0551:お隣さんからの呼び出し。
2022.11.02投稿 1/2回目
学院が終わった放課後、自室で晩御飯までの時間を潰していた。お醤油さんとお味噌さんの打ち合わせを明日に控えていた、そんな日だ。
マヨネーズっぽいものが料理長さんたちの手によって完成したし、お芋さんとうもろこしさんに続いて、さつまいもさんも手に入った。孤児時代と比較すると天と地ほどの差があることに嬉しくなりつつも、やはり日本的なものは恋しい訳で。メンガーさまとフィーネさまによるお醤油さんとお味噌さんのレポートが明日提出されるのがとても楽しみ。
まあ、まだ材料が手に入るかとか設備はどうするのか、一番大変らしい麹菌の入手と保管方法も考えなきゃならないので、スタートラインにすら立っていない状況だけれど。口にすることができると希望があるだけマシだし、仮に失敗しても挑戦して入手することができなかったのだから、手をこまねいて口にできないと嘆いているより随分とマシだから。
『あ』
『!』
『?』
クロが丸くなって寝ていた籠から顔を上げ、私と一緒にベッドに寝転がっていたロゼさんがピクンと跳ねて、床で伏せていたヴァナルが顔を上げてキョロキョロと部屋を見渡す。
どうしたのだろうかと首を傾げていると、亜人連合国と連絡を繋ぐ魔法具から呼び鈴が鳴る。クロたちは魔術具から魔力を感じ取ったのだろう。魔力に敏感で、私よりも察知が早いから。発信者はダリア姉さんとアイリス姉さんかなあと、ベッドから立ち上がって魔法具に手をかざし魔力を通す。
『あ、ナイちゃん?』
「はい、ナイです。――この声は、ダリア姉さんですか?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんの声は魔法具越しだとよく似ていることがある。喋り方で聞き分けできるけれど、短い言葉だと間違えることがあった。偶に同族からも間違われることがあって、心外だとお二人はぷんすかしていた。
以前、私が間違えて二人とも不貞腐れたことがあったから、気を付けなければならない案件である。今はお二人のどちらか直ぐに分かったので、名前を呼んだのだ。
『正解! 嬉しいわ、間違えられないのは』
『あ~ナイちゃん、私も居るからね~』
ダリア姉さんのすぐ横にアイリス姉さんも控えているようだ。間延びしている声が聞こえてきたのだから。クロが籠から飛び立って、私の肩にゆっくりと着地する。空いている方の手をクロに伸ばすと、目を細めてすりすりと顔を手に擦り付ける。
「アイリス姉さん、こんにちは」
『こんにちは~』
えへへとアイリス姉さんはダリア姉さんの横で笑っているみたい。一体どうしたのかなと、連絡を取った理由を聞こうとしたその時。
『ナイちゃん、これから時間はあるかしら?』
「夕飯までならば、時間は取れますが……」
なんだかテンション高めなダリア姉さん。料理長さんには今日の夕飯になにを出してくれるのか聞いてある。
メインのお料理が私の好物だったので、食べ損なう訳にはいかないと時間を限定させて頂いた。ダリア姉さんとアイリス姉さんには少し申し訳ないけれど、好物が出るのだから晩御飯の時間までには子爵邸の食堂に戻らないと。
『ん、大丈夫よ。直ぐに戻れるようにするから』
『こっちに来てもらっても良いかな~? もちろん双子も一緒で良いからね~』
こっちというのは、ミナーヴァ子爵邸のお隣さんである亜人連合国領事館のことだ。子爵邸とは小門で繋がっている為に、わざわざ向こうの家の正門を潜らなくて済む。本来、お貴族さまの家同士ではあり得ないことだけれど、陛下方アルバトロス上層部からの許可があるので問題ない。
そういえば亜人連合国領事館に訪れるお客さんっているのかな。私はしばしばお隣さんの転移魔術陣を経由して亜人連合国に赴いている。数日前に立食会と銘打った商談会で、エルフの方々が製作した反物を売るなら、直接買い付けする商人さんがいてもおかしくはない。その辺りの相談だろうか。まあ、行けば分かるから、取り敢えず。
「わかりました。今から直ぐに向かいますね」
『慌てなくていいから、ゆっくりいらっしゃいな。隣なんだから、時間は掛からないでしょうし』
『美味しい薬茶を淹れるからね~』
エルフの方って長寿な種族の所為なのか、時間に緩い所がある。とはいえ、お待たせするのは申し訳ないと思ってしまうのが日本人。クロとロゼさんとヴァナルに声を掛け部屋を出て、家宰さまに事の成り行きを話してから、自室で休んでいるジークとリンに声を掛ける。
「ジーク、リン。休んでいたのに、ごめん」
ジークとリンの部屋の前で、今さっきの出来事を話して護衛をお願いする。
「外に出る訳じゃないから、気にするな」
「ん……」
ジークは急な仕事でも笑って受けてくれ、リンも受けてくれるのだけど、なんでか私の背後に回ってお腹に手を伸ばして抱き着いてきた。
