0536:お引越しは大丈夫かな。
2022.10.27投稿 1/2回目
ドワーフ職人さんたちの所へ寄ったついでに、エルフ街の畑も気になるので様子を覗きに来てみた。子爵邸にある家庭菜園の土も移動させてあるのだけれど、エルフの畑とは規模が違い過ぎる所為で、雀の涙程度の量である。畑の隅っこに少しばかり色味の違う土の場所が、子爵邸の家庭菜園の土だ。こんな量で大丈夫かと心配になるが、やってみるしかない。
なるようになるさと息を吐いて、また魔力を放出しておく。案内役であるエルフのお姉さんがまた驚いていたけれど、驚かれることに慣れてしまい『またか』という感想を抱くようになったのは、良い傾向なのか悪い傾向なのか。
『貴女は相変わらず、ポンポン魔力を放っているのね! ま、私たちは嬉しいし良いから、もっと放出してくれても良いのよ!』
魔力の放出を終えると、目の前がぱっと光ってお婆さまが姿を現した。
「お婆さま。子爵邸の畑の妖精さんたちは移住できるでしょうか?」
お婆さまは私の周りをくるくるとまわって正面に止まったあと、腕を組み首を傾げる。
『そうねえ。多分、出来るんじゃない? 成功する気がするし、しない気もするわね!』
子爵邸の畑の妖精さんが、エルフの街の畑に居付いてくれるか凄く心配なのだけれど、お婆さまは最初からこの調子である。
彼女曰く、妖精は魔力の塊で構成されているから、消えてしまってもまた現れることがあるのだとか。種として『死』の概念が薄いそうだ。だから、突然隣の誰かが居なくなったとしても、ああ、また会えるから大丈夫と思うのが妖精さんなのだとか。
「適当だなあ……」
本当に。お婆さまは気楽に言うけれど、畑で必死にお野菜さんたちの世話をする妖精さんが消えると悲しいし、凄惨な殺戮現場を見たくないから頑張っているのだけれど。
亜人連合国の妖精の長であるお婆さまはこの調子。とはいえ、私の悩みに解決方法を考えてくれるのだから、文句を言うのは筋違いか。畑の妖精さん移住計画が成功すると良いのだけれど。成功すればエルフの皆さんが喜んでくれる。貴重な叫ぶマンドラゴラもどきも、手に入り易くなる可能性があるし。
『妖精だからね、諦めるしかないよ、ナイ』
お婆さまと私のやり取りを見ていたクロが、私の肩の上で顔をすりすりしながら言った。
「頑張って、消えちゃう妖精さんを少なくしないと……」
亜人連合国の土も無事に子爵邸に届けられ、家庭菜園の土に混ぜ込んだ。畑の妖精さんたちは慣れない土に混乱していたものの、時間が少し経つと『タネクレ』『シゴトクレ』と合唱していたから、子爵邸は問題はない。あとは妖精さんたちをどう移動させるかと、こちらに馴染んでくれるのかが問題だ。
『あ、そうそう。貴女が畑に魔力を放出したでしょう? エルフたちが喜んでいたわよ。魔素が高い野菜が収穫できるって』
魔素が多いと、その地で育つ生き物に影響があるそうだ。魔物ならば強くなったり賢くなったり、人間ならば魔力量を多く持って生まれたり。エルフの方々も魔力は大事な栄養源であり、体内摂取することも大事だから、今回のことは良い事なんだって。
喜んでくれているなら、なによりだ。目的は子爵邸の畑の妖精さんたちの移住だけれど、エルフの皆さまには反物を沢山買い付けたからお世話になっているし。薬草茶も重宝していて、在庫が切れて買い付けしているから。
『ついでに私たちも喜んでいるわ!』
妖精さんも魔素が多い場所を好むからなあ。とはいえ人間が住んでいる場所にはほとんど姿を見せず、亜人連合国に集まっているようだけれど。
チェンジリング、だったかなあ。悪戯好きな妖精さんの仕出かしとして有名な話。人間と人間の赤子を取り換えたり、人間とエルフの赤子を取り換えたりとかあったはず。大陸でそんな悪戯をしていないよねと気になってきたが、お婆さまや妖精さんたちがやっているとしたら白を切りそうだし、聞いたところでどうにもできないので、聞かない方が無難だ。
「そうですか」
『なあに!? 反応が薄いわよ!』
腕を組んだままのお婆さまが、足をジタバタさせてぷんすか怒っている。飛びながら器用なものだと感心しつつ、目的は子爵邸の妖精さんの移住で、魔力が余剰しているならそれは副産物でしかないとお婆さまに伝えておいた。
『それはそうだけれど、貴女の魔力は魅力的だもの。仕方ないわね!』
エルフの方も竜の方も妖精さんたちも、喜んでいるって。ドワーフさんたちは魔力に鈍い性質らしく、反応が微妙らしいけれど。
果たしてそうなのかな。陛下に贈る剣に魔力を注ぎ込んだ時に、私の魔力と素材の相性が良いから、今度魔力を注いで欲しいとお願いされた。ドワーフさんたちの興味で最上級の品を使って剣を一本か二本鍛えるそうだ。その時に私の魔力を注ぎ込んで欲しいんだって。
そんな約束を交わしたので、陛下の剣の代金はちょっと安くなっている。学院とかで来られないこともあるから、事前に知らせてくれれば有難いと伝えておいた。
鍛冶場は暑くて大変だけれど、ドワーフさんが鍛えた剣を見るのは心躍る。先ほどの陛下の剣だって凄く美しい仕上がりになっていたし、竜の鱗や牙を超える素材を使うので、もっと凄い物に仕上がるんだろう。
あ、そうだ。公爵さまがフィーネさまに『レモンのはちみつ漬け』のレシピを売ってもらっていたから、私も公爵さまからレシピを買って、料理長さんにお願いして作って貰ってドワーフさんたちに差し入れしよう。
あんなこじゃれたものなんて食べたことも作ったこともない。鍛冶場は暑い上に力仕事だから、暑熱対策になるだろう。ドワーフさんたちが喜んでくれるといいけれど。剣に魔力を注ぎ込む時が楽しみだなあと、お婆さまをもう一度見る。
『貴女も大概だけれどね!』
その台詞は私の心の内を読んだ所為で出た言葉なのだろうか。これ以上やらかす訳にはいかないのだけれど、良い顔をしていたドワーフさんたちのお願いを断るのは気が引ける。
出来あがった品物の管理はドワーフさんたちが行うべきことだし、それを誰かに売ったりあげたりするのもドワーフさんたちや亜人連合国の方たちの自由だから。私は熟練のドワーフさんたちがどんなものを造り出すのか興味があって、最高の物を仕上げるには魔力が必要だと、熱弁していた彼らの期待に応えただけ。
一振りしたら大地が割れる、とかは物語の中だけだし……って、乙女ゲームの世界だったなあ。フィーネさまとメンガーさまから聞いた話だと、恋愛に比重を置いており、ファンタジー要素は強い訳じゃないそうだ。現実は、ゲームの本筋から外れているから問題はないだろう。
妖精さんたちの移住が成功しますようにと、もう一度魔力を放出しておくのだった。