0540:いざ、アルバトロスへ。
2022.10.29投稿 1/3回目
ナイさまがアガレス帝国から母国、アルバトロスへ戻られて一ヶ月半の時が過ぎた。時間を掛け過ぎても問題だろうと、父と一緒にアルバトロス王に謝罪を告げに行くのだ。これはナイさまからの要望である。一部、何故帝国が西大陸の小国へ頭を下げに行かねばならんと憤慨していたが、ナイさまが帝国でやったことを言うと小さくなって黙った。
ナイさま以上のことを個人で出来る人がいるならば、連れてきて欲しいものである。ナイさまは迎えが来ないならば、帝都から抜け出して帝国国内を闊歩して、アインの所業をばら撒くと仰っていたし。アルバトロスからの迎えが早く来て良かったと安堵したけれど、第一皇子であるアイン以下第六皇子までの所業を広めておくべきだったかと、後悔している。
民が怒れば処刑されていただろう。民とは、無知でいながら残酷でもあるのだ。ナイさまや一緒に巻き込まれてしまった、聖王国と伯爵子息が要求するであろう、迷惑料など考えていない。お金の工面は皇子たちの私財から半分を賄う。あとは鉱山送りにして、自分で稼いでもらわなければ。帝国が肩代わりしているお金を返して貰わなければならないのだから。
「ウーノ、本当に吾も行くのか?」
「もちろん陛下もアルバトロスへ参りますよ。――アリス・メッサリナを手に入れたいなら、アルバトロスに向かわねば。アガレスにいれば一目と会えないでしょうから」
皇宮の後宮、一番奥の部屋で父であるアガレス皇帝陛下が情けない声を出していた。どっかりと大きな革張りのソファーに座って、母である正妃と側妃たちを侍らしていた。母へ一押しして欲しいという視線を向けると、誰にも分からないように小さく頷いてくれた。
「陛下。アルバトロスへ向かった陛下のお話を楽しみにしておりますわ。アガレスの皇帝として務めを果たす姿を皆が知れば、きっと今よりも尊敬の視線を受けるはずですわ」
父は女関係となると殊更知能が下がるので、アリス・メッサリナの話を持ち出したことで他の事には気が回らないだろう。
あとはアリス・メッサリナを上手くちらつかせながら、アルバトロス王に謝罪をすれば良いだけだ。アリス・メッサリナを用いて皇帝を上手く使えと、ハイゼンベルグ公爵閣下から告げられている。本当に帝国に引き渡されるのかは疑問だが、アリスという女はアルバトロスでは価値が低いらしい。アルバトロス王次第だが、居なくなっても問題はなく価値がないのだそうで。
床にひれ伏せとまでは言わないが、頭を下げてもらわねばアルバトロス、聖王国、亜人連合国の方々が納得しない。
次に攻め入られればアガレスは必ず陥落する。そのくらい戦力差は明らかだったし、そもそも人間対ドラゴンなんて……前提条件がハナから違い過ぎるのだ。帝都の空をドラゴンが埋め尽くす勢いで飛んだあの日を私は一生忘れないだろう。そしてナイさまが彼らを従えていたことを。
『あることがきっかけで、竜の皆さまとは仲良くさせて頂いているだけです』
ナイさまはそう仰ったが、気難しいと聞くドラゴンがちっぽけな人間の言うことに耳を傾けるのだろうか。いや、あり得ない。やはり黒髪黒目の者は特異なのだ。味方に引き入れれば繁栄を、敵となれば草木も残らないまでに破壊しつくされる。そういう方々なのだろう。――思考が逸れた。
「しかしなあ。西大陸まで時間が掛かるだろう。狭い飛空艇の中でじっとしているのは性に合わぬ」
単純に面倒なことや政に興味がないだけだ。皇帝である父は後宮奥のこの部屋が一番気に入っており、外に出たがらないから困ったものである。
「では、陛下。一番大きな飛空艇を用意させましょう。貴方が飽きないように、美味しい物や美しい者を用意して楽しめば良いではないですか」
一番大きな飛空艇を飛ばすと、巨大魔石の魔力消費が激しいから稼働させたくないが仕方ない。父が他国へ向かうたびにこうしているのだが、今回は航続距離が長く時間を掛けてしまうから。アルバトロスへ向かって、着陸場所を探すのも大変なのだが、父はソレを理解しているのだろうか。
機体が大きくなると、アルバトロス王都の側に着陸できず、遠くから馬車移動となってしまうが、母の言葉に父は思考停止している。機内でどんなことが行われるのか想像しているらしい。本当に早く玉座から引きずりおろさなければ、帝国の権威が地に落ちてしまうと息を吐く。
アルバトロスには今回拉致事件を引き起こした最大の原因、魔術師も連行しなければならないし、亡国の始末を――ナイさまには伏せる――付けたことも報告しなければならない。やることが沢山あるのだが、それを実行しているのは父ではなく私。盤面の上に立つ駒の色を、私色に染めることができるのはいつの日か。
「長旅となるのです。その間の公務はお休みとなりますし、機内でゆっくりされればよいでしょう」
考え事を止めて、母の援護をする私。一体何をしているのだろうと頭を抱えたくなるが、父は帝位に就いてからずっとコレなので、これからも変わることはないのだろう。
未だに帝位に就いているのは、一夫多妻を維持する為という何とも言えない理由から。本当に良く帝位に就けたと思うのだが、父の兄弟の中で父が一番マトモと判断されたのだそうだ。父にいたはずの兄弟が一人も生きていない所をみるに殺されたのかもしれないと、首を振り嫌な考えを払う。
「ぬ……」
父の興味が飛空艇に移ったようだ。時間を掛けるよりも、畳みかけてさっさと飛空艇に乗せなければ。空へ上がってしまえば逃げることは叶わなくなり、あとはアルバトロスを目指すだけ。
「陛下、空の旅を楽しみましょう」
「アルバトロスのお話、楽しみにしておりますわ」
私と母が、父の機嫌を取りつつ視線で追い込みを掛ける。
「わかった。吾は参ろう、アルバトロスとやらには吾の好みの者が居るかのう……」
父はアリスという女を大層気に入っているのか、皮張りの大きなソファーからゆっくりと立ち上がって呟く。
魔力が多く備わると美男美女が産まれやすいという噂もあるから、西大陸の方がそういう人たちが多いのかもしれないと、余計なことを考える。父の気が変わらぬうちにと側仕えや宰相と連絡を取り、アルバトロスへ向かうことと相成ったのだ。
熱が出たので今日は三回更新で! 明日は最低二回は頑張りたい所。