな言葉が口から出ていた。思えば、こちらの世界に生まれる前は必死こいて生きていたから、海に訪れてゆっくりと景色を楽しむ時間なんてなかった。学生時代は荒れていて、街中を悪友たちと一緒に闊歩していたし、社会人時代は働き詰めだったから。
こちらの世界に生まれてからは、孤児時代は生きるか死ぬかの瀬戸際だったし、聖女として働き始めると、討伐遠征や治癒院の参加で忙しかったから。
魔物の発生が落ち着いているという理由もあるけれど、こうしてゆっくりと流れる時間を楽しめることは滅多にない。時間が過ぎるのが早いのも楽しいけれど、まったりとした時間を味わうのもオツだなあと、水平線に半分沈んだ陽を眺める。
『綺麗だね』
肩に乗っているクロがぐりぐりと顔を擦り付け、膝に抱えているロゼさんがぽよんと揺れて、隣で伏せして寝ているヴァナルが尻尾で私の背を軽く叩いた。
「だな」
「だね」
ジークとリンが私の言葉に同意して、静かに沈みゆく陽に目を細めている。
「アルバトロスで見るよりも大きいな」
「言われてみるとそうかも」
クレイグとサフィールは陽の大きさが気になるみたい。そういえば陽の大きさなんて気にしたことはないなあ。住んでいる星の自転と公転で大きさが変わりそうだし、夜は月もどきの衛星が二つ空に輝いているし。今まで流していたけれど、本当にファンタジーな世界だ。私の肩には竜がいて、膝の上にはスライムさん。横にはフェンリル。
空飛び鯨も初めてみたし、エルフさんたちもダークエルフさん、ドワーフさんたちもファンタジーの代表だ。亜人で一括りにしていたから気付くのが遅かったけど。
「夜のご飯はなにかなあ……」
バーベキューも美味しかった。みんなでわいわいとお喋りをしながら食べるのが楽しいし。夜は料理長さんが推薦してくれた料理人の方が腕に縒りを掛けてくれるとのこと。ダークエルフさんが島で採れたお肉や果物を譲ってくれたので、結構豪華になるらしい。
魔力が満ちているから、動植物の生態が活性化されていて乱獲しない限りは大丈夫とのこと。頭数管理をしているので、狩りを行う場合は狩猟数を教えて欲しいとも伝えられている。
お魚さんを釣る気は満々だけれど、島で動物を狩る予定はない。ソフィーアさまとセレスティアさまはお貴族さまということで、弓を借りて狩りに興じるみたいだけれど。本来のお貴族さまの狩りって、馬に乗って狩猟犬で追い詰めるんじゃなかったかな。本人たちが楽しんでいるならば外野が口を出すことじゃないか。
「お前はまた飯か! ちょっと感傷に浸ってた俺の気持ちを返せ!」
クレイグが呆れ顔で突っ込んだ。
「え、クレイグって感傷に浸ることなんてあるの!?」
クレイグが感傷に浸る姿が思い浮かばないのだけれど。今だって普通に沈む陽を眺めていただけだし。
「あるってーの!!」
「じゃあなにを考えていたの?」
「馬鹿、聞くなよそんなこと! ――ほら、腹減ったんだろ? 行くぞ!」
あれ、悩みでもあるならば聞いてみようと試みたのに、初手で失敗してしまった。教会の懺悔室を担当しているシスターたちや神父さまたちのようにはいかないか。あちらは口八丁で相手を丸め込んで……いや違う。悩みを打ち明けにきている人だから、話を聞き出すこと自体は簡単だろう。問題は解決方法や心を楽にすることが難しいことかな。
腰を下ろしていた浜辺から立ち上がり、手やお尻に付いた砂を払う。聖女の衣装ではなく、平民服――質は格段に上がっている――なので気楽なものだ。料理人さんが用意してくれた晩御飯。料理長さんの代わりに腕に縒りを掛けたと自信満々で言い切っていた。公爵家と辺境伯家と侯爵家の料理人さんたちと意気投合した合作なのだとか。
島の施設は限られているので調理場が必然的に一緒になり、初日から料理についてのあれやこれを協議していたらしい。亜人連合国の方々も食すると聞くと、料理人さんたちが少し顔色が悪くしていた。これから一ヶ月は島に居るのだし慣れるだろうと、触れずにおいたけれど。
夕食を終えて、思い思いに過ごしている時だった。
「ナイ、夜はどうする?」
ソフィーアさまが顔を出し、寝床はどうするのかと問いかけられた。こればかりは仲が良い幼馴染組でも、一緒に寝る訳にはいかない。小さな子供ではなく、孤児時代のように群れていないと誰かに襲われるという心配もないのだから。
「リンと一緒に天幕で過ごします」
リンと一緒に寝るのが無難だろう。隣に居たリンの顔を見上げると、確りと彼女が頷いてくれた。荷物が多くなった理由に、簡易天幕を用意したのが一つの理由にある。侍女さんたちに料理人さんに同行者の方々の分を考えると、仕方のないことだけれど。
ジークとクレイグとサフィールは同じ天幕で寝るので、安全面はジークが確保してくれるだろう。夜は見張り番を立てるようだから、人員を交代させつつ入れ替わりで役を果たす。強い魔物はいないから、クレイグとサフィールも夜番に立つんだって。
「そうか。――気が向いたらでいい。私も同じ天幕で寝ても良いか?」
ソフィーアさまが柔らかい笑みを浮かべながら聞いてきた。
「構いませんよ。二人でも広いですから」
問題はなにもないけれど、珍しいこともあるものだ。真面目なソフィーアさまが私になにかを強請るのは数えるほどしかないというのに。
「すまない。身分を取り払って話したいことがあるんだ」
ソフィーアさまと出会って一年強。色濃い時間を過ごしているから、そんな日がくるとしたら長い夜になりそうだと、彼女に頷くのだった。