0539:とある国の終焉。
2022.10.28投稿 2/2回目 ※残酷な描写タグ付けてあるので大丈夫かな。描写は極力控えましたが、一応は気を付けてとだけ。
――剣先から血が滴る。
山奥の盆地にぽつりとある小国。以前から黒髪黒目のお方を食していると噂があった。黒髪黒目であるナイさまをどこからともなく見つけ出し、無謀にも接触しようとして捕まった二人はこの国の出身者だった。
以前から悪い噂が流れていたが、小国だったこと、黒髪黒目のお方が居ないことを理由にアガレス帝国も周辺の国々も見逃してきていたが……。彼らを取り調べると、黒髪黒目の者を捕まえて『食べる』為にナイさまとの接触を図ったのだと。ここ、五十年ほど見つかっておらず、方々を探してようやく見つけたのだと。
馬鹿を言うな。黒髪黒目のお方は百年前を最後にアガレス帝国や東大陸では見つかっていないと言われているというのに。五十年前というのは一体どういうことかと、取り調べていた者たちから疑問の声が上がる。噂は本当だったことと、黒髪黒目信仰をしている我々にはにわかに信じがたい行為であり、山間の小国を滅ぼすべきだと声が上がったのだ。
だが、無暗に攻め入る訳にはいかない。アガレス帝国が攻め入ったとなれば、共和国が黙っていない。だから時間が必要だった。東大陸にある国々に山奥の盆地にある国の凶行を伝え、攻め入る為の同意を各国から得たのだ。
東大陸では黒髪黒目信仰が浸透している為、直ぐに各国から許可が出たし、事態を把握する為にアガレス帝国軍には各国からの使者が同行している。某国へは飛空艇を使い直接降りる手筈だったが、降りる場所がなく、結局山のふもとから行軍する羽目になった。
『本当に、黒髪黒目さまを食す国があるとは……』
『何故そのようなことになったのだ。元々人間を食べる文化があったのか……たまたま狂人が多い国だったのか……』
軍列に並ぶ各国からの使者がヒソヒソと話していた。彼らの疑問は分かる。私だって取り調べの報告を受けた際、なにを言っているのか理解できなかったのだから。ナイさまと接触しようとした某国の二人は、確実に異常者である。ナイさまを確認した途端に、興奮して人前でやってはならぬ行動を起こした。
女性の前で最低の行為であったし、私に向けられたものではないにしても物凄く不快で。ナイさまが男二人を見ていなかったことが、唯一の救いか。機転を利かせたアガレス兵やアルバトロスの方々が見えないように、すぐさま行動を取ったから。もしナイさまが意味すら知らず、あの場面を見ていたら……絶対にアルバトロスや亜人連合国の方々が許すはずがない。その場で殺されてもおかしくはない。
『殿下、あと少しで彼奴等の領域となるそうです』
小国故に情報が少なく、山のふもとで案内人を雇ったのだ。どうやらそろそろ某国の息が掛かった場所になるようで、警戒感を強めるようにと告げた。
そうして足を踏み入れた瞬間、向こうの人間に問答無用で襲撃を受けた。こうなってしまえば後は戦うのみだと、剣を抜き迎撃せよと自軍の兵士を某国の者たちに差し向けた。数に勝るアガレス軍が負ける要素はなく。怪我人が何人か出たくらいで済み、また行軍が始まる。
『見えた……!』
『……古いな』
山間の盆地、一体何年前の過去へと戻ってしまったのかと錯覚するほどに、古い町だった。石造りの家々には蔦や苔が生えて、人が暮らしているのか疑問になる。
本当に国なのかと疑うほどに小さな場所だった。そして外の者を異様に警戒し、件の国へ立ち入る手前で、話しも聞かず私たちアガレス帝国軍をいきなり襲ったのだ。軍隊なのだから仕方ないかもしれないが、使者を送って開戦通達する予定が狂ってしまった。――そうして二時間ほど時間が経ち。
「ウーノ姉さま! ――兵士が地下室で……地下室が……!」
アガレス帝国から一緒に小国へ足を運んだ妹が私に声を掛けた。顔を青くさせて、地下室と何度も叫ぶがそこから先の言葉が出てこないようだ。一体何事かと妹の声に頷き直ぐに行くと伝え、血が滴る剣を一度振り払ってから鞘へと納める。側付きの兵士を連れて妹に案内されて、一切大きな家の地下へと降りて行った。
「なっ!?」
目にしたものを頭が理解することを拒否したが、嫌でも分かってしまった。硝子でできた容器の中には生き物の内臓が保管され、棚に綺麗に並べられている。
なにがどの部分なのかは分からないが、眼球くらいは分かる。何故、こんな意味のないことをと疑問が過ると、ふと気付いてしまった。眼球の目の色は黒、そう黒色だったのだ。もしかしてここに並べられてある内臓は、人間の……しかも黒髪黒目の方の物!
