0537:魔術師団のとある一日。
2022.10.27投稿 2/2回目
季節は春。
過ごしやすい季節となり、土の中からは虫たちが這い出して、短い一生を謳歌している、そんな時期。俺はアルバトロス魔術師団所属のしがない魔術師である。王城敷地内にある魔術師団の建屋の食堂で、仲の良い同期の魔術師と一緒に飯を食っていた。
魔術師と一口に言っても、いろいろなヤツが居る。戦場や魔物討伐で高威力の魔術を放って功績を上げる者。魔物や魔獣の研究を趣味とする者。魔術式を開発研究する者、様々。アルバトロス王国の魔術師団に所属する多くの者は、高威力の魔力を放って魔物や魔獣を倒して功績を上げようとする者が多い。
それ以外の……一部の例外は、研究や術式開発に精を出す魔術師たちは、変態魔術師と揶揄される俺たちを超える変態だ。湿気の多い地下室で地面に魔術陣を描き、ぶつぶつとなにやら呟き、時折奇妙な叫び声を上げる。外まで漏れた声に、驚く魔術師は少なくない。
どこからか見つけてきた怪しい魔導書を読み込んで気でも狂ったのか、『魔術サイコー!』と叫びながら全裸で魔術師団の建屋を走り回る者がいた。その時は魔術師団員の総力を挙げて、全裸男を捕えたのだが、何故魔術師である俺たちがそんなことをしなければならないのか……ああ、いや。
名誉を地に落としたくないから、必死になって全裸男を捕まえた訳なのだが。こんな噂が広まってみろ、アルバトロス王国魔術師団所属である証拠の紫色のマントの価値を下げてしまう。討伐遠征に参加して魔物の脅威を消し去らなければならないのだ。未来の後輩を失う羽目になることは、避けなければならなかった。
ある意味、愉快な職場である。騎士団や軍では絶対に見られない光景だと自負している。したくないが。
「副団長がごきげんだな」
俺と仲の良い同僚が、飯を食いながらぼそりと呟いた。
「ああ。黒髪の聖女と接触してからというもの、あの方は日々が充実しているな。まあ、俺たちはソレの被害を被っている訳だが」
同僚の言葉に補足する形で同意した。一年ほど前、黒髪の聖女と呼ばれる者と接触してから、魔術師団副団長であるハインツ・ヴァレンシュタイン殿は小躍りしそうな勢いで、魔術師団の建屋を闊歩している。
アルバトロス最良の魔術師として名高い副団長は、我々魔術師団に所属している者の憧れである。攻撃魔術に特化した彼の魔術は、流れるように詠唱し、見惚れてしまう美しい魔術陣を足元に展開したあと、魔力という暴力で標的を塵と化す。
男の俺から見ても、整った顔をした副団長である。細身の長身から繰り出される、高火力の魔術は憧れるものがあるし、指導を受けたいと願い出れば時間を取って教えてくれてる。魔術師団団長はお飾りなので、実質の魔術師団の頂点は副団長だ。
黒髪の聖女と接触してからというもの、副団長は活動的。初心者用の魔力制御の本を漁り始めるし、魔力制御の魔術具をいくつも作っていた。去年の夏にあった大規模討伐遠征では竜の卵を初めて目にして、黒髪の聖女に気付かれぬようこっそりと後を付けたりと、仕事でなければ問題行動を取っていた。
それからも黒髪の聖女が起因する出来事で、天馬の研究やとある男爵領の聖樹に薬草に魔石の鉱脈にと精力的に動いて、日々研究に没頭。研究の成果を確かめる為に俺たちが駆り出されて、実験やらに付き合わされた。
魔石に竜の血を垂らすと、どんな効果を齎すのか。天馬の鬣を譲り受けて、毛筆を作りそれで魔術陣を描いたり。天馬だというのに、黒い毛も混じっていたり。一体どういうことだと驚きながら、実験に付き合わされたのだが。
「――そういえば副団長の奥方がやってくる、とか?」
「え……あの人、結婚できていたのか!?」
人として軸がぶれているというのに、結婚できていたのか。ああ、いや、貴族の当主なので居てもなんら不思議ではないのだが、魔術にしか興味のない人の奥方を務めるのは大変だろうに。貴族としての務めは、てんで興味がない人で夜会に参加するとか一切聞いたことがない。
「噂じゃあ、普通の奥方らしいけどなあ。――」
同僚曰く、家柄も顔も能力も普通らしい。副団長の忘れ物を届けに魔術師団に顔を出すのだとか。王城の警備警戒が低い区域にあるので、城に務める人間の申請と許可、入退場の際の手続きを済ませば中へ入ることが出来るからな。城には昼過ぎにくると、魔術師団の連中の間で噂が出回っているそうだ。
「……美男美女じゃないのか」
意外だ。あれだけ顔が良いというのに奥方の容姿は普通だとは。魔術師である俺たちは漏れず他人に興味がない。副団長の家庭を知らないのは致し方ないのである。
「家はなおざりな方だからなあ。できた奥方でないと、回らんだろうさ」
とはいえ、興味がないのかと問われれば否である。副団長の奥方がどんな人なのか気になるし、せっかく話題に上がったのだ。興味本位で覗きに行くかと同僚と頷き合い、席を立ち上がる。周りに居た連中も俺たちと気持ちは同じで、そそくさと席から立ち上がり、魔術師団の建屋玄関を目指して歩く。
「ハインツ・ヴァレンシュタインを訪ねて参りました。妻の――」
運が味方したようだ。丁度、奥方が玄関に現れて係の者に頭を下げていた所で、名前は聞こえなかったが奥方であることは確実。噂通り、普通の容姿に少しばかりふっくらとした方で、副団長と隣に並べば不釣り合いだと揶揄われるだろう。
「ああ、申し訳ありません、皆さんお騒がせを」
機を見計らっていたように副団長が現れ、奥方の腰に手を回し体を寄せる。本当に意外な取り合わせであるが、視線を合わせて見つめる二人の仲が悪いとは到底思えない。副団長の奥方の顔を見て、集まった者たちは興味を失ったのか、自分の持ち場へと戻っていく。そうして人気が少なくなった玄関先で。
「わざわざ申し訳ありませんでした」
「いいえ。お仕事、頑張ってくださいね」
仲、良いんだな。使用人に頼むことだってできたはずなのに、直接姿を現して手渡ししているのだから。貴族社会に出れば後ろ指を指されるかもしれないが、副団長はそっちに全く興味がない。ある意味、幸せなのかもしれないなと仲睦まじい姿を見送るのだった。