0548:非常食。
2022.10.31投稿 2/2回目
立食会という名の商談会は終わった翌日。アガレス皇帝御一行はそそくさと帝国への帰路に着いたけど、残っている方もいた。
そう、誰であろうウーノさまだ。細々とした議題を片付ける為に彼女とアガレス帝国上層部数名と護衛役はアルバトロス城に留まっていたのだ。
私はお勤めであるお城の魔術陣へ魔力補填を済ませて、ウーノさまと面会する約束を取り付けていた。帝国の皇女さまを子爵邸に呼ぶのは失礼かなあと、お城での面会となった訳である。
マグデレーベン王国の王女さまを招待したことがあるけれど、あれはお忍びだし、アリアさまが緊張するからという理由があるのでノーカウント。お城の来賓室を借りて、ウーノさまと久方ぶりの面会となった訳である。
「お久しぶりです、ナイさま」
部屋に入るとウーノさまが先に待っていたようで、私が部屋へ入るなり椅子から立ち上がって出迎えてくれた。
「ウーノさま、久方ぶりです」
部屋付きの侍女さんにお茶を用意するように頼んで、席へと促される。逆らう理由もないし、立ち話をする気もないので素直に席へ腰を下ろす。さて、通常であればウーノさまの方から声が掛かるだろうけれど、通常の関係とは言い難いから私から声を掛けても問題はないはず。
「ナイさま、此度の件は帝国にとって良い機会となりました。問題のあった皇子は身分を追われ、その一派も同様に身を落としております」
ウーノさまが開口一番、アガレス帝国の状況を教えてくれた。第一皇子から第六皇子まで、皇籍を剥奪されて鉱山送りとなったそうで。その一派の方々で、特に行動に問題があった方はお家取り潰しの上に当主は鉱山送り。ご家族は平民落ちということに。
召喚魔術を執り行う切っ掛けを作った魔術師も帝国の取り調べを終えて、アルバトロスに身柄を引き渡され、副団長さま以下アルバトロスの魔術師団の皆さまが嬉々として引き取ったとのこと。まさか、アルバトロスの魔術師さまたちは、異世界召喚を執り行うつもりなんて言わないよね。陛下方が止めると思うけれど、変態揃いの魔術師の方たちだ。ネジが全部吹っ飛べば、ノリと勢いで執り行いそうで怖い。もし仮に実行してしまったら、陛下や上層部の方々が頭を抱える羽目になるのだけれど、本当に大丈夫だろうか。
「黒髪黒目信仰も過度に信ずるのは止めるべきと提唱しております。時間は掛かりましょうが、もう二度とご迷惑を掛けるような事態はないと約束いたしましょう」
東大陸の各国と、召喚魔術禁止条約を結んだそうだ。東大陸の代表として、アガレス帝国が西大陸の国々とも同じ条約を結ぶとのこと。これで西大陸と東大陸では召喚魔術が禁止されたので、無用な被害は減るだろう。仮に召喚を執り行ったとしても、罪となるのだから当然罰がある。国を超えて約束を取り交わしているから、厳しい物になっているそうだ。
黒髪黒目信仰故に今回の悲劇――アガレスで暴れた私が言うべき台詞ではないが――が起きてしまった。ただ少しマシだったことは、この世界に生きる人が召喚されたということか。異世界から黒髪黒目の人が呼ばれていれば、アガレスの第一皇子殿下一派に従う他ない。
身一つで異国どころか異世界に呼ばれて帰れないとなれば、自殺してもおかしくない状況だ。言葉が通じない可能性だってあるし、空気や食べ物が合わないかもしれない。文明レベルが違えば戸惑うことが沢山あるだろうし、住んでいる場所の文化と馴染めなければ、それもまた障害となってしまう。
「ウーノさま。此度のご尽力、感謝いたします。わたくしがアガレスに呼ばれたことは偶然でありましょうが、もし違う世界から誰かが呼ばれたとなればその方の人生を潰していた可能性があります」
人生を潰していたどころか、帝国の駒に成り下がっていた可能性だってあるのだから。ウーノさまたちは人々の上に立つお方である。他の世界の文化なんて気にしない可能性があるし、国の為ならと個人を殺して公に生きる人だ。身分制度がない世界からきた人なら、理解し難いだろうしなあ。逆もまた然りで、身分制度がないと教えられれば驚く可能性がある。王族や皇族が偉いと認識している人と、人類皆平等を地でいく人間が交わるはずがないから。
銀髪くんみたいな人が召喚されれば、初手で命を失いそう。
ヒロインちゃんは皇子たちと、よろしくやるだろう。
メンガーさまなら、様子見しながら状況把握に徹して流されていきそう。
フィーネさまは、あたふたしながらもどうにか異世界を満喫するのかなあ。