どうしたのかと疑問になるが、割と頻繁に行われている行為だからじっとして受け入れておく。仕事を終えて休んでいたクレイグとサフィールが部屋から顔を出したので、お隣さんに行ってくると告げると苦笑いを浮かべる。
「おう、気をつけてな」
「いってらっしゃい。夕飯までには戻るの?」
クレイグとサフィールの言葉を聞きながら、後ろから抱き着いたままのリンの腕をてしてし叩くとゆっくりと離れてくれた。
「うん、遅くはならないって。――それじゃあ行ってきます」
二人に手を振ると、軽く片手を上げたクレイグと、小さく手を振るサフィール。お姉さんズの用事はなんだろうなあと考えながら、子爵邸の裏へと出て亜人連合国領事館を繋ぐ小門を目指す。勝手知った亜人連合国の領事館。警備の方も出迎えの方もいないのは分かっているので、小門の蝶番の音が響くのを聞きつつお隣さんの庭を闊歩して、屋敷の玄関に辿り着く。
「いらっしゃい、ナイちゃん。ごめんなさいね、急な話で」
「ナイちゃん、いらっしゃい~。ごめんね、急に呼びつけて」
困ったような、嬉しそうな、なんともいえない顔を浮かべているお二人に左右を挟まれる。
「いえ。夕食までの時間を持て余していましたから」
ダリア姉さんとアイリス姉さんの顔を見上げると、二人は私の腰と背中に手を伸ばした。
「さ、中に入りましょう」
「行こう~。ナイちゃんの好みを覚えたんだ。口に合っていると良いな~」
くい、と背を押されて玄関ホールを抜けて、客室に案内される。妖精さんが気ままに宙を飛んでおり、偶に私の頭の上に降りてみたり、ジークとリンの顔の前で止まって遊んでいる。
やり過ぎるとお姉さんズに怒られるので、派手なやらかしはないけれど楽しんでいるみたいだ。客室へと辿り着くと席に促され、ちょっと待っていてねと言い残してお二人は部屋から出て行く。暫く待っているとダリア姉さんとアイリス姉さんが薬茶とお茶請けを用意してこちらに戻ってきた。
「さて、今日はナイちゃんにお姉さんたちからお願いがあって呼んだのだけれど……」
「エルフの反物を売るって伝えたでしょう~?」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがお茶を淹れると、席に座ってゆっくりと口を開いた。どうやら先日に行われた商談会の続きのようだ。
一口飲むと、私が飲みやすい温度になっているし、甘味が強くて飲みやすいお茶。もう一口頂こうと、ティーカップを口に近づけようとすると、話が始まってしまいソーサーに戻す羽目に。
エルフの反物を卸すことになったが、窓口が必要で王都のどこかに店を構えたいこと。竜の皆さんで荷運び屋さんを始めたいこと。ドワーフ職人さんたちが作る品物も質を問わず貯まっているので、放出したいそうだ。
武器類がほとんどなのだが、エルフの方々がデザインを考えて、ドワーフ職人さんが造った装飾品も流通させたいとのこと。あまり気合を入れすぎると、人間の職人たちが困るだろうから、亜人連合国で出回っている普通の質のものを選ぶのだとか。私が買い付けた品ってどのくらいの価値があるのだろうかと疑問に――。
「ナイちゃんが買ったものは、最高級品ね」
「魔力を込めたものは、超一級品だね~」
最高級品も超一級品も一緒のような気がするが、どうやら亜人連合国でも質が高いものだというのは理解した。あれ、でも試作品として私が魔力を込めるヤツはどのくらいに……。
「私は初めてお目にかかるかしら」
「ね~。きっと今まで見たことない物ができるよ~」
そ、そうなのか。まあドワーフさんたちが趣味で作る試作品だから世に出回ることはあるまい。出回るとしても亜人連合国の中だけだ。私は日頃のお礼と興味本位でお手伝いするだけで、お金を取る気とかないのだし。ドワーフさんたちに言われるがまま、魔力を注ぎ込むだけの簡単なお仕事である。
「話が逸れたわね。――アルバトロスの王都に窓口としてお店を構えることのできる伝手と人員をお願いしたくて」
「面倒なことを頼んでいるけれど、私たち亜人がお店に立つと問題もあるからね~」
なるほど。ダリア姉さんとアイリス姉さんは亜人連合国所属の方だ。私は気にしないけれど、亜人が苦手な方だっているだろうから。お金儲けをする場合は障害となる可能性もあるのか。
王都にお店を構えたいなら高級商店が並ぶ場所と平民の方たちが利用する区域に分かれている。目的によるけれど、取り敢えずはいろんな方に打診してみるのが良いかな。不動産屋さんを紹介して貰えば、私が探せば良いだけだし。お店で働く人となると、亜人の方々に偏見を持たない人が最適になって少し難しいけれど。
無茶をいってリーム王家や王太子殿下の贈り物を用意して貰ったお礼もしていない。今までの伝手を頼って頭を下げる番だろう。王都に店を構えるにあたっての懸念事項をお二人に告げてから、ダリア姉さんとアイリス姉さんの要望を呑むのだった。






