0545:【前】立食会(仮)。
2022.10.30投稿 3/4回目
今回のアガレス帝国訪問は謝罪の為である。そんな理由から、通常のもてなしはできずさっさとアガレス御一行さまは国へ戻らなきゃならない。
とはいえ、アガレス帝国は東大陸の約半分を統治する巨大国家。アルバトロスから見た市場価値は、相当に高いはず。この機を逃す訳にはいかないと陛下に訴えて、非公式の交流の場を設けて貰ったようだ。まあ、ようするにうちの商品を買って頂けませんか、という売り込みらしい。
立食会形式で王城のホールを借りて、お貴族さまや彼らのお抱え商人が集まっているんだとか。アガレス帝国に事前に打診をすると、この申し出を断る訳にもいかず受け入れてくれたそうだ。商人さんたちは商魂逞しく、目を輝かせてアガレス側の到着を待っているのだとか。
私も参加しても構わないとアルバトロス上層部からの許可が下りていた。というか、陛下方から是非参加して欲しいと告げられているらしい。何故だろうと首を傾げていると、背後に控えていたソフィーアさまとセレスティアさまが距離を詰め。
「ナイの価値観を普通に戻さねばならんというのが、陛下と王太子殿下の意志らしくてな」
「リームや殿下方は頭を抱えていらっしゃいましたから。――市場に出回っていない品故に仕方ない面はありますが、驚きすぎでは?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが、今回の催しに私が参加する理由を教えてくれた。
「セレスティア、竜の鱗で作った鉄扇をナイから贈られている所為で、お前も感覚が麻痺していないか?」
「あら、ソフィーアさん、世迷い事を。わたくしはきちんと物の価値を把握しておりますわよ」
セレスティアさまが豪快な発言をしているみたいだけれど、彼女のメンタルは鋼を超えているからなあ。
人様のことは言えない気がするが、幻獣や魔獣を見てテンション上げている人であり、武力も備えている故の精神の強さかも。ぱしん、と鉄扇を広げたセレスティアさまは、口元を隠してふふふと笑ってる。
「私の価値観は至って普通の筈ですが……」
そりゃ、ちょっとズレてはいたものの、王都の職人さんたちとの伝手がないんだもの。公爵さまの誕生日会で贈った物も、本来ならば後ろ盾である公爵さまに贈るというのに、本人に頼ってどうするのという状況だったから。で、唯一伝手のある亜人連合国の皆さまを頼った訳で。あれ、私……悪くなくない?
「はあ。――ナイ、せめて今日は貴族や商人が持ち込んでいる品をよく観察してみろ。亜人連合国の方たちが作ったものとの差が良く分かるはずだ。あと、金額もちゃんと聞くんだぞ」
大袈裟に息を吐いたソフィーアさまが私の両肩を掴んで、真剣な表情で説明してくれる。私の肩からクロがソフィーアさまの肩へ移ったから、まさかクロも彼女と同意見なのだろうか。
そんなに違う物なのか疑問だけれど、彼女が言う通り比べるには良い機会なのかな。王都の商人さんたちとの縁を持つ良い機会でもあるし、悪い話ではないか。
「王国主催なので妙な方はいらっしゃらないと思いますが、吹っ掛けてくる者もおりましょう。口が上手い者にはお気をつけを」
セレスティアさまが鉄扇を口元に当てたまま補足してくれた。その辺りは心配していない。お二人が後ろに控えてくれる予定だし、私が参加するならアドバイザーとして財務卿さまの部下を付けてくれるので。ジークとリンも護衛として控えてくれるから、下心のある人が近づくか本気で裏がある人ならばリンが気付いて『あの人は駄目』って教えてくれるから。
商人さんだから儲けを出さなきゃいけないし、物を知らない相手を騙すのは常套手段だ。とりあえず今日は物見遊山気分で、会場を回れば良いかな。
立食会形式って聞いたから、美味しいものも食べられるはずだし。あ、立食会形式なのは特産品の売り出しもあるのかも。特産品の質を確かめるなら、食べてみるのが一番だからね。一気に楽しみになってきたけれど、料理長さんをこの場に召喚できなかったのは残念だ。プロに吟味して貰った方が確かだろうから。
「ナイちゃん」
「ナイちゃん~」
