0564:置いて行ってごめんなさい。
2022.11.07投稿 2/2回目
子爵邸の家庭菜園から亜人連合国のエルフの方たちの畑へ長距離転移を一度で済ませ、辿り着いた。
ロゼさんがいつの間にこんな長距離転移を扱えるようになっていたのか疑問だけれど、副団長さまに教わった可能性があるし、副団長さまの所為にしておけば心の安寧が保たれる気がする。決して私の魔力量の多さが原因ではないのだ、うん。
畑の妖精さんは無事に亜人連合国の畑に居付いたようで、消えずにご機嫌な様子で畑にラディッシュの種を蒔いている最中だ。畑に居たエルフのお姉さんを驚かせてしまったが、お婆さまが一緒に居たことと以前に面通しは済ませてあるので不審者にカウントされずに済んだ。暫く待っていると一緒にこちらへ向かうはずだったダリア姉さんとアイリス姉さんが姿を現した。
ふふふ、とにこやかに笑って片手を頬に添えているダリア姉さん。む、とした顔で私を見るアイリス姉さん。あれ、なんだか雰囲気がいつもと違うような。お二人の少し後ろを歩くエルフのお姉さんが、わたわたしていた。
「ナイちゃん、私たちを置いていくなんて酷いじゃない。お姉さん悲しいわ」
「そうだよ~。待っていたのに、どうして先に行っちゃうかな~」
どうやらロゼさんの転移魔術でこちらへ向かったことが不満のようだ。お婆さまにも急かされ、ロゼさんにも急かされたので仕方ないけれど、あの場を取り仕切っていたのは私だし、連絡もなしに約束を反故にしたのも私だ。責められても仕方ないと腹を括る。
「ダリア姉さん、アイリス姉さん、予定を破って申し訳ありませんでした」
私は直角九十度に腰を折ってお二人に頭を下げると、肩に乗っていたクロとお婆さまが驚いて空に浮いた。ごめんと思いつつも、先に謝るべきはお姉さんズである。しばらく頭を下げていると、お二人の困ったような雰囲気が漂ってくる。
「ごめんなさい、ナイちゃん。まさか真面目に受け取ってしまうなんて考えていなくて」
「ごめんね~。冗談で返してくれると思っていたから。――というか、私たちとは気楽で良いんだよ~」
お二人の言葉が頭の上から降り注ぐ。頭を下げている私の頬に手が添えられて、ゆっくりと頭を上げるように導かれた。お二人のどちらかだろうと考えてはいたが、ダリア姉さんの手だったようだ。困ったような顔を浮かべているダリア姉さん。あれ、ダリア姉さんしか視界に移っていないことに気付くと同時に後ろから衝撃が走った。
「私たちは怒っていないからね~」
クロが私の肩に止まっていなかったのを良いことに、アイリス姉さんに後ろからむぎゅむぎゅと抱きしめられた。ダリア姉さんの後ろに控えているエルフのお姉さんが何とも言えない顔を浮かべているのだけれど、その感情は一体どういうものだろうか。
『今の調子なら畑の妖精はこっちに居付いてくれそうね!』
お婆さまが私の頭の上に乗って、嬉しい言葉を告げた。どうやら、畑の妖精さんの移住計画は成功したようだ。クロは私の肩にとまることができず、諦めてリンの腕の中に避難している。てしてしと尻尾を揺らしているから、リンが痛くなければいいけれど。
「お婆からお墨付きを貰えたなら大丈夫かしら。私たちも楽ができるし、反物の製作に力を入れられるから有難いことね」
「本当にね~。アルバトロスの許可は下りたの?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが私を見る。アイリス姉さんは後ろから私を抱きしめているので、顔を真横に付けて覗き込んでいる形だ。
「はい。陛下を始めとしたアルバトロス上層部の方々から許可を頂くことができました。ただ、条件付きでしたが……」
許可は下りたものの、アルバトロスにはアルバトロスの都合があるからと条件が示されていた。記された内容はそう難しいものではないけれど、亜人連合国の方々の考え方次第だろう。ぶっちゃけてしまうと、お願いという形なので強制性は低いから、どうとでも振舞える。
「条件?」
「なんだろう~?」
ダリア姉さんが首を傾げ、アイリス姉さんも首を傾げると、私も彼女たちと一緒に体が傾くことになった。
「流通制限を掛けたいそうです。出回り過ぎると直ぐに価値が下がってしまうから、と」
エルフの皆さまやドワーフの職人の方たちがどう売り出すのか不明だけれど、珍しい品物だから一気に価値を下げないようにしたいのだとか。
質の良い武器が出回れば、他国からの冒険者が買い付けに来る可能性もあると踏んでいるらしい。亜人連合国内では普通の価値でも、一歩外を出ると価値が上がることもあるから、いろいろとアルバトロス上層部も考えることもあるみたい。
人が集まることによって、宿屋に街道の整備、街の治安維持とか波及することが多いのだそうだ。
私は単純に亜人連合国の品物が売れるなら、良いことだと考えて気軽に打診をしたけれど、割と大事に発展しているみたい。
できればこの辺りの事情も亜人連合国の方たちに相談しておいて欲しいと、アルバトロス上層部から願われている。正式に国から打診はするけれど、知っていた方が話を通しやすいからと外務卿さまに真剣な顔で諭された。以前にも懸念事項を伝えていたが、確認は何度取っておいても良いだろう。話の擦り合わせで、前には出てこなかった話題が上ることだってあるだろうし。
「ああ、妥当じゃない? 私たちもおいそれと価値を下げる気はないのだし、最初はお金持ちからふんだ……代金を頂こうと考えているから、大丈夫よ」
「うん。それに同業の人たちにも迷惑がかかるから、あまりやり過ぎるなって代表に念を押されているからね~」
お二人に問題はないようだ。あとはドワーフの職人さんたちや竜のディアンさま方にも相談しておかないと。
畑の妖精さんが蒔いたラディッシュの種の芽がぽん、と芽吹いていた。あれ、子爵邸よりも早くないかな。子爵邸だと一晩おかなきゃ、芽吹くことはなかったというのに。畑の妖精さんと亜人連合国の土との相性が良いのだろう。自動で畑の世話ができることをエルフの皆さんは喜んでいるから、早く収穫できることを問題視しないだろう。
「さて、こっちはもういいわね。ドワーフたちの所に行きましょうか」
「行こう~」
今日は妖精さんのお引越しと、ドワーフさんたちに頼まれていた鞘に魔力を込める作業を済ませる予定だ。
転移魔術陣を使用して移動している所為で簡単に国を超えているが、本来ならば数ヶ月かけて、アルバトロスから亜人連合国に移動しなきゃならないんだよねえ。王族の皆さまが使っている転移魔術陣は、数か所の国を経由しないと辿り着けないから、一足飛びで移動できるエルフの方々が利用する転移術のレベルが高い証拠で。
「あ、ドワーフの職人の方たちとの用事が終われば、ディアンさまたちとも話を直接しておきたいのですが……」
代表さまの確認を取っておかないと、お姉さんズだけの許可だと心配だ。信用していない訳ではないけれど、お姉さんズがはっちゃけると止められないから、ストッパーが必要。
「代表が亜人側の代表だものね。分かったわ、連絡を入れておくわね」
「ありがとうございます」
「今度こそ、行こうね~」
肩を押されて、エルフの街からドワーフの集落へと移動する。とりあえず、畑の妖精さんたちの引っ越しが無事に終わって安堵するのだった。