0542:【中】アルバトロスとアガレス。
2022.10.29投稿 3/3回目
入場口から現れたアガレス帝国御一行。
アガレス皇帝を先頭にして、少し後ろにウーノさま、宰相閣下に政治を司るアガレスの面々と護衛を幾人か引き連れて、赤い絨毯の上を歩きアルバトロス王の前に立つ。流石に立場がある所為で、アガレス皇帝は足を突くような真似はしない。緊張しているアガレス帝国の面々の中に、皇帝ただ一人だけが平然とした態度で陛下の前に立っている。
ヒロインちゃんを餌に、帝国からアルバトロスまでやってきたのだと考えると、ヒロインちゃんも役に立って良かった。元第一皇子殿下に突っかかって行こうとした時は、気でも狂っているのかと頭を抱えたが、メンガーさまの機転で防がれたし。
何をしようとしたのかは分からずじまいだけれど、アガレス帝国も乙女ゲームの舞台だと聞いたから、攻略対象に思い入れでもあったのだろう。でも、黒髪黒目信仰を拗らせて異世界から召喚しようと考える、酔狂な人たちを信用するのはちょっと怖い。
表で笑って優しくされても、裏では政治的な画策でそうしているだけに過ぎないとか、全然あり得るだろう。嫌な考えかもしれないが、無条件にチヤホヤされることは慣れていないし、そういう事態に陥れば罠を疑ってしまう。
「アガレス皇帝よ、よくぞ参られた。しかし此度の件、アルバトロスにとって真に度し難い行為である」
陛下は眉間にしわを寄せながら、歓迎はしているけれど拉致事件は認められないと言い切った。首謀者は元第一皇子だけれど、見逃したアガレス皇帝にも問題があると言いたいのだろう。
女狂いでハーレム目的で皇帝を務めているとはいえ、一国の頂点に立つ人物である。下の者を諫められないのは問題があるということだろう。アルバトロスも第二王子殿下が問題行動を起こしているので言えた義理ではない気もするが、それはそれ、これはこれである。
「アルバトロス王国、並びに聖王国、亜人連合国の者たちよ。アガレスが迷惑をかけたことを詫びよう。――申し訳なかった」
アガレス皇帝が小さく頭を下げた。直ぐに頭を上げたものの、アガレス帝国という巨大国家の長がアルバトロスという小国に頭を下げたことが、集まった人たちには意外だったようで謁見場にどよめきが走る。
「吾は政治手腕に優れていない。あとの折衝はアガレスの第一皇女であるウーノと宰相に任せる。よろしいか、アルバトロス王よ。他の西大陸の者たちもだ」
ぶっちゃけすぎぃ! いや、無能を自覚していることは良い事だけれど、初手で暴露し過ぎじゃないかなあ。頭を下げたことに感心していた方たちが、驚いているから。
せめて下がって交渉の席に移動した際に告げればいいものを。もしかして、このまま退場する気でいるのかなあ、アガレス皇帝は。せめて同席した方がいいんじゃないのだろうかと、不安になってくる。居なくても問題ないけれど、体裁くらいは整えて欲しいものだ。
「アガレス皇帝がそう望むならば我々は一向にかまわぬが……。他の者も良いか?」
アルバトロス王は、ディアンさまたちや聖王国の方々に顔を向けて確認を取る。みんな問題はないようで、何も告げず頷くだけだった。大方の交渉はアガレス帝国で公爵さまとディアンさまが済ませてあるから良いものの、聖王国とメンガー伯爵家への補償は別だったから。
別々に行うと手間だし、アガレス帝国にも都合があるから、短い日程で済むように知らぬうちに調整されていたのかも。私が政治に関わることはなく、後から知らされるか事前に相談されるかのどちらかだ。聞いていないということは、知らなくても問題ないと判断されたのだろう。
それなら私の役目はもう終わりかな。私がアガレス帝国へ拉致されたことの補填は、公爵さまが済ませてくれたし。ディアンさまたちは大海のど真ん中にあった島が、東大陸のどこかの国の物か確認したいから、今回協議に参加すると聞いている。
