0544:メンガー家の番。
2022.10.30投稿 2/4回目
アルバトロス王と王国の上層部、海を挟んだ遠いアガレス帝国の面々に、聖王国と亜人連合国が一堂に会している為に、メンガー伯爵の緊張度合いがもの凄く高いものになっている。顔色は悪いし、口が緊張で伸び切っているし。横に静かに座している、息子であるメンガーさまの方がよっぽど落ち着いている様子。
私も去年の今頃ならば、会場の隅っこで小さくなって目立たないようにと務めていただろうから、メンガー伯爵には頑張って頂きたいところ。
伯爵家当主としての胆力とメンガー家の名を上げる絶好の機会なのだから、本当に頑張って。鳴かず飛ばずの伯爵家だけれど、メンガー伯爵さまは野心家だと聞いたので、成り上がる良い機会なのだから。王国や他国の上層部が一堂に会している機会なんて滅多にないのだし、後日に夜会で自慢話ができる。
「こ、此度は我がメンガー伯爵家の三男である、エーリヒを拉致されたことは真に遺憾であり、あ、アガレス帝国には当家が被った不利益を補填して頂きたく……!」
メンガー伯爵は緊張しつつも、アガレス側に要求を突き付けた。一応、被害額を算出していたようで、数枚の書類がアガレス帝国やアルバトロス王国の面々に渡っている。
「――額が少なくありませんか?」
アガレス帝国側に書類が回って、目を通したウーノさまが手を顎に置いたあとぼそりと呟いた。
「……――え?」
メンガー伯爵と、子息であるメンガーさまが彼女の言葉に目を見開いて驚いていた。どうやら金銭感覚の違いを引き起こしたのかな。
貰えるものは貰っておけばいいし、せっかく帝国との繋がりが持てたのだから、伯爵家の特産品とかあるなら売り込めばいいのに。良い物や興味が惹かれるものならば、私も買いたいし。
「伯爵家のご子息さまに不利益を与えたのです。この額では割にあわないでしょう」
ウーノさまがそう告げて、紙にペンを走らせる。恐らく金額の訂正かな。そうして紙を係の人に預けると、その方は伯爵の下へと歩き始めた。
「伯爵、せっかくの場だ。メンガー家には帝国へ売り込めるものはないのか?」
陛下が小さく頷いてメンガー伯爵さまへ顔を向ける。
「へ、陛下!?」
メンガー伯爵さまは陛下からの思わぬ援護射撃に、盛大にキョドっている。でも、陛下の言葉は正論なので何も言い返せないようだ。
「構わぬだろう。アガレス帝国はどう考える?」
「買う価値があるものと判断できるならば、いくらでも取引を致しましょう」
陛下がウーノさまに問いかけた。自国に益があるならば買うよねえ。ただメンガー伯爵家に帝国へ売り込めるような品があるのかは、分からないけれど。
そんなこんなを言い合っているうちに、アガレス帝国側から預かった紙がメンガー伯爵さまの下に戻る。係の人から受け取った伯爵さまは、目を大きくひん剥いている。伯爵家のご当主さまが驚くような額だったに違いない。気になるけれど他家のことだから、首を突っ込むのは無礼というもの。
私は置物と念じて、さも興味はないという態度で、席でじっとしている。私の肩に乗っているクロが首を傾げながら、尻尾でぱたぱたと背中を叩いている。
手加減されているから痛くない。ちょっと前に今のサイズで全力の尻尾の一撃ってどのくらい威力があるのか聞いてみると、成人男性を軽く吹っ飛ばせるとかなんとか。クロが本気を出すと、私は毎度骨折もしくは吹っ飛んでいる訳である。
「――……っはへえ」
伯爵さまはウーノさまが訂正した紙に目を通すと、妙な声を上げて気絶した。
「お、親父!?」
メンガーさまは座ったまま気絶している伯爵さまの肩を掴んで起こそうとするけれど、意識が回復する気配はない。気絶しただけだから大丈夫だと思うけれど、私は席を立ってメンガー伯爵さまの傍に寄り脈を確認して、生きていることを確かめ一節分の治癒魔術を施しておく。
「――も、申し訳ありません! 父が……メンガー伯爵がとんだ失礼を!」
