0561:【中】ちょっとした小話。
2022.11.06投稿 2/3回目
馬車から降りて学院の正門を目指そうと前を向くと、凄く機嫌のいいセレスティアさまの姿。彼女の横にはヴァナルがちょこんとお座りして私たちを待っていた。私の姿を確認するとセレスティアさまが歩き出し、ヴァナルも一緒に歩き始めてこちらへと歩き始める。
セレスティアさまが私の前で立ち止まり、ヴァナルは私、ジーク、リン、アリアさまの順番でくるりと一回りして、私の影の中に入った。ソフィーアさまがこの場に居れば、私の後にソフィーアさまの周りをまわってジークたちへといったのだろう。何気にきっちりと序列を理解しているのは、群れ社会で生きてきた狼時代の記憶があるからだろうか。
「セレスティアさま、おはようございます。ヴァナルはご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「おはようございます、ナイ。迷惑などとんでもない、わたくしの言うことをちゃんと聞いてくださいましたし、約束通り一緒に寝ましたわ!」
セレスティアさまは鉄扇を広げ口元を隠してから、ふふふと笑う。迷惑は掛けなかったかもしれないが、ヴァイセンベルク家のタウンハウスで働く人たちは驚いただろうなあ。
その辺りを聞いた方が良いのか、聞かない方が幸せなのか。武闘派と名高い辺境伯家で雇っている方たちならば、問題ないかなあ。セレスティアさまが幻獣や魔獣が大好きというのは周知の事実である。
「それは良かったです」
エルとジョセのことは一時的に忘れているのか、それとも思い出さないように振舞っているのか。落ち込んでいるセレスティアさまなんて似合わないから、カラ元気だとしても嬉しいかな。そうこうしているうちにソフィーアさまが私たちと合流。
いつものメンバーで各教室を目指し、授業を受けると昼休みの時間になった。料理長さんに作って貰ったお弁当を手に取って、中庭を一目散に目指す。仕事でも学校の勉強でも、一番の楽しみはお昼ご飯だ。みんなでワイワイと食べるのは楽しいし、今日はアリアさまも一緒だ。
ソフィーアさまとセレスティアさまは食堂で済ませるとのことで、途中で別れている。次の機会があれば一緒に食べようと約束をしたので、子爵邸で打ち合わせをしなければ。こうしてお弁当を持ち寄って食べる機会なんて、学生時代だけだろうし、今のうちにしかやれないことはやっておくべきだろう。何十年も経って、懐かしいと茶飲み話になるのだろうから。
中庭のいつもの場所に着くと、まだ誰もいなかった。授業でも長引いたかなあと、芝生の上にハンカチを敷いて腰を下ろす。肩の上に乗っているクロがきょろきょろと辺りを見回して、誰かこないかの確認をしている。
ぺしぺしと尻尾を揺らしながら器用に前脚を浮かせているのだけれど、よく落ちないな。爪を立てている訳でもないし、本当に不思議。昼休みなので、ロゼさんとヴァナルが私の影の中から飛び出てくる。今日は梅雨晴だから、日向ぼっこは気持ちいいよねとロゼさんのつるんとした体をなで、ヴァナルのふさふさな体も撫でた。
なにか楽しい話があればいいけれど、と考えながらみんなが来るのを待っていると、一番に顔を見せたのはアリアさまだった。
「ナイさま、お待たせしました! ジークフリードさんとジークリンデさんは?」
アリアさまは急いでやってきたのか、少し息を乱していた。そんなに急がなくてもお弁当は逃げないのにと苦笑いを浮かべる。
ジークとリンなら必ず来るから、そう心配しなくても。まあその辺りは付き合いの長さ故だから、仕方ないのか。きょろきょろと周りを見渡すアリアさま。クロみたいだなと思ったのは仕方ない。
「まだ来ていませんね。二人が遅くなるようなら先に食べてしまいましょう」
軍の人や騎士の方は常在戦場を常としていて、早食いを心がけている。ジークとリンもお弁当を平らげる時間はかなり早い。
ちゃんと噛んで食べなよと伝えても、私が食べている間に平らげているから。ラウ男爵夫妻との月に一度の食事会では、ゆっくりと食べているようだけれど、本当に大丈夫なのかどうか。二人も騎士としてテーブルマナーは習っているから、恥は掻かないはずだけれど付け焼刃だから。
