0451:【前】アルバトロスとアガレス。
2022.10.29投稿 2/3回目
アガレス帝国からアルバトロスへウーノさま御一行がやってくると知らせが入った。アガレス皇帝も付いてくるそうだから、ヒロインちゃんを釣り餌として使ったのかな。大きな飛空艇でやってくるということだったので、着陸地点の選出に難航するのかと思えば垂直で離着陸できる機体でこちらまで来るそうだ。
であれば、王都近くの空き地に降りれば良いだろうとなった。そう、亜人連合国からアルバトロスに向かい、ご意見番さまが朽ちた場所に花を添えにいこうとして、陛下との挨拶を目的に寄った王都側の空き地である。
最初からそうしておけば小麦畑が無残な姿を晒すことはなかったというのに。小国と舐められていた所為だろうなあ。ちなみに聖女さまたちが蒔いた麦は順調に生育中。春蒔きと秋蒔きがあるのだけれど、不思議なことに収穫時期は同じとなるそうだ。夏頃には収穫できると報告を受けている。遅れて蒔いたから、先に蒔かれたものと時期がズレるなと心配だったけれど、魔力のお陰なのか生育は順調で一緒に刈り取るんだって。
元第一皇子の息が掛かっていた人たちが使者として選ばれたようだから、どうしようもない人選だったことも理由の一つだろう。
ウーノさまがまともな方で良かったと安堵する。もう一度同じことをされれば、公爵さまを始めとした方たちがブチ切れるだろうし、もちろん私もキレる。大事な大事なご飯を疎かにする者は、ご飯が食べられない苦痛を味わえば良い。ご飯を手に入れられず、路頭に迷った苦労を思い知れと言いたい。
アルバトロスの陛下とアガレス皇帝との接見はお城の謁見場で行われる。ウーノさまから届いた個人的な手紙の内容には、皇帝にかならず頭を下げさせますとのこと。
聖王国にも赴くべきだが時間も取れないし、出来ることなら聖王国の面々も一緒に接見したいことを、アルバトロスと聖王国に伝えているのだとか。彼女の要望が叶うかどうかは聖王国次第だけれど。多分アルバトロスに来るだろう。あと西大陸南東部のあの国も召喚するんだって。いろいろと話をつける為には、アルバトロスに集まった方が協議できるから。やらかしてしまったあの国、は立つ瀬がないだろうけれど。
で、謁見があるのは数日後。今日は学院に行き、戻ってきたところだ。家宰さまには判断できない執務をこなして終えたところ。少しずつ陽が長くなってきているので、妖精さんたちの様子を伺いに子爵邸の家庭菜園に出てしゃがみ込んでいる。
私の肩の上にはクロがちょこんと乗って、尻尾を上下に動かしてぺちぺちと私の背中を叩いてた。クロがご機嫌な時はよく尻尾が揺れている。痛くないから良いけれど、感情表現が口ではなく行動に出るのはどうなのだろうか。可愛いからいいけれど。
「妖精さんの移住は上手くいくかなあ……?」
お婆さまを筆頭にエルフの方たちとも相談しながら、そろそろ移住次計画を発動させてみようとなっている。ダリア姉さんとアイリス姉さんは、妖精が消えちゃっても全く問題はないのだとか。消えたら魔素になって、また一定の時間や魔素が満ちれば復活するのだとか。
新しく生まれた妖精さんは、過去に死んだ妖精が復活した可能性もあるらしい。本当に妖精さんって不思議な生き物――生き物に定義して良いのか怪しいが――だよねえ。だからこその妖精さんなのかもしれないが。
『どうだろう。試してみない事には分からないしねえ』
クロが私の肩の上で首を傾げた。知識が沢山あるはずのクロでさえ分からないのだから、腹を決めて実行するしかないのだろう。
このままでは凄惨な殺戮現場となるのは確実らしいので。どうして妖精さんだというのに、仲良くしていけないのだろうか。まあ、人類結束なんて夢のまた夢な人間が望んで良いことではないかもしれないけれど。
