0562:【後】ちょっとした小話。
2022.11.06投稿 3/3回目
ジークが恋文を受け取って三日。
恋文を受け取った当日に、ラウ男爵さまと子爵家の家宰さま、他もろもろの関係者に通達されていた。そこからの対応は早いもので、相手の子の身上調査やらが始まる。
平民とお貴族さまでも問題があるし、お貴族さま同士でも問題がある可能性があるから仕方ないとはいえ、自由に恋愛ができないことに少しもにょってしまうのは前世の記憶持ちだからか。
ジークが受け取った手紙の持ち主は豪商の女の子で、付き合うかどうかの返事をする価値もない相手と判断されていた。ただジークが未来を約束したいと思える相手ならば、付き合ってみても良いのではという言葉も同時に頂いている。
平民の皆さまの間では、お見合い結婚、恋愛結婚――ようするに自由恋愛が普通に受け入れられていた。爵位の低いお貴族さまたちにも最近は受け入れられているそうだが、メジャーではないとのこと。
ラウ男爵からはジークとリンに貴族家から婚約の打診がきているから、どうするのか教えてくれとも。
受けるも断るのも自由と告げられた辺り、相手の家は政治的価値の低い方なのだろう。
ジークとリンに春が来たなあと喜んでいたけれど、二人は『面倒』という顔をありありと浮かべていた。一方的に送られたものだし、恋愛に興味がなければそうなるかと私は苦笑いだったけれど。
幼馴染五人、子爵邸の食堂で朝食を取っていた。目の前には料理長さんたちが丹精込めて作ってくれた料理が並んでいる。夕食は侍女さんたちが配膳してくれるが、朝食と昼食は大皿に料理が盛られて取り分ける形式を採用させて貰っていた。
給仕の方が付いていると落ち着かないので、ちょっとした我儘をお願いしている。品数が多いし、おかずは美味しい。流石、料理のプロが作るだけはあるなあと、毎回美味しい、美味しいと食べていた。
「ジーク。返事はどうするの?」
私がジークに問いかける。報告を受けた昨夜は、相手の出自と対応の仕方を告げられただけで、本人がどうするのかは話題に上がることはなかった。
話をきちんと把握していないクレイグとサフィールは、なんだとジークと私の間で視線を行き来させている。ジークが手紙を受け取ったということしか知らないから、二人のその顔は不思議じゃないけれど、少し面白かった。
「済んだ話だろう。返事をする必要もない相手と判断されたなら、俺には関係はないからな」
ジークはすました顔で言い切った。確かに面識も興味もない相手からの恋文なんて困るだけだし、お貴族さまでもない相手に気を使う必要もないから。身分に上下がある国限定で、だけれど。身分制度は西大陸のほぼすべての国が当てはまる。ないのは亜人連合国くらいじゃないだろうか。外交窓口は必要だし、部族の代表として各人が選出されているようだが。
「そうだけど。ねえ、相手の子が返事を求めてきたら、ちゃんと答えてあげてね。ジークの言葉でいいからさ」
無理強いはできないし、私が言えることはこれくらいかな。思春期の男の子にこんなことを言えば『こいつウザい』と思われそうだが、恋文を送った相手の気持ちを考えると返事くらいはと願ってしまう。
「わかった」
ジークは一瞬だけ眉間に皴を寄せたから、私の言葉を良く受け取っていないなと苦笑い。本心を言わないことや喧嘩にならないだけ、ジークは精神的に大人なのだろう。返事の言葉が一刀両断の容赦のないものでも、はっきりとしたものなら次に進めるだろうから。曖昧な態度や言葉で示すより、誠意があるはずだ。
平民とお貴族さまという壁が邪魔をしているけれど、相手の女の子もこの世界で生きているのだから、ジークが断る理由は分かるはず。まあ、家を通さないで直接恋文を渡したことはお叱り案件かもしれない。
