0553:【前】二度目の建国祭。
2022.11.03投稿 1/2回目
ドワーフ職人さんから陛下に贈るための長剣が子爵邸に届けられた。リーム王国と王太子殿下方に贈った前例を見ているので心配しておらず、亜人連合国へ足を運んで仕上がりを確認することはなかった。
職人さんたちからメッセージカード――長文を書かなければならない手紙は苦手だそうだ――が添えられており、鍛えるのが楽しかったとのこと。今度、最上級の品を一緒に造ろうとも書かれていた。お礼と最上級の品を作るお手伝い、楽しみにしていますと手紙で返事をしたのが数日前。
――今日は建国祭だ。
アルバトロス王立学院が主催するパーティーが昼間に開かれ、アルバトロス王や周辺国のお偉いさん、王国内の高位貴族の方が列席する。既に会場入りしている私は、去年と同じ制服で参加。ドレスか聖女の衣装で参加すべきと一悶着あったけれど、我を通させて頂いた。
ジークとリンも制服姿。去年と違うのは胸ポケットに黒薔薇を飾ってあること。ソフィーアさまとセレスティアさまは、エルフの反物で仕立てたドレスに黒薔薇を胸元に着けている。仕事ではないし、ミナーヴァ子爵一派とみなされるから良いのか問うた所、今更だと笑われた。
そして今回はアリアさまも参加している。彼女は初めての参加なので、去年の私のようにおのぼりさん状態だった。
ただそこは、ロザリンデさまが彼女が恥をかかないようにと、ちゃんと子爵邸の別館でお貴族さまとしての立ち居振る舞いを仕込んでくれたそうだ。ダンスも軽く仕込んだそうだ。本当、高位貴族のご令嬢ってなんでもできるなあと感心した。リード役もフォロー役もどちらでもできるなんて。
アリアさまも私が贈ったエルフの反物を仕立てたドレスを纏っていた。いつの間に……と疑問に思っていれば、ロザリンデさまを頼って職人さんを紹介して貰って、その方のお弟子さんに仕立てて頂いたと。お弟子さんに頼んだおかげで安く済んだと、アリアさまは笑っていた。私が見る限りだと、一流の方が縫ったドレスもお弟子さんが縫ったドレスも変わらないので、目利きができる人じゃないと分からない。
少し照れながら笑うアリアさまに『似合っていて可愛いです』と伝えると、尻尾と耳が生えてはち切れんばかりに振っていた。もちろん私が勝手に幻視しただけだけど。彼女も黒薔薇を胸元か髪に飾りたいと願い出たので、子爵邸で何本かの黒薔薇を渡してる。どこに飾るのか気になっていたのだけれど、アリアさまは髪に黒薔薇を挿していた。
メンガーさまも彼女を探したいと気合が入っているし、特進科の婚約者がいない方々も同様だった。フィーネさまとイクスプロードさまも聖王国代表として参加するのだとか。
やはりパーティー会場は出会いの場としての役割があるようだ。私の場合、碌な展開にならないのでこういう場所には立ちたくないけれど。パーティーや夜会での良い所は、美味しい物が食べられることだろうか。あとは妙な人たちが私にすり寄って来るだけなので……なんとも言えないよね。時折、まともな出会いがあるけれど。
いつものメンバー、ようするにジークとリンと私で、入場が始まるまで学院ホールの出入り口で開場時間を待っていた。
周囲に居る人たちが何故かぎょっとした顔で私を見る。特進科二年の教室じゃあないし驚くのも仕方ないのか。肩にはクロも乗っているし、影の中にはロゼさんとヴァナルも居る。
「ナイ、こんなところに居たのか。開場時間はもう直ぐだぞ。行こう」
「?」
ソフィーアさまに名前を呼ばれて後ろを振り返ると、赤いドレスを着こんだ彼女と濃い紫色のドレスを纏ったセレスティアさまの姿が。ドレスから見えている胸の谷間が深いですねと、微妙な心境になってしまった。
「貴族の方々が使用する出入口はあちらとなります」
どうして場所を移動しなければならないのかと首を捻っていると、セレスティアさまが教えてくれた。
