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0563:お引越し完了。

2022.11.07投稿 1/2回目

 ジークに恋文が届いてから数日。彼に手紙を渡した女の子は返事が気になるようで、ジークと接触を試みたようだ。ジークは取り付く島もないまま『申し訳ありません、私は黒髪聖女の騎士です。誰かとお付き合いすることや、結婚は今の所全く考えておりません』と言い放ったそうで。女の子は涙目になりながら、頭を下げてジークの下を去ったのだとか。

 情報源はリンだった。私と離れている場合はジークと行動を共にして離れないから、そういう場面に出くわすことが多いようで。お兄ちゃんの恋愛事情を見るのはどういう気持だろうと考えたが、リンである。深くは考えてはいないだろうと、安易に想像がついてしまった。


 彼女のご実家である商家さんは、ものすごい勢いでラウ男爵に頭を下げにきたそうだ。……どうやら子供の行動を知らなかったようで、泣きはらした女の子を見てようやく事情を把握し、先の展開や商家さんの今後を考えて『ヤバイ』と判断したみたい。


 アルバトロス王国は梅雨が終わった。連日晴れ渡った青空が広がり、日差しも随分と強くなっていた。今日は子爵邸に住み着いている畑の妖精さんを、亜人連合国へと引っ越しを試みる。お婆さま曰く、亜人連合国側のエルフの方々の畑は、私の魔素が満ちているとのこと。

 妖精さんが一匹二匹死んでしまってもなにも問題ないから、取り敢えず挑戦してみようというのがお婆さまの言い分だった。


 子爵邸の家庭菜園畑の土を小さなプランターに移して、手には野菜の種を握っている。これで妖精さんを引き寄せて、プランターに種を植えて貰っている間に亜人連合国領事館へと移動し、魔法陣を利用させて頂き向こうに一足飛びする予定だ。私の後ろにはジークとリンもプランターを抱えて控えていた。


 『成功すると良いね、ナイ』


 肩の上に乗っているクロが、すりすりと顔を寄せながらそう口にした。


 「うん。妖精さんの死体なんて見たくないからね」


 『大丈夫よ、多分だけれど!』


 お婆さまも子爵邸に姿を見せており、クロが乗っている肩の反対側にお婆さまは陣取っていた。


 「お婆さま……。適当だなあ」


 本当に。妖精さんたちの長的な存在らしいのだけれど、扱いが悪いような気がしなくもない。お婆さま曰く、魔素や魔力の塊だから死んでも、また魔素や魔力が満ちれば蘇ると言っていたけれど……。それって同一人物なのかなあという疑問が湧くので、お婆さまのように割り切ることが出来ないでいた。


 試験が成功すれば子爵領にも妖精さんを移住する計画案もある。流石に不思議空間を領に住む方たちには見せられないから、空き地を利用して田畑を開墾して特定の人以外の立ち入り禁止にするけれど。

 子爵領も子爵領で、飼料用のとうもろこしさんを育てつつ、食用の甘いとうもろこしさんの生産もボチボチ始めている所だ。収入源が増えると気合の入っている方々が多いから、開墾作業も着々と進んでいる。統合された隣の領には子爵邸の家庭菜園畑で採れたお芋さんを種芋にして量産計画中。

 収穫までの期間が早いこと、収穫量が多いことで有難いと領で暮らす方たちに感謝された。単純に食い意地が張っている私が道楽で育てたものが、領でも育てられることになるなんて。一年も経たないうちに随分と計画が進んでいるのは、魔力がある世界だからだろうか。まあ、畑の妖精さんがいて、勝手に作物を育ててくれるのだから、収穫が少々早くなっても不思議ではないか。


 『タネクレ』


 『シゴトクレ』


 ちょこちょこと歩いて私に近づく妖精さん。ゆっくりとしゃがんで、なるべく視線を合わせようとする。毎度、社畜根性が染みついているなあと苦笑いをしつつ、手に持っていていた種を入れている袋の巾着口を開いて、妖精さんに見せながら口を開いた。


 「プランターでこの種を育てて欲しいのですが……」


 ちょこちょこと私に近づいてきた畑の妖精さんに袋の中に入っていた種を数粒渡せば、妖精さんは種を受け取ってプランターをよじ登った。仕事を貰って満足したのか、プランターの土をゆっくりと掘り返して種を植えている。次はジークとリンの番だ。二人に振り返って一つ頷くと、ジークとリンは私に倣って妖精さんをプランターに乗せ立ち上がる。

 でもコレ、待っている間に妖精さんが仕事を終えてしまいそうだなあ。種を植えた後は水を撒かなきゃいけないのだけれど、移動中に『ミズクレ』といわれると困る事態だなあ。アレコレ考えるよりも、移動してお隣さんに駆け込んで転移した方が早いかと一歩足を踏み出そうとしたその時だった。