不意に視界の外から名前を呼ばれて、声が聞こえた方向に体を向けると、小走りでこちらへとやって来るダリア姉さんとアイリス姉さんの姿が。後ろにはディアンさまとベリルさまがゆっくりとこちらへと歩いている。先にお姉さんズと合流したので、彼らに小さく頭を下げてからお姉さんズと向き合う。にっこりと笑うダリア姉さんと、にへらと笑っているアイリス姉さん。どうしたのだろうと首を傾げる。
「アルバトロス王からアガレスとの商談の場を設けると聞いたの」
「でね、私たちが作った物を売りつけようって、みんなと決めたんだ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがこの場に来た理由を教えてくれた。どうやらアガレス帝国と商談を持ちかけるらしい。値段は吹っ掛けると言っちゃってるから、相場よりも高い値段で売るつもりなのだろう。商談相手が納得しているなら、相場の二倍で売ろうが三倍で売ろうが問題ないけれど。
「アルバトロスにも販路を作りたいから、良い機会ね」
「うん。二人も欲しければ教えてね~。通常価格で売るよー」
お姉さんズがソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向けて、安く……とは言い難いが適正価格で売買してくれるそうだ。私はお友達価格らしい。反物を作り過ぎて、どうにかしたいと悩んでいたから丁度良い機会なのかな。後はちょっとした民芸品を売り出すそうだ。
けれど、アガレスや他国に輸送しなきゃならないのだけれど。西大陸ならば、転移魔術を使えばどうにかなるけれど、東大陸となれば距離がある。
「荷を届けるのは我々が担えば問題あるまい」
「急がないのであれば、小さな竜でも東大陸に参ることはできますからね」
ディアンさまとベリルさまがこちらへやって来て、私の疑問に答えてくれた。亜人連合国から東大陸への輸送はタダだけれど、東大陸から亜人連合国へ戻る際に荷物があるなら彼らから輸送費を頂くそうだ。
アルバトロスから東大陸に荷物を運ぶ時も協力してくれるのだとか。もちろん輸送費は頂くとのこと。もうそれなら輸送屋さんを開いても良いんじゃないのかな。距離や荷物の重量で値段を決めれば一番わかりやすいし、急ぐのならば特急料金を貰えば良いのだし。
「暇な竜が多いし、いいかもしれないわね」
「そうだね~。元手が掛かってないし利益率が高いなあ」
お姉さんズがお兄さんズの言葉を勝手に広げて盛り上がっている。お兄さんズはお姉さんズの言葉を黙って聞いているから、逆らえないみたいだ。
「しかし、窓口はどうするのですか?」
人間嫌いと認識されているし、人から恐れられている節もある。仮にアルバトロスから亜人連合国に赴くにも距離があるし、その辺りはどうするのだろうか。
「あ」
「ああ~」
「む」
「確かに、問題ですね」
順にダリア姉さん、アイリス姉さん、ディアンさま、ベリルさまが声を上げた。企画が上がったのは良いけれど、根本的な問題である窓口というかお店を構えた方が便利なのでは。
需要はあるはずだ。荷物だけじゃなく重量物の運搬も担ってくれるなら賑わいそう。お馬さんたちの仕事を奪いそうだけれど、農耕馬に転職できるから大丈夫かな。アルバトロスにならば、その手の事を考えることが得意な人が居るだろうし、陛下方を頼ればどうにかしてくれるだろう。
陛下方、お偉いさんたちとウーノさまは最後の詰めに入る。西大陸の南東部がきっかけで拉致事件と発展したから、責任の所在を明確にしておくのだとか。ヒロインちゃんと銀髪くんの処遇もそこで決めると聞いた。どうなるか知らないけれど、彼と彼女がどうなってしまっても問題はない。
「反省していないアレの処遇はアルバトロスに任せた。まあ、東に渡る方が後悔するのではというのが我々の判断だからな」
ぽつりとディアンさまが呟いたのだった。アレって銀髪くんか。どうやら元第一皇子殿下に贈られるようだ。元殿下方は六番目までは鉱山送りらしい。年齢が二桁である殿下方は再教育か幽閉処分。一桁の皇子たちはこれから厳しい厳しい教育が待っているとか。
とにもかくにも、目の前は。商談の場に足を踏み入れることかなと、会場であるホール入り口を見つめるのだった。