一生懸命に作物を育てて、収穫できたものは『クエ』と頭の上に掲げて差し出してくれ、育てた妖精さんたちは食べる事はないからせめて消えることはないようにしたい。今だって育てたお芋さんやとうもろこしさんやらを差し出してくれるのだ。季節感が皆無だし、収穫量も異常だけれど。
――で。
アガレス御一行がアルバトロスにやって来た。アルバトロスからは使者を出して、王都の外にお出迎えをしているのだとか。私は聖女の衣装を身に纏って王城の一室に待機中である。この部屋には亜人連合国のディアンさまとベリルさま、ダリア姉さんにアイリス姉さん。
メンガー伯爵さまとご子息、というか級友のメンガーさま。――お二人とも縮こまっているけれど大丈夫だろうか。そして聖王国の大聖女さまであるフィーネさまと数名の代表方が。フィーネさまは緊張している様子だけれど、まだマシ。代表方数名は青い顔をして小さくなっているから、亜人連合国の方々が怖いのだろうか。
別室では大陸南東部の国の方々も待機しているそうだが、先ほど部屋に入っていく姿をチラ見したのだけれど、聖王国の代表方よりも顔色が悪かった。その上、アルバトロスの警備が厳重だったし。扱いが悪いけれど、問題を引き起こした切っ掛けを造り出した国なのだ。いろいろと諦めて欲しい。
「皆さま方、お時間でございます」
待機していた部屋に近衛騎士の方が私たちを呼びに来た。アガレス皇帝はごめんなさいできるのかなとか、ヒロインちゃんは帝国に渡るのかなあとか、いろいろと考えながら謁見場を目指す。
扉が開いて、中へと足を進めるとアルバトロスの政治に関わる主だった方たちの姿が。他にも聖王国から帯同してきた人たちの姿。ヴァイセンベルク辺境伯さまもいらっしゃるようで、姿が見え視線が合ったので頭を小さく下げておく。あと顔を青くしてぷるぷるしている大陸南東部の国の人たちの姿も。
玉座に近い場所に陣取って、アガレス帝国御一行が訪れるまで少し待つことになった。少々騒がしい謁見場。集まった方たちの視線は聖王国の方々と亜人連合国の皆さまに集まっている。見慣れない方たちだから仕方ないのかもしれないが、少々あからさま過ぎではなかろうか
「また黒髪の聖女が問題を起こしたか……」
サーセン、としか言えない。政治的にやらかすことがままあるので、迷惑を掛けて申し訳ないですとしか言えない。
公爵さまが軍を動かしたということは公費が使われているということだ。アガレスに拉致されてしまったから仕方ないとはいえ、かなり大規模編成だったから。やはり王太子殿下や陛下に贈り物という名の賄賂を贈って良かった。ちょっとでも公費の足しになれば良いけれど。
亜人連合国の方たちも一緒に駆け付けてくれた。竜の皆さまたちが自主的に行動したから来ただけとディアンさまに言われたけれど、他国に向かうということは戦う可能性があって、犠牲があったかもしれないのだし。みんな無事だったから済まされているけれど、誰か死んでいたら大問題である。
「それは早計では。彼女は帝国に拉致された身です。彼女の所為とは言えますまい」
あ、一応擁護してくれる人がいるみたい。確かに私のせいじゃないけれど、アガレス帝国で暴れたのは私の意志だから。その結果、アガレス皇帝がアルバトロスに赴いて謝罪を敢行するのだけれど。
――陛下、ご入来!
大きな声が上がり、ざわついていた場内が静かになる。陛下や王妃さま、王太子殿下に王太子妃殿下が姿を見せ、陛下が玉座に腰を下ろす。宰相さまが陛下に耳打ちをすれば、謁見場の入場口がゆっくりと開くと、逆光で姿は見えないがアガレス皇帝独特のシルエットが浮かび上がっていたのだった。