去年はこの場所から入場したから、今年もこの入場口から入って軽食コーナーに陣取ろうと考えていたのに。貴族の仲間入りを果たしてしまった私は、違う場所から出入りをしなくちゃならないようだ。
「平民が学院で学ぶようになったとはいえ、分ける所は分けておかねばならないからな……いつか取り払われると良いが」
ソフィーアさまが眉を八の字にさせながら、未来を語る。私が元平民だったから気を使わせてしまったか。でも、そう考えてくれるお貴族さまがいるならば、アルバトロスの未来は明るいのかもしれない。セレスティアさまも、難しい問題だし時間が掛かるけれど、いつかそんな先があるなら素敵だと仰ってくれた。彼女の場合、人との距離より魔獣や聖獣との距離を取り払いたいのだろうけれど。
「何故、最後……」
私の入場は最後となった。しかも後ろにジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまにアリアさまを引き連れてホールの中へと足を運ばねばならないらしい。
なんでこうなったと頭を抱えるけれど、去年叙爵したから学院の生徒だと一番家格が高い人間になるのだった。ぶっちゃけてしまえば、そんな意識はなくて、去年と同様に軽食コーナーに陣取ってお腹を満たすつもりだったのに。
「諦めろ、ナイ。学院いや、西大陸で今一番名前が売れているんだぞ」
「アガレス帝国で暴れましたからね。噂が広がるのも時間の問題でございましょう」
名前を売る気なんて全くなかったのに。おのれ……アガレスの元第一皇子殿下以下五名め。よからぬ画策をするから、西大陸でまた私の名前が広まっているじゃないか。あんなことが起きなければ平穏な春休みを過ごせていたし、王都の外にある小麦畑も被害を受けなかったのに。
「ナイさま、胸を張って歩きましょう!」
むん、と脇を締めて私を説得するアリアさま。うん、強調された胸がとても大きいね。羨ましい……いや、肩凝るから大変……あ、彼女は聖女で自分の魔術を自分に施せるタイプの子だった。
「アリア嬢のいう通りだな」
「ええ。アリアさんのいう通りでございましょう」
ソフィーアさまとセレスティアさまが、アリアさまの言葉に同意している。あれ、いつの間に仲良くなったのだろう。接触する機会はそうなかったはずなのに。もしかしてゲーム主人公の力というヤツだろうか。アリアさまの場合は、ゲーム云々よりも彼女の性格故と言いたいけれど。
相手の立場を尊重しながら、身分に囚われていないから、ソフィーアさまとセレスティアさまに臆することなく喋っている所を見たことがある。
公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまを相手にして、普通に喋ることができる同年代の子っていないに等しいから。お二人にとってもアリアさまの存在は新鮮だったのかも。寄り子でない男爵令嬢が普通に語り合っているのだから。
「ジーク、リン…………」
助けて、と最後の砦であるジークとリンの名前を呼んで二人に近づく。
「そろそろちゃんと認識しないとな。ナイの行動がこの結果を生んだのは理解しているんだろう」
「ナイはその立場にあるから、大丈夫」
ううう。最後の味方にすら、事実を認識しろといわれてしまった。分かってはいる。帝国で起こした行動は破壊工作だし、誰でもできることじゃない。亜人連合国との伝手も私が一番抜きんでているのも。とはいえ、出世なんて望んでいない訳でして。
平穏な未来を私に齎してください陛下。そのための賄賂は惜しみませんから、どうぞよしなに。陛下に贈る長剣は短納期故に魔力を注ぐことになったけれど、特別品らしいので是非とも平穏な未来を約束して頂くために受け取って欲しい。
入場の順番待ちで詰まっていた前が開いて、ホールへと足を踏み込むのだった。