異様な光景に息を呑む。これは、どうすればいい。一緒に付いて来た他国の使者たちは無言で腰を抜かしているし、アガレスの兵士たちは青い顔をしながらも、状況を理解して怒りに打ち震えている。
「……うっ!」
妹は耐えきれず、地上へ続く階段を駆け上がっていく。兵士でさえ青い顔をしているのだ。皇宮で育った妹には耐えられない光景だろう。外に出てスッキリすれば良いと、止めることも咎めることもしなかった。
「殿下! 責任者を捕えました!」
軍靴の音を響かせて、兵の大きな声が地下室に轟いた。どうやら、某国を国として認められないようだ。国の頂点に立つ者を、責任者と呼ぶなど他国であれば失礼に値する。だが、今はもう諍いに発展しているのだから、問答無用構わない。この場を証拠として押さえる為に、兵士を残して地上へ上がる。
「貴方がこの地を統治する者か?」
少し言葉遣いを荒くする。軍を率いる者として、覚悟と矜持を示す為だ。
「ああ、そうだ。何故、この地にやってきた……?」
捕らえられた統治者は力なく、大屋敷の執務室で項垂れていた。話を聞くと、以前から黒髪黒目の者を食べていたそうだ。
昔々、初めて食べた者が大量の魔力を持つ黒髪黒目の者を食すと、魔力が増えた。力が強くなった。魔術を使い土地が豊かになった。
そうしてこの山間の盆地の小さな国独自の黒髪黒目信仰が始まった。黒髪黒目の方を犠牲にした最悪なものだが。いや、アガレスも他国の事を言えないか。黒髪黒目のお方を利用して、民からの求心力を目論んだのだから。とはいえ、黒髪黒目を信奉する者として、これは見逃せない。
「この国の者が黒髪黒目のお方に不敬を働いた。不穏な噂もある故、真実を確かめに派兵した。これは東大陸にある国々から了承を得ている」
ここ数十年は全く見つけられず、方々に国の者を潜ませて存在を探っていたと。アガレスで捕らえられた者から定時連絡がこず、何かあったと気付いていたが、連絡手段はなく待つしかない。そうして我々アガレスが派兵して、統治者の不安が当たったそうだ。
「貴殿は統治者として、責任を果たせようか?」
目の前の年老いた男に問いかけた。腕に身に着けている複雑な編み物が変わった材質だなと、思考が一瞬だけ逸れる。
「責任……? 何故、そのようなものを問われなければならない! 黒髪黒目の者を喰うのは我々の習慣だ! 他国の者に口出しされる覚えはないぞ!」
確かに他国が口を出すべきことではないが、誰かを犠牲にして得た繁栄など……意味がないだろうに。説得は無理かもしれないと剣を抜き、投げる。男が負けたのは外を見れば一目瞭然。捕らえられた男の縄が解かれ、手が自由になった。さあ、国の頂点に立つ者としてどうするのか。
「く! あああああああああああああ!!」
剣の柄を取って男が私に向かってきた。哀れな、と目を瞑ると嫌な音が響き、ゆっくりと目を開くと血濡れになった男が倒れていたのだった。私の横に居た側仕えの兵士は、泰然とした姿のまま息絶えた男を見下ろしている。下におろした剣先からは血が滴り下りていた。
――ひとつ、仕事を終えた。
私が皇帝の座に就くための足固めを一つ終えた。まだまだ道は長いが、少しずつ前に進んでいる。こんな山間の小さな国の出来事を、後世に残す訳にはいかないというのが東大陸の国々の総意。
始末を付けて、山のふもとまで降りてきた。ふと、亡国があった場所を見上げると、煙が薄く立ち上がっていたのだった。
ワクチン四回目打ってきました~。何事もなければ良いのですが、何かあれば申し訳ありませんが、明日と明後日の投稿はナシかもです。