0546:【後】立食会(仮)。
2022.10.30投稿 4/4回目
立食会と名を付けられた商談の席。会場である王城ホールは熱気に包まれていた。
商談をしないかと事前通達されていた為、アガレス帝国からも商人さんや商売に強いお貴族さまがやってきていた様子。
アガレス側からみれば、アルバトロスの市場は小さいかもしれないが、そこはやはりお金にがめつい商人さんである。たとえ小さな市場だとしても、新たな販路は魅力的だったようで。アルバトロスの商人と盛んに言葉を交わしているし、握手している場面を見るに、纏まった話もあるのだろうと予想が付いた。
「凄いですね」
はへえ、と周囲を見渡しながら私はホールの中を歩いている。右隣には財務卿さまが付けてくれた、案内人の中年男性も一緒だった。後ろにはジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまが控えてくれている。
「ええ。宝石商や武器商、果ては小麦の売買を持ちかける者まで。商人が元気ということは国が栄えている証拠ですからね。良いことでございましょう」
私の隣を歩く財務卿さまの部下さんが楽しそうに教えてくれる。商売人っ気が強いのか、彼もまた興味津々なご様子。ちなみに立食会と銘打たれているけれど、商談に熱が入っている所為か食事をしている人がほとんどいない。
会場の片隅に軽食コーナーが設置されて給仕の方も控えているというのに、寄り付く人はかなり少ない。そんな状況でいの一番に軽食コーナーに立ち寄れば、悪目立ちすること間違いなしなので、タイミングを伺いながらホールをあっち行きこっち行きしているのである。
アガレス帝国の商人さんは黒髪黒目が珍しい故に私をガン見するけれど、凄く微妙な顔を浮かべながらも本業である商売に精を出している。
「ミナーヴァ子爵とお見受けします。我が商会の品を見て頂けませんか?」
私はアルバトロスの商人さんから、何度も何度も声を掛けられていた。今のように自身の店の品を見て欲しいというものから、ドワーフの職人さんを紹介して欲しいとお願いされることもある。商品を見て欲しいと願われれば興味本位で覗いてみたり、ドワーフ職人さんを紹介して欲しいと願われれば、ディアンさまたちの下に案内したりとなかなかに忙しい。
「こちら、我が商会自慢の一品、金剛石でございます」
にこやかな笑みを浮かべた商人さんが私に差し出したのは宝石である。原石ではなく加工を済ませているので、ピッカピカに磨かれた物。はへー綺麗だなあと大事に置かれた金剛石、ダイヤモンドを覗き込む。握り拳ほどのかなり大きなサイズなので、自慢の一品というだけはある。前世ではこんなサイズは見たことがないし、立派で価値のあるものだと理解できる。
でもなあ……ダイヤモンドって元を正せば『C』な訳でして。元素のカーボンなのである。炭が長い年月をかけて固まったものだ。ということはダイヤモンドは炭である。長い年月を経て付加価値を得たのだろうけど、過去に戻ればタダの炭。黒い塊。さらに元を正せば『木』であり有機物。
夢も浪漫もへったくれもないけれど、大事に置かれたダイヤモンドを見ても『お前、炭じゃん』と元も子もないことを考えてしまうのが私という人間で。修学旅行でとある夢の国に行った際、マスコットが近づいて構ってくれて『キャー』と喜ぶ友人を横目に、ぬいぐるみの中に入って愛想を振りまきながらお賃金を稼ぐって大変だなあとぼやくし。
外見はファンタジーで可愛いけれど、中身は禿げたおっさんかもしれないし、女キャラの中におっさんが入っている可能性もあるんだよなあとか、どうしても思考が現実に走るのだ。ある意味、そういう場で楽しめる人たちが羨ましい。きゃっきゃとはしゃいでいる人たちの心の内ってどういう考え方なのだろうと、悶々と考えていた時期もある。人は人、他所は他所で割り切ったけれど。私は楽しみ方を理解できないのだから、乏しい人間なのだろうな。
「金剛石に色が付いたものもありますよ。美しい色でございましょう?」
にっこりと笑って、商人さんが新たに差し出したもの。先ほど出された金剛石とは随分とサイズが小さいけれど、ピンクダイヤだと思う。屈折の仕方でピンクに見えるとか何とかだった気がするなあと、しげしげとピンクダイヤを覗き込む。
「ご婦人やご令嬢には人気が高く、なかなかお目に掛かれない代物です」
鉱床で掘り起こされて、競りにかけられカット職人さんを経て商人さんの手元に辿り着く頃にはかなりの値段になっている、らしい。
それを無視しても欲しい人はごまんといるそうで。商人さんは手を合わせながらずいっと顔を私に寄せる。どうしよう、断れないと冷や汗を垂らしていると助け船を出してくれる人がいた。
「失礼。――熱意は理解できるが、押し付けは感心しないな」
私の隣で事の成り行きを見守っていた、財務卿さまの部下が手を伸ばして割って入ってくれた。
「おや、申し訳ありません。そのようなつもりは全くなかったのですが、いやはや熱くなってしまいました。ミナーヴァ子爵申し訳ありませんでした。宝石をご入用の際は我が商会を思い出してくだされば幸いです」
商人さんが深々と頭を下げてあっさりと諦めてくれた。どうやら本心は最後の言葉なのだろうなと苦笑い。でもまあ、顔合わせは済んだことになるから、何か入用の際は彼を頼るのもアリなのだろう。指輪とか装飾品にさっぱり興味がないけれど、なにか贈り物をする際には必要な時もあるから。
あとは商会の評判と公爵さまと辺境伯さまにお伺いを立てて、利用して良いかどうかの判断を仰がないと。敵対しているお貴族さまが支援しているお店を利用するのは不味いだろうし。やれやれ、お貴族さまは大変だと場内を歩いていると、人だかりが出来ている場所があった。
「なんだあれは?」
「凄い人ですわね」
私が立ち止まるとみんなも立ち止まる羽目となる。ソフィーアさまとセレスティアさまも人だかりの方へ顔を向けて、疑問を呈していた。
『輪の中心は、あの四人みたいだよ』
「分かるんだ、クロ」
てしてしと尻尾を背中に当てながらスリスリと顔を擦り付けるクロは、人ごみが出来ている原因を探り当てていた。視界に捉えられていないのに分かったのは、魔力で判断できたからだろう。
「なんだ、あのエルフの態度は!」
「ええ、失礼極まりない奴らです」
怒りを露わにしながら人ごみの中から離れる人もいるようだ。お姉さんズの態度がなっていないのは、相手にする価値がないと判断されたか、同様に態度が悪かったかだと思うけど。販路を広げると気合が入っていたし、猫を被って商売をしなきゃと言っていたので、怒って離れて行っている方たちは関わらないのが無難かも。
「評判がよろしくない方々なので、お気になさらず。亜人連合国の方々の判断は正しいかと」
人ごみから離れて行く人を目で追っていると、空気を察したのか財務卿さまの部下の方がそっと教えてくれた。商人にも、お貴族さま同様にいろんな人が居るのだなあと心の中に刻み付けておくのだった。さて、次は何を見るかなあと人ごみをかき分けて、アガレス帝国の商人さんがいる場所へと移動するのだった。