「あ、せっかくなら一緒に食べ始めたいなあと……」
アリアさまも芝生の上にハンカチを敷いて、私の隣に腰を下ろした。確かにみんなと一緒に食べようと楽しみにしていたのだから、手を合わせるタイミングは合わせた方が良い。
「なら、もう少し待ってみましょうか。授業の終わりが少し遅くなっただけかもしれませんしね」
「はい!」
アリアさまが威勢よく返事をしてくれてから、待つこと五分。背の高い赤毛のそっくりな顔が並んで、私たちの下へやってきた。
ジークとリンの右手にはお弁当箱が下げられている。少し違和感を感じてジークの左手を見ると、手紙を握っている。今まで手紙なんてジークが持っていることはなかった。何故と首を傾げるけれど、授業で受け取ったのかもしれないし、無粋に突っ込むのも気が引ける。
「すまない、待たせた。――待たせて申し訳ありません、フライハイト嬢」
「ナイ、お待たせ。――ごめんなさい」
ジークとリンが私とアリアさまに頭を軽く下げた。学院だから、聖女として貴族として扱わないで欲しいと言っているから最低限のものだ。
「気にしないで。二人とも座って食べよう」
「私も気にしていませんから! 皆さんとお昼ご飯を一緒に食べるのが夢だったんです、願い事が一つ叶いました!」
アリアさまはジークとリンを見上げて、にっと笑った。彼女は子爵邸の別館で生活しているけれど、ご飯は分かれているから。幼馴染組で一緒に食べていると聞いて、何か思うことでもあったのだろうか。
ご家族と離れて暮らしているし、寂しいこともあるのだろう。私だって、家族と思っている四人がどこか遠くへいったりすれば寂しいから。アリアさまは叶えるべき目標を沢山持っているそうだ。で、その内の一つが今日叶ったのだって。
芝生の上にハンカチを敷いてジークとリンが座る。この面子となると話の中心はアリアさまだ。人懐っこいというか、物怖じをしないから言葉少ないジークとリンにも話を振ってくれる。
ジークは無難に言葉を返し、リンは言葉短く彼女の問いに答えていた。ジークとリンはアリアさまと私がまだ食べ終えていないというのに、お弁当箱の中身を空にさせていた。いつの間にと不思議になるけれど、早食いは騎士としての基本といわれるだけだから気にしてはならない。アリアさまが目をぱちくりさせているが、気にしちゃならないのである。
「ナイ」
「どうしたの、リン」
リンが誰か居る場所で――今の場合はアリアさま――私に問いかけてくるのは珍しい。リンは誰かいると黙り込んで、居なくなった後になにか言いたいことを伝えるのがデフォなのだけど。
「兄さんが、恋文を貰ってた」
「……リン!」
リンの言葉にジークが語気を強めて咎める。私には知られたくなかったのだろうか。もしかして今日来るのが遅れた理由はそれかな。左手に握っていた手紙がソレだとしたら納得できる。しかしまあ、ジークに春がやってきたのか。
ジークが恋愛を楽しんでいる所を想像できないけれど、好きな相手や興味のある女の子とデートするくらいなら問題はないだろう。お貴族さまだから、制約は多いだろうけれど理由さえあればデートくらいできるだろうし。
「あれま」
「わあ! 素敵です!」
手紙の中身が気になる所だけれど、当人同士の問題だから……といいたいけれど、私たちはお貴族さま。手紙を受け取って良いものかの判断もつかないうえに、敵対している家の女の子ならお付き合いは無理だろうし、ラウ男爵さまたちに相談案件かな。ジークはどう考えているかも気になるけれど。
ジークは微妙な顔、リンは言いたいことを言った為普段通りの態度、アリアさまは喜んでいる。とりあえずは、相手がお貴族さまかの確認やジークがどうしたいのかを聞き出してから、ラウ男爵に相談だねえと告げる。お貴族さまというものを理解している面子だからか、私の言葉に頷くジークとリン。アリアさまは少し残念そうだけれど、ちゃんと立場を理解できている子なのでそれ以上は何も言わなかった。
恋バナに花を咲かせられないのはしょうがないことだよねえ、と梅雨晴れの空を見上げるのだった。






