0549:普段の学院。
2022.11.01投稿 1/2回目
アガレス一行全員が母国へと戻った。彼らと一緒にヒロインちゃんと銀髪くんがアルバトロスから旅立った。ヒロインちゃんには魔眼対策を、銀髪くんには魔術で去勢と魔術具で身体強化の弱体化を。ヒロインちゃんと元第二王子殿下を引き離すと、元第二王子殿下の精神面が心配になる。でもそれが答えなのだろう。精神面が弱っても問題ないと判断されてしまったのだ。
仕方ない、と息を吐いて前を向く。学院に向かう途中の馬車の中。アリアさまが私の対面に座って、嬉しそうに話している。人懐っこいし、誰とでも話せる子なので、ロザリンデさまを始め、子爵邸の面々とも打ち解けている。ご実家の爵位が低い為か、平民出身の人を差別することもない。男性には気を使っているようだけれど、年齢が高い方には孫の様に可愛がられていて、微笑ましい姿を見ることもある。
誰とでも話せる故に、馬車の中でも会話が続いてる。クロは気分でアリアさまの膝の上に乗ることもあるし、一緒に話していることもある。クロも誰とでも話すように努めているので、私たちだけではなく、アリアさまとロザリンデさま、子爵邸の人たちと仲良くなっていた。子爵邸で預かっている子供たちとも、遊ぶ……というか子供たちに遊ばれている。
「ナイさま。子爵邸のご飯が美味しくて、少し体重が増えてしまいました」
アリアさまがしょぼんとした顔をすると、クロが私の肩から彼女の膝の上に飛び移った。クロはアリアさまの顔を見上げたあと、彼女の腕に顔を擦り付けると、アリアさまの逆の手が伸びてクロの身体を撫でる。
「アリアさまの気持ちは理解できます。料理長さんたちが、毎日腕に縒を掛けて作ってくださいますからね。私もおかわりをしばしばしていますし……」
いくら食べても太らないとは言えず、誤魔化す方向に持っていく。食べた栄養が体に吸収されることなく、魔力の方へ回っているようで、食べ過ぎても太ることがないのだ。アリアさまの言葉はもっともで、料理長さんたちが作るご飯が美味しすぎる。それにこんな感じのものを食べたいと伝えると、みんなであーでもないこーでもないと調理場で頭を捻っている。
「料理長さまたちの腕も確かですが、子爵邸で仕入れている食材も良い物ですよね?」
「素材に拘って、かなり吟味しているようですよ」
本当に。偶に休みを取って余暇を楽しんでいるのかと思いきや、食材探しに王都の街を彷徨ったり商店から情報を仕入れているそうだ。
子爵邸のご飯が美味しいのは料理長さんたちの努力の賜物なのである。感謝の意味を込めて、ドワーフ職人さんが造った包丁を料理人の皆さんに贈った訳なのだけれど、恐縮されまくって私が困惑する羽目に。ソフィーアさまとセレスティアさま曰く、王都の鍛冶屋で値が張るものでも十分だったとのこと。私が勢いでドワーフの職人さんに依頼を出してしまったので、止める暇もなかったのだとか。
「時折、聞いたことのないお料理も出されて、ロザリンデさまも驚いています。侯爵家の方が知らないって凄いですよね!」
う、うん。それは私が料理長さんに無茶ぶりをした結果だ。前世で食べていたものがどうしても懐かしくて、作れないか相談しているのである。成功して、お貴族さまの舌に適うものだと判断されれば、アリアさまとロザリンデさまが住んでいる別館の食事に提供される。
お貴族さまの口に合うかどうかの判断はソフィーアさまとセレスティアさま。料理長さんたちと、お二人が気に入ると提供する許可が下りるらしい。私は試作品が出来た時点で、味見をしている。言い出しっぺの特権だった。
あと、ソフィーアさまとセレスティアさまが気に入ると、料理長さんからレシピを買って公爵家と辺境伯家の料理長さんに作って欲しいとお願いしているらしい。私がお願いした料理の味を完全再現するのは難しいけれど、料理長さんはプロ。私の意見を取り入れつつも、オリジナリティーを出して現地の人たちの味に合わせて、目新しい料理を開発している。
お二人はそれを買って、実家で作って貰ってご家族に提供しているのだって。私は子爵邸で働く料理長さんが大丈夫ならば、レシピは流出しても問題ないと考えている。沢山の人に知ってもらえば、そこから発展して新しいレシピやアレンジレシピができる可能性があるのだから。
「ナイさま」
「?」
アリアさまの表情が少し変わる。彼女にしては珍しく、ちょっと緊張しているような。そんな雰囲気。
「話は変わってしまいますが、二学期から特進科へ転科できるそうです! ロザリンデさまが別館でお勉強を教えてくださって!」
アリアさまが凄く嬉しそうに私を見ながら告げた。
『アリアも一緒になるの?』
クロがアリアさまの膝の上で顔を上げて問いかけると、彼女がもっと嬉しそうな顔に。
「はい! 成績が落ちなければ確実だと担任の先生がおっしゃってくれたんです!」
耳と尻尾が生えてピコピコと嬉しそうに動かしている姿を幻視する。クロはアリアさまの膝上から肩に飛び移って、顔をすりすりとしたあと私の肩へと飛んできた。
「では、二学期からアリアさまも一緒の教室で学べる可能性があるんですね。楽しみです」
アリアさまは二学期というものに縁でもあるのだろうか。彼女は去年の二学期から学院に編入したし、今回も二学期から普通科から特進科への転科だ。
ロザリンデさまの力添えがあったとはいえ、本人にやる気がなければ成績は上がらない。私は勉強に四苦八苦しているので、羨ましくもある。
アリアさまは他国の王族に魔術を施し、傷跡を綺麗に治したということで、知名度が上がっていた。特進科に転科すれば高位貴族のご子息ご息女さまとの縁が持て、いろいろと便宜を図って貰えるかもしれないし、上手く行けば婚約者を見つけられる可能性もあるのだ。
「着いたぞ」
学院に辿り着き馬車の扉が開いてジークに促されて、馬車を降りる。お貴族さまが自宅から通っている為に人通りも多い。それに私の馬車は注目されているようで、視線が多く刺さっていた。アリアさまは気にしていない、というより気付いていない。
歩いているとソフィーアさまとセレスティアさまと合流して、それぞれ挨拶を交わして。学科が違うジークとリンにアリアさまと別れて、特進科の教室へと辿り着く。丁度、メンガーさまが教室に着いたようで、ばったりと鉢合わせした。
「おはようございます」
「……おはようございます、ミナーヴァ子爵」
男性の名前を簡単に告げる訳にもいかず挨拶だけに止めたのだけれど、メンガーさまは気付いてくれたようで返事をしてくれた。
協議の場で気を失ったメンガー伯爵の様子が気になるが、二日後にフィーネさまとメンガーさまと私がサロンに集まる機会がある。それまでの我慢だなと、自席について一時限目の準備に取り掛かるのだった。