メンガーさまが皆さまへ勢いよく頭を下げると、陛下が少し苦笑いを浮かべながら手で彼を制す。
「構わぬ。少し休憩にするか。メンガー伯爵をどこか部屋に寝かせよう。誰か手を貸してやれ」
「はっ!」
陛下の言葉に近衛騎士の方が声を上げて、気絶したメンガー伯爵さまを運び出す。その姿を見送ったメンガーさまが、席に戻った私に体を向けた。
「ミナーヴァ子爵、ありがとうございました」
「いえ。協議が始まった時から緊張されているようでしたから、致し方ないことかと」
私は死なれては後味が悪いから、治癒を施しただけ。本人の意思を無視して勝手に治癒を掛けたので、治療代は請求できない。
働き損ではあるけれど、メンガーさまも自分の父親が緊張のあまりに死亡したなんて不名誉は受けたくないだろうしね。お醤油さんとお味噌さんを食せるなら、帳消し案件。むしろ私がお金を払わなきゃならない。
ちょっとだけ休憩時間を挟んで、協議は継続されることになった。メンガー伯爵さまは目は覚めたけれど、ベッドの上に寝かされていたことに驚いてこちらに戻る気配はない。
そんな伯爵さまの代わりにメンガーさまが居残っているのだけれど、居心地が凄く悪そう。メンガー伯爵家とアガレス帝国の取引は、個人的にやり取りするそうだ。問題が起こってはいけないのでアルバトロス王国の上層部も介入するけれど。
「待たせたな。では最後だ。亜人連合国は帝国になにを要求する?」
陛下がディアンさまたちへ問いかける。今まで静かに座していたディアンさまが真剣な顔でウーノさまたちを見た。亜人に慣れていない帝国側はぴくりと肩を揺らす。取って喰われる訳じゃないのだから、そんなに身構えなくても。
「要求というよりも、頼みになるか。――東と西大陸の間に島があるのは知っているか?」
「島、でございますか?」
ウーノさまは知らないということは、認知されていなかった島なのだろうか。無人島だったし、人が住んでいた気配もなかったからなあ。東大陸の人たちが知らなくても当然なのかも。
「ああ。アガレス帝国からアルバトロスへ戻る最中に偶然見つけたのだが、東大陸で島を所有しているという者が居ないか調べて欲しい」
ディアンさまの発言を静かに聞いていたウーノさまは、島の存在を知らないそうだ。ということはアガレス帝国が管理している訳でも、所有している訳でもない。
ならば残りの共和国と周辺国に確認を取れば、亜人連合国の所有となるだろう。今更だけれど、人が住んでいないことを良い事に、竜の皆さまや妖精さんたちが移住しているから。西大陸にはアルバトロスと亜人連合国が手分けして確認を取ったのだけれど、どの国も『そんな島知らない』だったし、移動手段が皆無だから興味がなく反応が薄かったと外務卿さまから聞いた。
あ、そういえば確認を取る前に島に魔力を注いでしまったなあ。勢いでとはいえ、もしどこかの国が所有していたら問題に発展していたかも。
こういうことは気を付けなければなあと、頭に刻み込んでおく。偶にすっぱりと忘れることがあるけれど、無暗に行動しないように考えておかないと。お婆さまやダリア姉さんとアイリス姉さんがイケイケ状態だったから、意識が薄くなっていたのも私の悪い所だなあ。
「承知いたしました。では東大陸の各国に確認を取ります。少々お時間を頂くことだけ、ご了承ください」
ウーノさまはディアンさまの要求に応えてくれた。
「勿論だ。手間を掛ける」
亜人連合国とアガレス帝国との話も終わったかな。お金を請求しなかったのは、竜の皆さまや妖精さんにダリア姉さんとアイリス姉さん個人の行動だったので、国として動いていないから別問題らしい。とりあえず協議の場はこれでお終いだと解散することになる。
あれ、ヒロインちゃんと銀髪くんっていったいどうなるのだろうか。まさか裏で取引済みとかなのかな、と退席しつつ首を傾げるのだった。