協議の席に着くために、アルバトロスのお偉いさん方がそれぞれの持ち場へ戻っていく。アガレス帝国の面々も、移動の為にアルバトロスの近衛騎士に案内され下がり始めた。不意にウーノさまと視線が合い目線を下げられた。私も周囲に気付かれないように、小さく頭を下げておく。
なんだろう、ウーノさまの雰囲気が少し変わった気がする。ちょっと重くなったというか、なんというか。どういえばいいのか分からないけれど、以前よりピシっとしていた。アガレス帝国の面々を見送ると、残っていた人たちが各々散っていく。
さ、用は終わったし私も子爵邸に帰ろうとすると、何故かフィーネさまとメンガーさまに呼び止められる。
「ナイさま。同席をお願いできませんか!?」
フィーネさまが私の服の袖を握って、何故か涙目だ。見下ろされているので、理不尽を感じなくもないけれど。
「え?」
なんで私がと疑問の声が漏れてしまった。
「ミナーヴァ子爵、俺からもお願いします。――父は緊張でまともに機能していません……」
メンガーさまがメンガー伯爵を見て、本人に聞こえないように小声で私に告げた。いや、うん……同席する理由が全くないのだけれど。でも、お二人にはお醤油さんとお味噌さんのレポートを提出して頂かないと、一歩も前に進めないのである。
ある意味お醤油さんとお味噌さんが高くついた訳なのだが、念願の物を口にするには苦難はつきもの。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ばなければならないのか。でも、理由は聞いておいた方が良いかな。メンガーさまは交渉役のお父さまが機能していないようだから、仕方ないと思うけれど。
「理由を聞かせて頂いても?」
「聖王国は東大陸に宣教師を送り込む気満々なんです! ナイさまがいらっしゃれば、少しでも抑えが効くかと」
フィーネさまが説明してくれた。送り込まれる予定の宣教師の方が割と濃い方で、東大陸の方々に迷惑を掛けないかどうか不安なのだとか。聖王国の教典を持って慈悲の笑顔を浮かべているが、中身に難があるのだとか。教えに忠実過ぎて融通が利かないから、割と扱いが難しいらしい。
ならば東大陸、アガレス帝国で問題を起こしても不問にして貰う確約を取っていればいいんじゃないかなあ。聖王国の教義が広まれば、東大陸の黒髪黒目信仰が薄くなる可能性がある。ある意味、濃ゆい人ならば適任ではなかろうか。東大陸で聖王国の評判が落ちたり、教えが広まらなくても、痛くも痒くもない訳だし。
フィーネさまは私が同席していれば、聖王国の面々が無茶を言わないと踏んでいるようだ。彼女が大分心配そうなので、宣教師の方がどんな人柄なのか逆に気になってきた。問題がある人にも聞こえるし、体の良い左遷のようにも聞こえてしまうのだけれど。
まあいいか。それは聖王国の問題なのだから、聖王国や被害を被った東大陸の人たちが問題視すべきことだし。
「……俺と父だけでは不安です」
フィーネさまからメンガーさまへ視線を移すと、不安げに小さな声で彼は呟く。苦虫を噛み潰したような顔で呟いたので、彼のお父さまだけでは頼りないのかなあ。私が居たところで状況は変わらないと思うけれど、お醤油さんとお味噌さんの為である。
「座っているだけで良いのなら……」
政治面は口を出すことがないから、本当に座っているだけになるんだけれど。私が居れば纏まるものも纏まらない可能性もあるんだけれどな。
でも、どうなのだろう。被害者が同席した方が話は進みやすいのかなあ。分からないけれど、顔を輝かせているお二人を見てしまうと、見捨てることは出来ない訳で。あとでリンには呆れられそうだなと、苦笑いを浮かべる。
「ありがとうございます、ナイさま!」
「ミナーヴァ子爵、感謝します!」
はいはい。それじゃあ協議の席に移動しましょうと、みんなで足を進めるのだった。