0057:決意。
2022.03.23投稿 2/2回目
――何故、上手くいかない。
アルバトロス王国の第二王子として生まれた俺は、兄の予備として育てられ求められる基準も高い。帝王学をはじめとした外国語に剣術、魔術、他諸々。
幼い頃から遊ぶ暇も休む暇もあまりないまま、育てられてきた。父や王妃の期待には応えてきたし、強制的に宛がわれた婚約者とも貴族としてそれなりにやってきた。
『ヘルベルトさまっ!』
ピンクブロンドの髪を揺らし、若草色の丸い目を細めて笑う彼女の姿を幻視する。
「……アリス」
王立学院へと入学して直ぐ、無邪気な笑顔を向けて話しかけてくる面白い奴がいた。誰も彼もが俺を王族として扱い敬う中、彼女だけが俺を俺として見てくれる初めての感覚だった。
身分の高いものに、それも異性に安易に触れてはならないと教えられてきた。だというのに彼女はいとも簡単に、自然に俺の制服の腕を掴むとふんわりと笑い無邪気に楽しそうにする。
勉学で分からない所を教えてやれば『ヘルベルトさまは凄い!』とはにかみ俺を褒めてくれる。城をこっそり抜け出して街へと繰り出し二人で行った安い露店の食べ物を、美味しい美味しいと頬張る姿は見ていると自然に笑みが浮かんでいた。
本当に、こんな感情は初めてだったんだ。
「アリス……」
平民出身だというのに何の躊躇いも見せず俺に話しかける彼女に、何か裏があるのではと疑っていたがどうやら違う。
屈託もなく笑い、政治の話も経済の話も軍事の話もしないのだ、彼女は。ただ俺が素敵だとカッコいいと手放しで褒めてくれ、優しい所が好きだという。
生まれて初めて言われた言葉だった。
母から『愛してる』と言われたことはある。ただ上辺だけで言っていることは、どことなく感じていた。
父と望まぬ婚姻を求められ、義務と責任で望まぬまま生まれた俺に『愛してる』と言われても嘘だとしか思えない。父からは第二王子として国を父を兄を支えよとしか言われてこなかった。
誰も俺を愛してくれはしないのかと幼い頃は嘆いていたものだ。
アリスは今、王城の片隅にある幽閉塔の中へと閉じ込められている。俺や俺の側近候補に近づき魔眼で誑かしたという理由で、だ。
彼女が俺たちに害をなした訳でもない。王国に異を唱えた訳でもない。それなのに俺の婚約者であるソフィーアや側近たちの婚約者たちは揃って声を上げ『その女から離れるべき』だと。
そしてアリスにまで詰め寄ると、彼女と同じ平民で聖女の地位に就いている女までアリスに意見し、あまつさえ彼女を泣かせた。
ソフィーアにも平民の女にもアリスを困らせるなと注意をしたが、反省した様子もなく平然とした顔をしたままで、何を考えているのか全くうかがい知れない。
感情を露にするアリスの方が万倍も良い女だと、再認識させてくれたことには感謝するが、彼女を虐めて良い理由にはならない。
そして、彼女が貴重な魔眼持ちなど俺を、俺たちを騙す為の理由に違いない。
そう言えば俺がアリスを愛している気持ちは偽物で、彼女を諦めさせる為の嘘方便なのだ。
「――……必ず、助けるからな」
そう。父が用意した婚約者など知るものか。愛した女一人助けられないで、何が第二王子だ。しかし彼女をどう助ければいい。城の警備は厳しい。さらに幽閉塔の警備ともなればさらに警戒しているだろう。
俺が近づけば簡単に近衛騎士や騎士の連中に見つかり、連れ戻されるのが目に見えている。どうすれば、いい。
――ああ、そうか。
王族を誑かしたというならば、王族でなければいいのではないか。この国の第二王子という椅子に執着心はない。生まれた先がたまたま王族で、そうであろうと虚勢を張っていただけである。
愛している女と平穏にどこか片田舎で暮らすのも悪くはないのではなかろうか。――ああ、そうだ。良い方法があるじゃないか。
そうだ、アレをやってしまえば俺は解放されるだろう。そして彼女も解放されるに違いない。
だからまだ我慢をしよう。舞台は俺が謹慎処分から解放された数日後にある行事でやればいい。誰も彼もが俺に情報を与えようとしないことが気掛かりではあるが、幽閉塔であれば食事や暇つぶしの本が与えられると聞く。
今すぐ助けたい衝動に駆られるが、今行動に起こしても取り押さえられるだけだ。彼女には申し訳ないが、我慢してもらうしかない。
そうすれば大勢の人間の衆目に晒され、アリスの無実も俺の愛も証明される。
父も兄も公爵家も目を瞑るしかなくなるだろう、と俺は自室のベッドに腰掛けて笑いが止まらなくなるのを抑えきれなかった。
ちょいと補足。魔眼効果と恋愛脳で殿下はブースト掛かっておりまする。こういう時の一人称は不便ですねえ(汗