0556:【前】ドワーフ職人さんの道楽。
2022.11.04投稿 2/2回目
二年生の一学期が始まって二ヶ月が経った。建国祭も無事に終えて長期休暇までは平穏な日々を過ごせそう。学院外での予定が詰まっているけれど、楽しいことばかりだから問題ない。
お醤油さんの開発も進める予定だし、バナナさんの品種改良にマンゴーさんの収穫。子爵領で育てているオレンジさんやとうもろこしさんの作地面積増加作業。ダリア姉さんとアイリス姉さんからお願いされた、物件探しとアルバトロス上層部への折衝。
子爵邸に住む畑の妖精さんの引っ越しも近々に予定されている。今日は学院がお休みで、亜人連合国に赴きドワーフの職人さんたちと剣に魔力を込める。その為に自室で余所行きの服に着替えようと、侍女さんたちの介添えを受けていたのだけれど……。
「えっと……亜人連合国に赴くなら私服で良いのでは?」
侍女さんたちに囲まれて着替えをしているのだけれど、珍しくソフィーアさまとセレスティアさまが同席していた。彼女たちは既に着替えを済ませており、私付きの侍女としてどこかに赴く際の格好だ。
仕事着となるのでかっちりとしたスーツのような服を、見事に着こなしている。顔立ちが確りしているので、男性ぽい服でも似合っているから羨ましい。仕事だというのに胸には黒薔薇が差されてある。ジークとクロとロゼさんとヴァナルはお着換えの最中は部屋の外に追い出されているのだが、教会騎士服を着たジークの胸にも差さっていた。部屋の隅で私の着替えを見守っている、リンにももちろん黒薔薇が飾られている。
「エルフのお二人からの要望でな。聖女の衣装で赴いて欲しいとのことだ」
「剣を鍛えるのは神聖な儀式と捉える方もいらっしゃいますから。そういう意味で、ナイに要請したのかもしれませんわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれた。ダリア姉さんとアイリス姉さんは私に直接伝えると嫌がると考えたのか、侍女であるお二人に用件を伝えたようだ。確かに直接伝えられていれば嫌な顔をしていたかもと、お姉さんズの気遣い……単純に驚かせたいか私が拒否することを危惧しただけかもしれない。
「行きましょう」
「ああ」
「はい」
着付けが終わると、ソフィーアさまとセレスティアさまに声を掛ける。リンには視線だけで『行こう』と伝えると確りと頷いてくれた。部屋の外で待っていたジークにも声を掛けると、彼の頭の上に乗っていたクロが私の肩の上に飛び乗る。ロゼさんとヴァナルは影の中へ飛び込んだ。
途中、調理場に寄って料理長さんたちに頼んでおいた品物を受け取る。ドワーフ職人さんたちへ向けた差し入れなのだけれど、喜ばれるといいなあ。そうしてお隣さんへ赴き、ディアンさまとダリア姉さんとアイリス姉さんに迎え入れられる。
「ドワーフの職人たちは君が来るのを楽しみにしていてな。もてなし出来なくて済まないが転移を頼む」
ディアンさまは申し訳ない顔をしながら、転移魔法陣がある部屋を指差した。ドワーフの職人さんたちの下へ向かう予定なのだから、問題はない。挨拶もほどほどに亜人連合国と領事館を繋ぐ転移魔法陣の上に乗って、一足飛びで大陸北西部の亜人連合国へと辿り着いたのだった。
『聖女さま~』
『久しぶり』
亜人連合国に着き外に出ると、小型の竜の方たちが私たちを迎え入れてくれた。今日はディアンさまが一緒だから、私がこちらに来ていることを知ったのだろう。大きい竜の方たちも空を自由に飛んでいて、壮観な光景となっている。亜人連合国の方は気にしていないけれど、こうして竜の方を見上げるのはなかなかできないことだから。
無邪気に駆け寄る竜の皆さまに挨拶していると、懐っこい竜の方がみんなと言葉を交わしている。クロにも鼻先同士を触れ合わせているので、挨拶なのだろう。挨拶に訪れている竜の方に触れても問題ないようで、セレスティアさまはへらりと笑いながら、ゆっくり丁寧に撫でていた。
「おお、嬢ちゃん。やっときたか! 良いもん仕入れて最高の剣を作るからな! あと手先の細かいヤツを連れてきている。装飾品が欲しけりゃソイツに頼め」
ドワーフさんの中で気さくな方が私の対応を担ってくれていた。他の方は自分の仕事に集中したままだったり、気が向けば手を振ってくれたり、頭を下げてくれる。ここに来るたびにこんな感じなので気にしないことにしている。
王都に出店してドワーフさんたちの品を並べるなら、装飾品を取り揃えれば貴族のご令嬢方に人気がでるだろうと、ソフィーアさまとセレスティアさまから助言を頂いていた。
お姉さんズに相談すると良い案だと受け入れてくれ、ドワーフさんたちに話を通して貰っていた。今日、お二人が一緒に来た理由に、ご令嬢やご婦人たちに人気のデザインをお母さまたちに聞いて、デザインをいくつか持ち込んでいる。
「お世話になります。これを職人の皆さまに。――特に鍛冶場の方々が気に入ってくださると嬉しいのですが」
私が調理場から受け取って持ち込んだものは、レモンのはちみつ漬けだ。私は作り方を知らなかったので、フィーネさまからレシピを買って料理長さんたちに作って貰ったのだ。鍛冶場は特に暑いし、少しでも暑さ対策となれば良いのだけれど。
集中し過ぎて暑さで倒れる方もいると聞いたので、こまめな水分補給や休憩にひと舐めの塩、十分な食事と睡眠も大切だと伝えておいたのだけれど。効果があるといいなあと願いつつ、鍛冶場に案内される。
「気を使わせて済まねえな。――今回、嬢ちゃんに魔力を注ぎ込んで貰う剣だ。火山口で見つけた質の良い魔石を鍛えたものと、代表から預かった魔石を鍛えたものがある」
火山口で見つけた魔石は、竜の方がたまたま拾ってきたものなのだとか。で、ディアンさまから預かった魔石は、リーム王国の聖樹に憑りついていた悪い竜の意志を閉じ込めたもの。邪竜に分類される気がするから、剣に鍛えても問題ないのか聞いたところ大丈夫と胸を張っていた。竜の方々が魔石を弄び、エルフと妖精の方々が浄化を試み成功しているのだとか。
必要がなくなったし、使うこともないのでドワーフ職人さんたちへ渡ったのだそうだ。ディアンさま曰く、エルフと妖精の皆さまが浄化しているし、私の魔力で満たされれば邪竜の意志よりも魔力が上回ってなにも出来なくなるのだそうだ。二本の剣にどのくらいの魔力を注げば良いのか聞いていないけれど、どうするのだろう。
「代表たちには、嬢ちゃんに負担が掛からなけりゃ俺たちの判断で構わないと言われたからな。スマンが俺らの道楽に付き合ってくれ」
ドワーフ職人さんが苦笑いを浮かべて、ボリボリと頭を掻いた。
「勿論です。今日はそのつもりでこの場に立っておりますから」
ふんす、と気合を入れる私に苦笑いをする面々と、やり過ぎるなよという視線を私に送るごく一部の人の温度差があるのを私は感じ取ったのだった。