学院内ならばある程度は許されるかもしれないが、これ以上の行動は咎められるだろうし、公の場――学院も公の場だから妙な言い回しだが――であれば暴挙と判断されて周囲の人間に止められていただろう。
「なんだ、ジーク。堅物真面目なお前が恋文を貰うなんてなあ」
「確かにちょっと意外だね。ジークは貴族になったから、男爵家を通したものなら話は分かるけれど」
クレイグとサフィールが食事をほとんど食べ終わったので、会話に加わった。興味もあるのだろう。ジークを見ながら、からかいの表情を浮かべている。
「男爵家を通してくれれば、こんなことにはならなかったんだがな……――」
婚約話はラウ男爵家の籍へ入ってからしばらくした後、ようするに亜人連合国に赴いて戻ってきて少し経った頃から舞い降りていたそうだ。ラウ男爵には断って欲しいとお願いしていたのだとか。最近は舞い込んでくる見合い話も増えて困っているのだとか。
「貴族なら適齢期だしな。婚約者がいねえなら相手探しは必死になるか。ジークとリンは騎士でナイの専属だからな。ナイを直接狙うことは出来ねえだろうし、手近なところを攻めている、とかか?」
片肘を付いた手を顎に乗せながら告げるクレイグに驚きを隠せない。え、ジークとリンはイケメンと美女だからモテていたんじゃないのか。二人は確かに私の功績に連なっているから、そういう解釈もあるのだろうけれど。
「だろうな。今回は、ラウ男爵に伝手がなかったんじゃないか」
ジークはクレイグの言葉に同意して、夢も希望もないことをサラッと言い放った。さっき説教じみた言葉を発した私が恥ずかしいのだけれども。
「相手の子も大変だね。家からの命令かもしれないし、抜け駆けしたことが噂にならなきゃいいけれど……リンにはその手の話は舞い込んでいるの?」
サフィールまで夢も希望もないことを言い始めちゃった。確かに家からの命令も捨てきれないから、恋文を貰ったと単純に浮かれることは難しいか。最後はジークからリンに興味が向いたのか、サフィールが彼女に視線を向けながら問いかけた。
「うん。でも、全部断っている。私はナイの騎士だから」
リンは相変わらず即答して、相変わらず私を一番に考えている。有難いけれど、自分の幸せもきちんと考えてね。まだ十五歳だから早いのかもしれないが、二十歳を超えると行き遅れといわれる場合もあるからね。
「リンらしいね」
サフィールがくすくすと笑いながら、私を見る。そんな彼に私は肩を竦めて、やれやれと苦笑い。
「つーか、それならナイの所に舞い込んでいてもおかしくねえんじゃないか?」
クレイグがはっと思いついたように、私に声を掛けた。
「話はきてないよ。そういえば全く聞かないね?」
亜人連合国に赴いたあと冒険者ギルドで休憩している時に、外務卿さまと陛下が私に舞い込んできた釣書を仕分けていたけれど、あれも結局どうなったのか分からず仕舞いだ。もしかして、公爵さま辺りに握りつぶされているのかな。公爵さまなら国に益を齎す相手じゃないと認めなさそうである。
「僕たちに疑問で返されても困るよ、ナイ」
クレイグに向けていた視線をサフィールに変えると、彼は困った顔をして言葉を放った。まあ、私も返答に困るから、誤魔化す為に疑問形で聞いたから。
「ナイが誰かと連れ添っている所なんて、想像つかねーな!」
クレイグが椅子の背凭れに体重を預けて、両腕を頭の後ろに回してにっと不敵に笑う。揶揄われているな、と思いつつも幼馴染の言葉である。腹は立つこともなく平然と受け入れて、彼と同じように不敵に笑みを浮かべた私。
「私もクレイグが女の子と一緒に居る姿が思い浮かばないけどね!」
「失礼だな!」
はいはい、言い合いはそこまでにしようねと止めるサフィールの言葉に頷くクレイグと私。自由恋愛は難しいご時世なのかもしれないが、幼馴染の彼ら彼女にいい出会いがありますようにと願うのだった。
微妙な顔をしながら、私を見ているジークのことなど全く気付かないまま。