私は、どうだろうか。黒髪黒目として召喚されても、魔術は使えないからなあ。文句を言って殺されるのは御免だし、やっぱり召喚した側の言い分を聞きつつ、交渉だろうな。相手の言い分を全部聞けば舐められるだけだし、こちらの言い分も聞いて貰わないと。なんにしたって、はいそうですかと向こうの言うことを呑み込むことはないだろう。
「ウーノさま。話は変わりますが、さつまいもをアガレスの商人の方と取引することになりました」
本当に荷が届くのが楽しみだ。届くまで時間が掛かってしまうのが残念で仕方ないけれど。でも、待つ楽しみもあるし、届いたら庭で焼き芋大会を開いても楽しそうだし、待っている間もいろいろ考える事ができるから苦ではないかな。
後ろで待機しているソフィーアさまとセレスティアさまが呆れた雰囲気を醸し出しているけれど、一番取引したいものはさつまいもさんだったのだから仕方ないじゃないか。
「お、お待ちください、ナイさま。さつまいもは非常食として帝国の民の間で根付いているものです! 取引するにしてももっと良い品があったはず! ――っ、誰か取引を持ちかけた商人を連れて来なさい! 今、直ぐ!!」
私の言葉を聞いたウーノさまが驚きの表情を浮かべて、どんどんと語気が荒くなっていく。確かに商人さんから非常食と聞いていたけれど、味に問題はなかったしお腹を壊すこともなかった。
だから問題はないのだけれど、皇宮育ちのウーノさまはさつまいもさんは口にするべきものではないようだ。彼女は勢いよく席を立って、片腕を勢いよく振って、警備に付いている帝国近衛兵の方に指示を出した。
「ウーノさま、お待ちください! ――帝国では非常食かもしれませんが、試食をさせて頂いた際、味は確りと甘く食感も悪くはありませんでした」
商人さんに責はないと、私も席から立ち上がってウーノさまを止める。
「え……な、ナイさま? ひ、非常食ですよ。通常は馬や牛が食べるようなものです……何故、そのようなものを口にしてしまったのですか……」
近衛兵に出した指示を取り消して、力なく椅子へと落ちたウーノさま。私も彼女に倣って、腰を下ろす。
「甘くて美味しいですよ、さつまいも」
本当に、嘘偽りなく。牛や馬が食べるものならばとうもろこしさんも一緒である。あれは味がなかったので畑の妖精さんや、冒険者ギルドを頼って美味しい品種を探したけれど。
「ナイさまがそう仰るならば構いませんが……」
まだ信じられない顔で私を見ているウーノさま。まあ、仕方ないよね。前提が違うのだから。私は前世でさつまいもさんを知っていたから、何の抵抗もなく食べられた訳で。ウーノさまと同じような考えだったら、商人さんに顔を顰めながら追い払っていた可能性だってある。
「さつまいもについて、ひとつお願いがありまして」
ごくりと息を呑む。ウーノさまの答え次第で、私の明るいさつまいもさん計画がとん挫するのだから。
「どうしましたか?」
私の言葉にウーノさまは小さく首を傾げつつ、疑問を投げてくれた。
「取引した一部のさつまいもを種芋にして、子爵領で育てても良い許可を頂きたいのです」
そういえばお芋さんと違って、さつまいもさんは苗を植えていたような記憶がある。その辺りはどうなのだろう。わからなければアガレス帝国の商人さんにお願いして、農家さんに生育方法を聞けば良いか。
「問題はなにもありませんよ。対価を支払ったのであれば、あとはナイさまの自由にすればよいかと」
良かった。ウーノさまから許可を頂けた。一応、書面にも残しておくべきかと、お願いしておく。アガレス帝国の面々もアルバトロスの面々も、どうしてこんな約束を交わすのか分からない様子だ。
こうした経緯を話しておいた方が良いかと、前世のことは隠しながらウーノさまたちに説明する。国独自のお野菜や工芸品に工業製品は知識の塊でもあるから、保護した方が無難なこと。輸出するにしても、技術の漏洩や種の育成の制限を掛けておけば、ブランド品として価値が付くこと。不思議そうな顔をして聞いているけれど、輸送技術等が発展すれば理解しやすいのかもなあ。
「…………驚きです。そのような考えもあるのですね」
リームやアガレスに他国から、お芋さんとさつまいもさんととうもろこしさんを買い付けて育てている人間が言っていい台詞じゃないかもしれないが。感心しているウーノさまに苦笑いをしながら、細々した話題を交わしてその日は別れ、翌日に彼女たちは飛空艇に乗り込んでアガレスへと戻っていくのだった。