 『マスター、ロゼがあっちまで転移する! 早くしないと妖精が畑に戻る!』


 ロゼさん、いつの間に亜人連合国まで一足飛びできるようになっていたのと驚くけれど、畑の妖精さんのことを考えると時間は掛けない方が良い。準備は既に済ませているようで、ロゼさんの下には魔術陣が浮き、魔力によって光り輝いていた。


 『なんだか癪だけれど、スライムと同意見ね! 急ぎましょ!!』


 お婆さまがロゼさんの言葉に同意しているから、ロゼさんの言葉を有難く受け取ろう。隣で待っているダリア姉さんとアイリス姉さんには申し訳ないけれど、緊急事態だ。お婆さまも一緒なので不法入国だと責められることはないはず。


 「ロゼさん、お願いします!」


 いきなりの転移で、私たちを向こうで待っている人たちが驚くかもしれないが、妖精さんの命を無駄にするのは御免被る。ロゼさんの周りに体を寄せ合うと子爵邸の景色が揺れる。

 ジェットコースターに乗った時のような、下腹がひゅんと抜けるような感覚に襲われると、目に映る景色が変われば亜人連合国のエルフの畑まで移動を終えていた。


 「きゃ!」


 エルフの畑で作業をしていた女性の方が、私たちが急に現れたことで可愛らしい叫び声を上げて驚いていた。誰かと思えば、反物を買い付けた時に私たちに対応してくれたお姉さんだ。急に転移してきた余所者が私たちだと分かって、胸を撫で下ろしていた。


 「驚かせて申し訳ありません。本当はダリア姉さんとアイリス姉さんとこちらへ参るつもりだったのですが、急遽予定が変更となりまして……」


 『驚かせたわね。妖精を連れてきたわよ!』


 エルフのお姉さんも事情を知っている方である。理由を話すと、直ぐに理解を示してくれたし、お婆さまが一緒だったのでなんとなく察しがついたようだ。


 「お婆、驚かせないでください」


 『ごめんなさいって言っているじゃない! 急がないとこの子たちが消えちゃうし、転移で一気にこっちにきたのは許して欲しいわね! ――って早く鉢から移してあげて!』


 お婆さまに言われるまま、地面にしゃがみ込みプランターを斜めにすると、畑の妖精さんがコロコロと地面に転がっていった。手をついて地面から立ち上がり、周りをきょろきょろと見回している妖精さん。

 ジークとリンも抱えていたプランターを地面に降ろして様子を見ていた。消えないかどうか心配だ。土地に合わなければ直ぐに消えてしまうと聞いているけれど、『直ぐ』といっても時間感覚は個人差がある。お婆さまの直ぐは一年の可能性だってあるのも捨てきれないのだ。ドキドキとしながら見守っていると、子爵邸から移住してきた畑の妖精さんは、亜人連合国の畑の土を吟味し始めた。

 

 『タネクレ』


 『シゴトクレ』


 土に納得したのか妖精さんは私の下に歩いてきていつもの合唱を始める。ポケットに入れていた違う種を入れた巾着袋を取り出して種を渡すと、喜んで受け取り地面に種を植える穴を掘って種を植えていた。種は収穫期間が短いラディッシュだ。料理長さんが添え物として使うことが多いので、子爵邸の畑で育てていたもので、種は王都の苗物屋さんで買い付けている。


 『ミズクレ』


 『ミズ……』


 「少し待っててね。――すみません、お水を頂けると」


 しゃがみ込んで妖精さんと話せば納得してくれたようで、合唱が止まった。エルフのお姉さんにしゃがみ込んだまま顔を向けると、にっこりと笑う。


 「はい、少しお待ちくださいね。あとダリアとアイリスに連絡を入れておきます。……――後が怖いので」


 エルフのお姉さんがダリア姉さんとアイリス姉さんを呼び捨てで呼称した。年齢が近いのか、仲が良いのかどちらかかなあ。

 最後の方がなにを言ったのか分からなかったので聞き直すと、少し慌てた様子でなんでもないと言われちゃったけれど。エルフのお姉さんが畑を離れて暫くすると、水を抱えたダリア姉さんとアイリス姉さんにエルフのお姉さんの姿が。勝手にやって来たことが若干後ろめたく、深々と腰を折って挨拶する私だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 〉豪商娘 慌てて謝罪に行くのが普通の反応です( ,,-`_´-)੭ੇ৸੭ੇ৸ けど謝罪出来る親なのに何故に娘には……(´•ω• ก`)?? 〉妖精さん 土地が違ってても仕事を要求する姿が…
[一言] 『ミ、ミズ…………』
[一言] もしかして、ジークが感情の籠らない口調で返事をして、振られる女子の視界に入る辺りでリンが無表情で立ってて威圧感を振り撒いてたんでない? ただでさえ二人は現役の騎士でもあるのだから、少しでも態…
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